可哀そうなお姉さまを愛でたいだけですのに!   作:パンデュ郞

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 場所は変わりまして、学園内の練武場へ移動してきました。

 がらりと人気はなく、わたくしたちの貸し切りのよう。まあ、そうであることは織り込み済みで移動してきたのですけれども。

 

「今の時間、ここは授業で使われてない。実力を見るにはもってこいの場所だろう?」

「学園の設備を勝手に使って……。はぁ、事後承諾という形にはなりますが、使用許可は私の方から取ってきますわ」

「さっすが磐城のお姫様。話が分かるね」

 

 軽口を叩くのは尚次様。中々真意が掴めませんね。

 彼の様子をどう観察しても、戦い前の焦りや恐怖というものが感じられません。

 まさか、わたくしに負ける気はさらさらないと? よほど先ほどの不確定な推測に自信があるのでしょうか。

 舐められるのは好きではありませんことよ。

 

「あのね、紫月ちゃん」

「なんですか、お姉さま」

 

 お姉さまは不思議なことに、本当に不思議な事に、移動中でさえもわたくしの側からずっと離れようとはしてくれません。むしろ、どこか五代家の方々からわたくしを守る様に振舞っている節すらあります。

 役得ではございますけれども、わたくしはとても不安です。知らないところで情報とか漏れてたりしますか……?

 

 お姉さまの気質は存じておりますが、一度思い込まれると中々考えを覆さない方。仮に、わたくしがお姉さまを愛しているという情報が知られてしまえば、何をしても愛情表現の一環と捉えられてしまうでしょう。

 それは避けたいので、できれば嫌われていたり恐れられていると都合がよかったのですけれども……。

 

「何かあったら、その、お姉ちゃんに言ってね。紫月ちゃんに比べればその、ダメダメなお姉ちゃんだけれど、できることは頑張るから!」

 

 長らく直接的接触は最小限にしておりましたが、この反応は本当に想定外です。これは、今後の予定を大幅に見直す必要もあるでしょう。

 本当に、ほんっとうにどうしてこうなってしまったのでしょう。わたくしはお姉さまが適度に苦しんでくださるだけで満足できるのですけれども。

 ……もしかしてこの調子ならば、わたくしがわざと大きな怪我でもすれば、お姉さまは苦しんでくださるでしょうか? 今後しばらく様子を見て、経過次第では一考の余地がありますね。

 

「……わたくしは大丈夫ですので、無能なお姉さまは怪我しないように端で縮こまってくださいますか?」

「あっ、うん。邪魔にならないようにしておくね!」

 

 ああ、麗しのお姉さま。罵声を浴びせられてなお、どうしてそんなにも(まばゆ)く輝かしい笑顔なのでしょう。

 お姉さまが苦しむ姿が見れなくなるのは嫌。絶対に何をもってしても避けるべきことなのですよ。

 ですので、距離感を適度にしてくださいますか……?

 

「さてさて、それじゃあ紫月ちゃん。準備はいいかな?」

「ええ。ほら、お姉さまはさっさと引いてください」

 

 いつまでも名残惜しそうにしているお姉さまを追い払い、練武場の中心へと歩みを進めます。

 そこには、既に待機している尚次様がいらっしゃいますね。

 

「随分と姉妹仲がいいみたいだね。意外だよ」

「同感いたします。ここまでとは思っておりませんでした」

「ははっ! 家では日和ちゃんのことを避けてるみたいだもんね。知らないのもしょうがないか」

 

 ああ、やはりこの人は生明家の内情をご存じなのですね。

 では、どうしてわたくしに喧嘩を売るような真似を? それが疑問として残っております。

 そこまで知っているのであれば、あの件についても存じていそうなものなのですが……。

 

「食えないお人ですね」

「そうかな? 君ほどではないと思うよ」

 

 お互いに準備は良し。いつでだろうと始められるでしょう。

 

「それでは、この試合は私こと磐城真砂が見届けます。お互い、よろしいですね?」

 

 ここですかさず出てきてくれるあたり、やはり調停たる土の一族ですね。

 わたくしたちはお互いに見合い、頷き真砂様へ了承の意を伝えます。

 

「式神はどうなさいますか?」

「紫月ちゃんが決めていいよ。あった方が戦いやすいかな?」

「では、なしでやりましょう。ああ、途中からでも必要でしたら尚次様は使っていただいて結構ですよ?」

「――へぇ」

 

 尚次様の目の色が変わりました。非常に好戦的な色。初めて、目の前にいるわたくし本人を見てくれましたね。

 式神を使わないということは、退魔士当人の直接戦闘能力のみが問われます。

 退魔士の中には式神との連携を重視し、当人の事を疎かにしている人もいるとか。そういった人は、せいぜい二級以下の位に甘んじているのですけれども。

 つまり、わたくしたちのやり取りをわかりやすく直しますと――お前は式神がないとまともに戦えないだろう? と問われたのに対して、わたくしには必要ありませんが、必要ならそちらは使ってください。ですね。

 

 真砂様が困った表情をなさっております。貴方様を困らせるつもりはなかったのですが。

 文句は尚次様に仰ってくださいね。仕掛けてきたのはあちらが先ですから。

 

「試合の条件としては、お互いに殺傷に至ったり学業に支障が出るような怪我をする攻撃は禁止いたしますわ。他、敗北条件は負けを認めることに、地面に膝を付くことといたします。異論はございまして?」

「ないね」

「ええ、大丈夫です」

 

 試合の流れを真砂様が確認し、双方の同意が得られました。

 こうなれば、後は決まったものです。

 お互いの距離を十分に離し、向かい合います。そして、合図を待つ。

 

「では――試合開始!」

 

 開始の合図とともに、わたくしたちの行動は二極に分かれました。

 ――接近を試みるものと、その場で術を練るもの。

 

「【水刃・乱】!」

 

 即座に接近戦を挑もうとしたわたくしをけん制するように、水の刃が尚次様を中心として四方八方へと散らばります。流石、五代家の方ですね。術を練る速度がお早いですこと。これは流石に対応しなければなりません。

 

「【凍結・爆】」

 

 迫りくる水の刃は、こちらの一定半径内に入ると同時に凍てつき、はらりと砕け氷の花弁を散らします。

 おかげで足を止めることはなく、即座にわたくしたちの距離は詰まりました。

 

「お待たせいたしました」

「――女の子にそう言われてこれほど嬉しくないのは初めてだよ」

 

 上段に振り上げたわたくしの回し蹴りを、腕を盾にして防ぐ尚次様。

 おや、思った以上に鍛えてらっしゃるようですね。

 ただ、一度防いだ程度で手を緩めては差し上げませんよ?

 

「女の子が、そんな風に足を上げて、はしたないと思わないのかなっ!?」

「ご心配なく。対策はしておりますので」

 

 続けて二度三度、同じように足を振りぬきます。どちらも防がれましたが、手ごたえはあり。

 次の行動へ――移ろうとした瞬間を狙い、札が私の前に差し出されます。

 

「【散】」

 

 札を中心に暴風が吹き荒れます。術を練る時間を与えてもらえないと見るや否や、即座に発動できる符術に切り替えましたか!

 このまま接近したままでいれば、ただでは済まないのはわたくしの方。暴れる風に身を囚われないよう、後ろへ大きく飛びのきます。

 

「【飛水・龍】」

 

 作った隙を使わないほど、愚かな相手ではございません。

 生み出されたのは水で作られた巨大な龍。距離を置いたわたくしへ向けて、一口で人一人のみ込めるであろうその口を広げ、迫りくるではありませんか。

 ――準一級と仰ってましたが、この男、一級相当の実力はありますね?

 

「水無瀬! それは幾らなんでも――」

 

 ああ、これはこれは。

 実に、愉快ですね。

 

「【凍結・陰】」

 

 真砂様の制止の声を消し去る様に、静寂が一瞬にて場内を包み込む。

 それもそのはず。今、尚次様が放った技は一級退魔士でも使うのに手間取る者もいる高等術。水系統の中では最上位に位置する術でしょう。

 それが、何の予兆もなく霧散したのですから。

 

「ふふふ、興が乗りました」

 

 本当はいけないのですけれども。でもでもでも、楽しくて仕方がありません。

 なるほど。合点がいきました。準一級相当であれば、問題なく踏みにじれるからこその自信だったのですね。

 それで負かしてみれば、ほら準一級の僕にも届かないだろうと笑ってみせる算段だったのですね。

 本当に――愚かな人。

 

「尚次様」

「――なんだい」

「少しだけ、水の極みをお見せして差し上げます」

 

 なぜわたくしが術を使わず、肉弾戦で御そうとしたのかお分かりですか?

 それはですね、万が一にでも、力加減を間違えて貴方を殺さないためですよ。でも、その術が使えるほど呪力が高いのであれば……生き残ってくださいますよね?

 

 わたくしの感情に呼応して地面が凍てつく。人々の吐く息が白く染まる。

 五行において水とは、流動性や知性を司る他に重要な特性があるのです。それこそ、鎮静。

 すなわち、氷とは、水の陰性を極限まで突き詰めた先にあるもの。水属性の極致には、氷がある。

 さあ、覚悟は終わりましたか? 終わったのであれば、全てを沈黙に沈めましょう。

 

「【極・厳――」

「そこまでっ!」

 

 次に場内に響き渡ったのは、氷もろとも大地が砕ける音。

 わたくしの目の前に、真砂様のかかと落としが突き刺さった音でした。

 

「不知火!」

「あいよ」

 

 雅人様が炎を放ち、下がっていた気温を元に戻していきます。

 どうやら、わたくしの放つ気だけで随分と冷え切ってしまっていたようで。術を発動させる前だったのですけれどね。

 

 真砂様はわたくしの方を見た後に、その場で軽く下を向きながら首を振るってみせます。何でしょうか? 何か、仰りたいことでもおありですか?

 それが終われば、尚次様の方へ視線を向けられました。何だったのでしょう。

 

「水無瀬。問題ありませんわね」

「……そうだね。文字通り、肝が冷えたよ」

「ならば、言うことがあるのではなくて?」

 

 真砂様に促され、尚次様は曖昧に笑い、両手をその場で上げました。

 

「負けを認めるよ。僕が悪かった。侮辱したことを、どうか許してほしい」

「謝罪を受け入れましょう。尚次様も、準一級とは到底思えない実力をお持ちで、大変驚きました」

「よく言うよ……。一応聞くけれど、紫月ちゃんが準一級である理由は?」

 

 この質問に関しては、笑顔でこう答えることにいたしましょう。

 

「その方が都合がよろしいので」

「……なるほど。これは勝てないね」

 

 お姉さまの近くにいるのに、これ以上の地位は不要。むしろ、自由に動くのに邪魔になりますもの。

 認定試験の時、準一級になる様に調整するのは結構骨が折れたのですよ?

 

 おや、雅人様が何か呟いていらっしゃいますね。

 なになに、ひょっとして、あれを俺が食らう予定だったのか? ですって?

 ふふふ、それはどうでしょうか。




日間ランキング載れて嬉しかったので急遽一話書きました。
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