可哀そうなお姉さまを愛でたいだけですのに!   作:パンデュ郞

2 / 16


 お姉さまに男。ああ、想像するだけで虫唾が走る!

 どうして今の今までその噂を耳にすることすらなかったのでしょうか。

 お姉さまは学園内では孤立するように仕向けているので、人の目につくような場所で会っていればもっと早く私の耳に入っていたことでしょう。

 つまり、私が真っ向から見張っても何も得られない可能性が高い。

 

「つまり、人でないものを使えばよいのです」

 

 私ができないのならば、できるモノに任せればよいのです。

 至極単純な結論ですね。

 そうと決まれば行動するのみ。休み時間に人目につかない場所まで移動しました。

 ここならば、これからする話も誰にも聞かれないことでしょう。

 

雪女(ゆきめ)、来なさい雪女」

「はいはい、こちらにこちらに」

 

 私の呼びかけに答えて、何もない虚空よりふわりと現れたのは、白き和装束に身を包んだ乙女。肌も髪も純白の如く、まるで新雪のごとく輝いています。

 この子は雪女。私の式神です。

 

 退魔士は普通、己の式神を持っています。洋風に言うならば使い魔といったところでしょうか。

 式は常に姿を現しているわけではなく、その意思を持って自由に具現の有無を切り替えられますの。

 通常、人型の式は実力ある退魔士しか持ちえないものとされており、私が一目置かれる理由にもなっていますの。

 実際のところは、人語を介するほどの知能を持つ式神が優秀という話であり、人型に限る話ではありませんけれども。それを理解しないで、張りぼてを作り出す術師もいるぐらいです。

 

「学園内で呼び出すとは珍しいですね。何の御用ですか?」

「これからお姉さまを虐めに行きます」

「えっ」

「一通り堪能した後、私は離れますので、お前は姿を消してお姉さまの後を追いなさい。今日の夜、その後見たものを全て聞きますので、お姉さまの一挙一動、吐いたため息の数も全て記憶しておくこと」

「えっ」

 

 この時間にお姉さまがどこにいるかは調査済み。屋上で一人寂しく食事をしているはずです。

 ああ、どんなふうに虐めて差し上げましょうか。学園でというのはあまり頻繁にやっているシチュエーションではないので、稀有なお姉さまを楽しめることでしょう。

 

 ふと、お姉さまの元へ向かう足を止めてみれば、後ろについてきているはずの足音が聞こえないではありませんか。

 振り返れば、雪女は居心地悪そうにして、先ほどの場所に立ったまま。ついてくる素振りを見せていません。

 

「ねぇ、ちょっとやめましょうよ。趣味悪いですよそれ」

「なんですか? 式の分際で、私の決定に異議があると?」

「それはぁ、そうですけどぉ」

 

 前々からこの子はお姉さまに対してやたらと同情的というか、肩入れするのが困りものですわ。私の式だというのに。

 まあお姉さまの可憐さについつい魅了されてしまうのはやむ無しというものですが、主人に口答えするのは危険信号。

 そろそろ一度折檻を――。

 

「いや! 違いますよ! やりたくないとかじゃなくてですね?」

「あら、そうでしたか。では、弁明を聞かせていただきましょう」

 

 私は心が広いので、上手い言い訳ができれば今回は見逃して差し上げましょう。

 さて、雪女さんはどのような理由をつけてくださるのでしょうか?

 

「……やります。だから許してください」

「いい返事ですね。今回は見逃してあげましょう」

 

 うんうん、何事も素直が一番ですよ。

 それではお姉さまの元へ向かいましょう。

 

 雪女は諦めたように一つため息を吐いて、姿を消しました。

 式神が姿を消したとしても、力ある退魔士ならばおおよそいる場所ぐらいはわかります。

 観念してついてきているようなので、何よりですね。

 

 屋上の扉前までやってきました。

 この時間ならば、お姉さまはまだ食事中でしょう。家でも食事が遅く、よく怒られているお姉さまですもの。

 特に、本日のお弁当は家の者によってお姉さまの好物を入れてます。これはゆっくりと楽しんでいるに違いありません。

 ふふふ、さあ、対面と行きましょうか。

 

「……っ! 紫月、ちゃん」

「ごきげんよう、お姉さま」

 

 いました。お姉さまは屋上の縁に腰を下ろして、お弁当を食べています。

 

 ああっ! その驚愕と一抹の不安が入り混じった表情! 堪りませんわ!

 私がお姉さまの前に自発的に現れたことに驚いていらっしゃるようですね。

 学園内では対面や周囲の視線のこともあり、公には虐げてきていませんでした。それが、今こうして覆されんとしているのです!

 さぞかし不安でしょう、恐怖でしょう。

 

 そう、その表情です。怯えつつも、私を信じたいと希望が入り混じっているその表情! なんと素晴らしいのでしょうか! 咄嗟に疑ったことに罪悪感を感じていそうなのもポイントが高いです!

 ああ、来てよかった。このお姉さまの表情を堪能できた時点で十二分に足を運んだ価値があったというものです。

 けれども、これは本筋ではありません。大変、たいっへん心苦しいですが己を律して、本来の目的を果たすとしましょう。

 

「このようなところで一人寂しく昼食ですか? お姉さま」

「う、うん。紫月ちゃんは(わたし)に何か用?」

「ええ。お姉さまに用があって参りましたの」

 

 笑顔になった私に、少しだけ警戒を解いた様子のお姉さま。

 本当にちょろくて心配になってしまいます。これでは、悪い男に引っ掛かったと言われても何一つとして疑える要素がありません。

 この策で陰にいる奴を引きずり出して差し上げませんと。

 

 屋上の扉をそっと後ろ手に閉じ、他の人の視界を確実に塞ぎます。

 お姉さまはその動作に違和感は覚えてない様子。

 その調子で、そっとお姉さまの前まで歩いていきます。

 まともな退魔士としての能力は低いお姉さま、雪女がいることには気が付いてなさそうですね。

 それでは、始めますか。

 

 食事途中のお姉さまの弁当箱を、手の上から軽く足で蹴り飛ばします。

 すると、お姉さまの手のうちにあった弁当箱は宙を少しの間漂い、地面へとその中身をぶちまけたではありませんか。

 お姉さまに反応する余裕なんてありません。運動も苦手な方ですものね。

 

「えっ……?」

 

 何が起きたかわからずに呆然とする姿も可愛らしい! 丸々と見開かれた目も、驚きで半開きになった口も、全てが愛らしいで構成されつくされております。

 ああ、本当に生きていてくれて、産まれてきてくださってありがとうございます。

 神様、私が褒めて差し上げます。お姉さまをこの世に生み出したことはあなたの何よりの功績です。

 

「何を呆けてらっしゃいますの?」

「いえ、でも」

 

 また状況を飲み込めていないお姉さま。本当に、可愛らしいこと。

 笑いが込み上げてきて、堪えきれませんわ。ついつい顔に出てしまいます。

 恥ずかしいので、右手で口元を隠しましょう。

 

「最近、調子に乗ってらっしゃるようで」

「ちょ、調子になんて……」

「あら、身に覚えがないとおっしゃるんですの?」

 

 お姉さまは沈黙しました。

 この沈黙はどちらでしょう。弁解の無意味さを悟ったものか、さてはて本当に身に覚えがあるのでしょうか。

 お姉さまの性格を考えれば、後者でしょう。これは男が寄ってきている可能性が高くなりましたね。

 

「お姉さまは困った方ですね。生明家の一員として恥のないように過ごしていただきませんと」

 

 一応、と末尾に付きそうな物言いをすれば、お姉さまはまた後ろめたそうにうつむいてしまいます。

 ゾクゾクしてきました。やはり、一人のタイミングを計って正解でしたね。

 他の誰かにこのような可愛らしいお姉さまを見せてしまえば、その方は間違いなくお姉さまの虜になってしまいますもの。絶対に、誰かに分けてなんてやるものですか。

 お姉さまは私のもの、なんですからね?

 

「私の方から、相手方にはお伝えしておきますね? お姉さまにそのような目的で近づくのならば――」

「それは違うの!」

 

 かまをかけてみれば、素直に従ってくださるお姉さまの純真っぷり!

 愛らしいことこの上ありません。

 

「……違う、とは?」

「そ、それは……」

 

 ああっ! 墓穴を掘ってしまい、困り果ててしまいましたね!

 自分のせいですものね、口にしてしまった罪悪感と、嘘を吐くか混迷が手に取るように伝わってきます!

 この瞬間こそ、どのような(かぐわ)しい紅茶よりも美味というもの! 

 

 さあ! さあ! 全て話してしまいましょう? 罪悪感から逃れたいですものね? 全部楽になってしまいましょう? 私としては、今の状況が続いても一向に構いませんけれども――っ!

 

「……っと」

「紫月ちゃん!?」

 

 鼻からも熱いものが込み上げてくると思っていましたら、鼻血……っ! 鼻血が出てしまいました!

 興奮しすぎてしまいました。まさか、お姉さまの前で鼻血を出してしまうだなんて……っ!

 

「大丈夫?」

「くっ!」

 

 お姉さまの前でこんな、淑女としてあるまじき醜態、恥ずかしくて恥ずかしくて顔から火が出そうです!

 どうしてこのタイミングで! くぅ、名残惜しいですが、ここは立ち去るしかないでしょう。これ以上お姉さまにこの無様な姿を見られたくありません!

 

「きょ、今日はこの辺にしといて差し上げます。くれぐれも、生明家に恥じぬ立ち居振る舞いを心掛けてくださいませ!」

「あっ……」

「ごきげんよう!」

 

 鼻血を出してるところなんて、恥ずかしくて恥ずかしくて。これ以上お姉さまの前になんていられるものですか! さっさとこの場から立ち去りましょう。

 雪女、後は任せましたよ。

 

 消えている雪女に視線で圧を与え、私はそそくさと屋上の扉から校舎内に入りました。

 他の誰にも見られていないことを確認し、鼻血の処理をします。お姉さまが可愛らし過ぎるのがいけないのです。決して、私が節操なしというわけではありませんことよ。

 

 醜態は晒してしまいましたが、ここまでやればお姉さまも私が感づいたことを相手方に伝えるでしょう。

 雪女がついていけば、相手が誰なのかも判明します。

 相手さえわかってしまえばこちらのもの。

 誰のお姉さまに手を出したのか、思い知らせてやりましょう。

 

 それはそれとして、お姉さまにお昼ご飯を満足に食べさせられなかった分、夕食は食べられるように予定を切り替えませんと。家のものに連絡を入れておきましょう。

 お姉さまに倒れられては、一大事ですからね。ええ。

 ……お姉さまに心配されるシチュも悪くはないですね。趣味ではないですけれど。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。