「な、な、なぜわたくしがお姉さまの事を愛しているとお思いで?」
「愛……? いや、あまりにも撤回しろって詰め寄るからだろ。少なくとも、嫌っていたりどうでもいい相手ならば、疎んでいると思われても構わないはずだ」
反論の余地も残してくださらないほどの正論でしてよ。
くぅ。いえ、ですが撤回させておかねばならなかったのも事実。これは受け入れざるを得ない展開と言えるでしょう。
考えるのです生明紫月。ここから挽回する術をっ!
「……こうなったら、仕方がありませんね。この手段は使いたくはなかったのですが」
「な、何? 何をする気だ?」
「あなたが悪いのですよ雅人様。あなたが、わたくしの逃げ道を塞いでしまったのですから」
「いや自分から墓穴を掘ったような気がするんだが……これ俺が悪いのか?」
これはどなたのせいなのでしょうか。そう、お姉さまが悪いのです。人を惑わす魅力をお持ちなお姉さまが悪いのです。わたくしは悪くありません。
「本当に、本当に仕方がありませんね……」
「おい! なんかすごい寒くなってきたぞ! お前本気か!? 本気でここで戦うつもりか?」
「問答むよ――お待ちください」
即座に口封じをしようとしたところ、足音が聞こえてきました。
この足音の間隔は……お姉さま! 間違いありません、先ほど歩いてきた床の具合から考えて、軋んでいる具合から体重も一致します。
「お姉さまが来ました。まさか……っ!」
「いや、呼んでなんかないぞ? そんな余裕もなかっただろう」
呼んでいたのかと思い、顔を睨みつければ、違うらしいです。
だとしても、わたくしがお姉さまの足音を聞き違えることなどありえません。
「ですが、足音がします。これは間違いなくお姉さまの歩調!」
「は? なんだそれ。足音で判別できるとか怖いんだが」
雅人様が呼んだわけではないというのならば、お姉さま自身が聞きつけて駆けつけたということでしょうか。
わたくしが雅人様を呼びつけたとなれば、お姉さま関係なのは間違いない。危険だ、という判断をなさったのでしょうか。
そうだとしても、現状お姉さまはわたくしの事を恐れているはず。なのに来るだなんて、なんて勇敢な事でしょうか! 流石はお姉さま、一部の曇りもなく輝いている決断です。本当に素晴らしいお人。
そうしている間にも、足音は近づいてきています。もう教室の前まで。ここまでくれば雅人様もお気づきでしょう。わたくしが嘘を言っていないことに。
「雅人さん! 紫月ちゃん!」
勢いよく入ってきたのはやはり、麗しのお姉さま。ああ、素晴らしいですわ。
手入れもそこまでのはずですのに、艶やかな黒髪。化粧もなさっていないのに美しい肌。はぁ、汚したい。その健気な表情を苦悶の色に曇らせたい。
そんな欲求は笑顔の裏に包み隠して、さあいつものわたくしを演じましょう。
「あらあら、日和お姉さまではありませんか。そんなに急いで、本日は槍でも振りましたの?」
遠回しにはしたないとなじりつつも、
「おい日和! お前の妹とんでもない奴だぞ!」
「紫月ちゃんは……その、凄い子だから!」
「その返しは意味が分からんからな?」
……うーん。お姉さまの方からは脈無し、に見えます。
ただ珍しくできた友達に喜んでいるだけのようです。その筋は考えなくてよさそうですね。
さてはて、どういたしましょう。お姉さまの目の前でお友達を氷漬けにするわけにもいきませんし……。やるならば、直接的な手段よりも別れを切り出させて手紙にして渡す、そのうえでもう二度と顔も見たくないと書かせるぐらいでないと。
殺すだけでは悲しまれるだけですもの。そんなの、何も良いところがありません。葛藤があってこそ、お姉さまは輝かれるのです。
「紫月ちゃんに何もしてないですよね?」
「むしろ俺がどうにかされそうだったんだが?」
「そうですか……よかった」
「おい?」
ここまで意識されてないと、いっそのこと不憫というものです。
しかし、わたくしの方の心配を? 一体どういうことなのでしょうか。
あら、お姉さまがこちらを向きました。
「紫月ちゃん!」
「なんでしょう、お姉さま」
「私と雅人さんはそういう関係ではないの! だから、その、なるべく調子にも乗らないようにするから! どうかお義母様とお父様には黙ってて!」
ふむ。そういうことでしたか。
お姉さまらしいと言えばらしい。お友達を生明家の手から守りにきたという名目でしたか。
……お姉さま。あの愚父に愚母は何もできませんよ。権力に弱い俗物ですので、五代家の跡取りに喧嘩を仕掛けようだなんて、あの二人は夢にも思わないでしょう。
むしろ、これを機に婚約を仕掛けようとすると思われます。使えないと思っているお姉さまを有効活用できるいい機会だと。
それはわたくしにとっても大変都合が悪い。
同時に、この状況は少し使えそうですね。
ちらりと雅人様の方を見て、優しく微笑んで差し上げます。
不思議そうな顔をされていますが、この状況は大変都合がよろしい。
学園ではお姉さまとの接点がなくて苦慮していたのです。
「ふむ、家に不利益をもたらさないというのであれば、わたくしにも考えがあります。受け入れるのもやぶさかではございません」
「なら――っ!」
「交換条件がございます」
ひらりとスカートを摘まんで、教科書のお手本のようなお辞儀を一つ。
ああ、きっとわたくし、今とても悪い顔をしてますわ。
「この旧校舎。――五代家の方々の集まりに、お姉さまだけでなくわたくしも参加させてくださいませ」
わたくしの一言に、瞬く間に息を呑むお二人。やはり、そうでしたか。
旧校舎の改築、雪女を弾くほどの強力な結界の常時維持。雅人様が五代家の一角としても、退魔士擁立のために存在しているこの学園で、たかだか一家がそこまでの権力を使えるものですか。
ならば、他にどなたかが関わっている。退魔士界全体に影響を及ぼせるだけの人々が。
そう、例えば――五代家全員だとか。
「……お前、最初からそれが目的だったな?」
「あら、何のことでしょう?」
「とんだ切れ者だ。道化に見えたのも、演技だったということか」
あらあら、雅人様はどうやら勘違いなさっている様子。
これも都合がよいので、笑って流しましょう。
「お姉さまも、よろしいですか?」
「えっ!? えと、つまり今後は集まりに紫月ちゃんも来てくれる……ってこと?」
「ええ」
「素晴らしいわ! 私、いいと思うの!」
どうしてお姉さまは嬉しそうになさってるんでしょう。
わたくしはあなたを虐めている女ですよ? もう少し、こう、苦慮するとかしてくださらないんですか?
そんな跳ねながら手を握りしめに来るぐらい、眼をキラキラと夜空に輝く星々の如く輝かせて、全身全霊で喜びを表現なさっているのですか?
「――あくまで、わたくしは生明家の一員として、お姉さまが我らが家に不利益をもたらさないか監督するために参加するだけですよ?」
「でも、ほら、私達学年も違うからあんまり一緒にはいられなかったでしょ? 紫月ちゃんの話は耳にしてるの!」
五代家の跡取りの方々とお姉さまは同学年。私はその二つ下です。
確かに、接点はあまりありません。だとしても、それをどうして悲しまれるのですか……? あなたは喜ぶべきではありませんの……?
最近お姉さまと直接の接点を持っていなかったので忘れかけていました。
そう、お姉さまはまさしく太陽のようなお方。寛大な心に、慈愛溢れる精神。自らを陥れようとする人物相手ですら、こうして肉親というだけで慈しむのですね。
だからこそ、ああ――曇らせ甲斐があるというものです。
光輝くものでこそ、汚れた時の幸福はひとしお。その気高い精神が、どうかぐちゃぐちゃにされても立ち上がる気高さを失いませんように。
「待て待て待て。二人で勝手に話を進めるな」
「雅人さん」
まだいらっしゃったんですね雅人様。すっかり存在を忘れてしまっていました。
「俺の一存では決められんぞそんなこと。他の連中の意見も聞かないと――」
「あら、聞くまでもありませんよ」
クスリと冷笑する。
怪訝そうになさりますが、察しが悪い殿方はモテませんことよ。
「わたくしが参加できなければ、お姉さまをこの集まりから離脱させるだけです。これは生明家としての決定だとお思いください」
ほら、簡単に表情が変わる。
こうなれば、お姉さまが治癒術師だと知られていることも有効活用いたしましょう。
おそらく、五代家の方々は知ってらっしゃるのでしょうね。そうなれば、お姉さまの奪い合いをしている状況ということでしょうか?
そんな最中、そのお姉さまを取り上げてしまえばどうなるでしょう。
せっかくの治癒術師を自らの家門に取り込めるかもしれないチャンスを棒に振るということです。
そんなことをしてしまえば、おそらく跡取りとしての立場も怪しいでしょうね。得られたかもしれない利益を、積極的にないものにしたというのですから。家を運営する能力を疑われても仕方がありません。
選択肢なんて与えませんよ? わたくしからお姉さまを奪おうと画策したのです。そのぐらいの覚悟はなさっているのでしょう?
あなた方はじっくり、しっかり、内部からめちゃくちゃにして差し上げますから。
「……わかった。他の連中も呼びつけて議事を取るとしよう」
「ええ、そうなさってください」
結果はわかりきっていますけれども。
さて、そろそろお姉さまはわたくしを解放してくださらないでしょうか。
こんなに激しい愛情表現をされるようなことをした記憶は一切ございませんが。
……まあ、お姉さまの体温を感じられているということで役得と思いましょう。ひとまずは。