退魔士五代家。生明家も名門には含まれますが、五代家には含まれておりません。
血統の段階から、正直格が違うと言ってもよろしいでしょう。彼らが現在の退魔士界を支配していると言っても過言ではありません。
なぜならば、そもそもの能力が卓越しているから。
血統の重要性は、歴史が証明しています。時折外れ値は存在しますけれど、基本的には優れた両親からは優れた子が、平凡な親からは平凡な子が産まれるのです。
わたくしが見事な外れ値ですね。愚かな両親から、優れた娘。もしかしたら、子種だけは優秀なのかもしれません。腐っても良血統だったということでしょう。
話がずれましたね。五代家の内、不知火家は火を司る家系。
その力は激しさを表し、激情に駆られる家系として知られております。
故に、下手に刺激するのはご法度。学園内でも、彼は腫物のような扱いを受けておりますの。
日頃は大人しくとも、一度その逆鱗に触れれば大変なことになる。そういうお方だと評判です。
必要以上に恐れられていると思いますが、おそらく本人が噂をわざと煽っている節もあるので、そういうことなのでしょう。
「少しの間付き合ってくださいますか? 不知火雅人様?」
「……なんだ」
教室の机にて、ご自身の腕を枕に寝ていた彼に話かけます。
黒髪をバックに流して、顔はわたくしでなければ見惚れていたかもしれないほど整っていますね。
もし、彼が不知火の家系でなければ間違いなく女性に囲まれて放されることはないでしょう。
周囲が騒めいておりますね。下級生である私が上級生のクラスに赴き、周りから話しかけづらい彼に話しかけたことが原因でしょう。
何事かと、少し騒々しいですけれども、まあ良いでしょう。見逃して差し上げます。些事ですので。
「生明のところの、妹の方か。何か用か」
「ええ、あなたに用事がありますの。少しばかり場所を移してお話しませんこと?」
「なんだ、誘いか? 優等生が珍しいな」
あら、随分と挑発的ですのね。
お可愛らしいこと。
くすりと笑ってみせた私に、怪訝な表情を向ける彼。
いいですね、随分とわかりやすい方のようです。
「あら、この場でお話をいたしますか? 私は一向に構いませんけれど」
「聞かれて困る話だと? 別にそんな――」
「旧校舎」
私がこの単語を出した瞬間、彼の余裕そうな表情が固まります。
ああ、私の推測はやはり正しかった。お姉さまと会っていたのはこの人。
思わず笑ってしまう口元を、そっと右手を添えて隠します。
「場所、移しますか? わたくしは、この場でも一向に構いませんけれど」
「……わかった、ついてこい」
流石に校則破りの話をこんなところでするわけにはいかないですか。
仮にも五代家。面子は大事ということなのでしょう。
もしかしたら、家に何か言われてるのかもしれませんね。ただでさえ感情的になると向こう見ずになる家系なのですから、何か伝えられていてもおかしくはありません。
乱暴に立ち上がった彼の後ろを、しずしずとついて行きます。
背中が広い。身長も高いですね。思わず見上げてしまいます。
周りからの視線は、大丈夫なのかという心配の視線が多いですね。
お姉さまがこのクラスでなくてよかったです。お姉さまの本来の実力が知られていればこの優秀な人が集まるクラスだったでしょうに。もしそうなりそうなら、全力で阻止いたしますが。
「どちらへ?」
「……その旧校舎だ」
「まあ、婦女子を人気のないところに連れて行くというのですか? 二人きりで」
「ほざけ」
軽く振り返って睨みつけられました。
あらまあ、随分と私への好感度は低いみたいですね。
お姉さまから何かを聞いたのか、自分で調べて知っているのか。どちらでしょうね?
「俺はお前みたいなやつが嫌いだ」
「どういう意味でしょうか?」
「取り繕うな。俺はお前の本性を知っている」
「あら、何のことでしょうか?」
本性を、ねぇ。本当か、カマかけか。わからないうちは、
ましてやまだ本校舎の廊下。人の目があります。
この人は全く気にしてなさそうですけれども。わたくしはそうはいかないのです。
短く舌打ちをされました。まあ、物騒な。
こんな人がお姉さまと関わりがあるだなんて信じられません。雪女の言っていた話では、嫌がっている様子でもなかったはずですし、どこが良いと思われたのでしょうか。
お姉さまを騙しているというのなら、その時は……。
「ほら、ついたぞ」
「あら、常に結界を張っているのですね」
「……ああ」
旧校舎に張られている結界の効果はかなり複雑そうですね。主な効果は人除けと魔除けの両方でしょうか。他にも、一目見ただけではわたくしでも解析しきれない程度には細かい付与がされてるようです。
雪女が諦めたのは賢明でしたね。これを破るのは少々難しそう。時間をかければ何とかできるでしょうか? 力技では厳しいかもしれません。
旧校舎にこんな高度な結界が張られてるだなんて聞いたことがありませんし、やはり、この方が後から付与したのでしょう。
符術の一環と考えれば、建物全体を使った構造の再構築をしなければならない規模。単独では難しい? 五代家なら可能なのかもしれませんが、個人で行うには規模が大きすぎます。
何せ、符術というのは風水と基本は同じ。ものの配置や構造、術式を刻んだ札により巨大な術法を刻むことができるのです。符術と言えば、基本は術式を刻んだ札を扱う事ですけれども、このような大規模な結界は建物そのものを利用していることが多いですね。
旧校舎が使われなくなったのはそのための改修のためだったり? こっそりとそれ用に改装されていても気づけませんからね。何せ、用もなければ近づく意味もない場所ですから。
「あ、お待ちください」
「さっさと来い。そこはまだ結界の範囲外だ」
つい結界についての考察をしてしまいました。
中々興味深いものでしたので、つい。
その間にも彼はするすると先に進んでしまっているのですから、甲斐性のない殿方ですこと。女性の歩幅に合わせてくださらないだなんて。もはや文句を言う気も起きません。
黙って少し遅れて後を付いていきます。
やがて、彼が案内したのは一つの教室。札を見れば、三の四と書かれております。
一階に三年生の教室があるのですね。そこは今の校舎と同じですか。
教室の中は、古びているというのは簡単ですけれども、使われていないわけではなさそうです。埃のつもり方も、木製の机や椅子の朽ち方も、教室全体の状態すらも、手入れがされていると一目でわかる状況ですので。
適当に選んだのか、それともそこが彼の特等席なのか、迷う事なく彼は一番後ろの一番窓際の席に座りました。
わたくしは……座るのはやめておくとしましょう。何が起こるかわかりませんので。
「なんだ、座らないのか」
「…………」
不都合に取られたくはありませんから、今回は笑顔のまま、何も言葉では返しません。
正直に警戒しているだなんて、言う必要はないのです。ましてや、何も考えずに座る頭足らずと受け取られるようなことはもっとしたくはありませんから。
さてはて、どのような受け取り方をしてくださったのでしょうか。それとも単純に興味がなかったのでしょうか。彼はすぐに話題を変えるようにしたようです。
「それで? 俺に何の用だ」
「あら、お分かりのはずでは?」
お姉さまから話は聞いているのでしょう? と、こてりと首をかしげて差し上げれば、みるみるうちに彼の顔は歪んでいくではありませんか。あらあらあら、可愛らしいところがあるではありませんか。
「……そういうところが嫌いなんだ」
「ふふふ、申し訳ございません。ですが、ご存じの通りでしょう?」
決して直接口にしませんよ、ええ。
このような迂遠なやり取りがお気に召さないというのなら、最初からわたくしの誘いにのるべきではありませんでしたね。
根負けするのは、当然雅人様の方。ため息を深めに吐いてます。
「まったくもって姉に似てないな、可愛げがない」
「お姉さまとは申し訳ありませんが、産まれが違うものでして」
「ああ、そう言えば腹違いの姉妹だったか。性格の悪さが遺伝しなくてよかったというところだった」
ふふふ、直球ですね。
わたくしとお姉さまが腹違いというのは公にされていることですので、これでとやかく言うことはできません。
「それで、わたくしからお聞きした方がよろしいでしょうか? なぜお姉さまに関わるのですか? 生明の忌み子にご執心な用ではありませんか」
生明の忌み子。それは、陰ながら囁かれている、お姉さまを差す侮蔑の言葉です。
口に出すのも悍ましいですが、この人を挑発するのにはちょうど良い言葉でしょう。
ほら、表情が変わった。
「はっ、忌み子ね。実の姉に大したことだ」
「お姉さまが生明の家に産まれながらにして、退魔士としての素質がないのはご存じの通り――」
「才能がないだと? それは酷い冗談だな」
……なるほど? まあ、五大家の方ですから、口封じは少しばかり難しいものがあるのでできるだけやりたくはないのですけれども――。
「俺がお前に問いたいのは、お前が悪意を持って、日和の治癒術師としての能力を隠ぺいしている件についてだ」
あっ、口封じしなければ。どうやって殺しましょうこいつ。