可哀そうなお姉さまを愛でたいだけですのに!   作:パンデュ郞

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 ――私、磐城真砂の目から見て、生明紫月という人物を評価するのであれば……異常。というたった一単語で言い表すのが適切ですわね。

 退魔士としての才覚はもちろん。一目見た時から準一級というのは嘘だとわかっておりましたもの。狭い学園の中ですから、すれ違うこともありましょう。そのときから、溢れ出んばかりの自信、それを支えられるだけの能力があることはお見通しでしたわ。

 だからといって、ここまでとは思っていませんでしたけれども。

 

「水無瀬、本当に怪我はないんですのね?」

「ああ、ないよ。でも、手を貸してくれるかな?」

 

 見てみれば、僅かに足が震えていますわね。

 あれほどの圧倒的な圧。それを正面から受ければ、無理もないことですわね。水無瀬は準一級、一級としてやっていけるだけの実力があれど、彼女はそれを越えて見せました。私でも勝てるかどうか……と考えれば、一級の中でも中から上の実力はあると考えてもよいでしょうね。

 一級の上には特級という位はありますが、それは異次元という認定の証です。一級の中でも実力の上下は激しいのですから、そこに至るのにはどれ程の能力が必要となるのでしょうか。

 もしかしたら、彼女ならば……いえ、考えても詮無き事ですわね。

 

 私は水無瀬に手を差し出し、立ち上がらせて差し上げました。

 

「ありがとう。助かったよ」

「ええ、感謝してくださいませ。私が止めてなければ、おそらく貴方殺されてましたわよ」

「……だよねぇ」

 

 私が異常と評した理由は、単純に実力だけではありません。

 先ほど、眼前で発生した呪力の渦。練り上げられた膨大な力を、深い因縁があるわけでもない相手に平然と向けられる精神性。

 調和を司る磐城家の娘として、到底看過できるものではありませんわ。

 彼女は異常です。その溢れ出る力を、他人に向けることに何も躊躇がないのです。

 

 彼女とは義理の姉の関係にある生明日和さんとは面識がありますが、似ても似つかない。

 日和さんを例えるならば、周囲を温めてほんのり照らす焚き火。憩いの場であり、休息の場ともなる。そのうえで、絶えることのない支えともなってくれることでしょう。それほどの芯の強さが彼女にはありましてよ。

 では、紫月さんはどうでしょうか。間違いなく、全てを焼き尽くす業火でしょう。草も、木々も、家も、山も、己に立ちふさがる全てを焼き尽くしねじ伏せる烈火のごとき人。生明という水の家系に生まれたことが信じられないほど苛烈な衝動をうちに秘めていることは想像に難くありませんわ。

 

 今彼女は何をしているかといいますと、怪我はないかと日和さんに体を改められている最中です。

 聞いていた話ではあまり姉妹仲は良くないという話でしたが、こうしてみるとそうとは思えませんわね。

 紫月さんはどちらかというと微妙な表情をしているのが気になるところではありますけれども。

 

「……磐城の目から見て、彼女はどうかな?」

「危険ですわね。間違いなく、御せる馬ではなくてよ」

 

 治癒術師は欲しい。だとしても、ついて回るのがあれほどの狂犬ならば……。

 そう考えるのは私だけではないと思いますわ。実際、平然としているのは不知火と鋼条の二人のみですし。不知火は……気が付いてないだけでしょうね。鋼条は何を考えているのか普段からわかりませんもの、いつもの事と割り切るしかないでしょう。

 

「なら、磐城は様子見しているといい」

「……水無瀬?」

「そうやって風を読む気なら、僕が先に彼女を貰う。もう、治癒術師なんて話じゃない」

 

 治癒術師という話ではない?

 まさか、水無瀬の目には生明日和よりも、生明紫月の方が優れた人材に映ったということですの?

 

「あれは水属性の深淵に足を踏み入れた人材だ。是非とも、我が家に迎え入れたい」

「正気ですの?」

「正気じゃないさ。でなければ、こんなこと言ってられない」

 

 ……ああ、全てを焼き尽くす業火があるとすれば、きっと一度見れば心を奪われる美しさなのでしょう。

 こうして一人、心を焼かれてしまったのですから。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「お姉さま! わたくしは大丈夫ですので、離れてください!」

「でも、でも! ほら、ここでなら私のこと知ってる人たちばかりだから……」

「だからと言って! ああもう、必要ありませんと言わなければわかりませんか!」

 

 強い言葉を使い、お姉さまを引きはがせば、しゅんと落ち込んで見せるではありませんか。

 あっ……このお姉さま凄い可愛らしい。その涙目になるところも、わたくしの一言でさぞかし心の中がぐるぐると巡っている感覚もたまらぬ快感です。ゾクゾクしてしまいます。

 

「おい、紫月。お前教室であれを俺に撃つ気だったろ!」

「あら、雅人様。何の事でございましょう」

「しらばっくれるな! いくら俺でも分かるぞ!」

「紫月ちゃんを虐めないで!」

「虐めてなんか……ああもう! 何だこの状況は!」

 

 雅人様はお姉さまに大層弱いご様子。惚れた弱み、というものですかね。ご愁傷様です。

 水剋火ではありますが、それとは違うご様子。むしろ感情的なのはお姉さまの方ですもの。

 さてはて、お姉さまのお母様は何の属性でしたっけ。あの愚父が水なのは確実なのですけれども。

 ……あら?

 

「どうかされましたか、尚次様?」

 

 何かを真砂様と話されていると思っていましたが、話が終わったのか尚次様がこちらへやってこられました。

 何でしょう? あれほどの目に遭わせたのですから、もう近づいてこないと思いましたのに……。

 

「いや、もう一度正式に無礼を詫びさせてもらうよ。紫月ちゃん」

 

 そう言って、九十度真っすぐに頭を下げられる尚次様。

 これは、わたくしも思わず驚いてしまいました。周囲の方々も、同様の感想を抱かれたようです。

 

「な、尚次様?」

「完全に僕の負けだ。だからこそ、真摯に謝罪をするべきだと思った。どうかな? もう一度、受け取ってもらえるかな?」

「え、ええ。尚次様の真剣さは伝わりました。もう一度、正式に謝罪を受け入れたいと思います」

 

 わたくしがそういうと、頭をすっとあげられました。

 な、なんでしょう。まったく理由がわかりません。こういう行動が読めない人物が一番怖いのですけれど……尚次様は水の気があるお方、知性を捨てることはないはずです。

 では、どういう計算の元でこんな行動を?

 

「では、謝罪を受け入れてもらえた上で、一つ提案をしたい」

「――なんでしょう?」

「水無瀬家に入るつもりはないかな。紫月ちゃん」

 

 スッと空気が凍り付きました。わたくしのせいではありません。周囲の方々の視線が、鋭いものに変わったのです。

 真意が読み取れませんね。わたくし個人としては、生明の家にこだわる必要もないですし、条件次第では考えても良い話ではありますが……お姉さまが嫌がるでしょうね。基本的に、なしの方向性で動かすべき話になります。

 

「提案の意図をお聞きしても?」

「先ほど、君が見せたものは水の家系として見過ごせないものだ。生明は名家だけれど、現当主は落ちぶれている。凋落の兆しは見えているんだ。そんな才能の原石を、腐っていく場所に置いておくのは退魔士界全体の損失だ」

 

 左様ですか。泥船は捨てて、こちらの船に乗らないかと。

 もしも、わたくしがただの退魔士であれば、これ以上なく魅力的な提案に見えたことでしょう。

 

「お父様の事を悪く言わないでください!」

「日和ちゃん。君も当主様には悪し様に扱われているはずだ。なぜ庇うんだい?」

「それは……家族ですから」

「家族なら、それこそ姉妹の幸せの事も考えてあげるべきだ。より優れた環境に赴く妹を歓迎することができるはずさ」

 

 ああ、この口の回りよう、まさしく水の方という感じですね。

 その都度その都度で意見を変え、口車を変え、望む方向へ物事を動かそうとする知恵の属性。

 

「大変光栄なご提案ですが、遠慮いたします」

「そうか、それは残念だ」

 

 あら、あっさり引き下がられるんですのね。

 お姉さまを言いくるめようとしていたあたり、本気度は窺えましたけれども。何を考えてらっしゃるのでしょう?

 

「理由を聞いてもいいかな?」

「幾つかございますが……現状に特に不満がないというのが大きな理由ですね」

「より上を目指す気はないと?」

「ええ。先ほども申しましたが――その方が都合がよろしいので」

 

 現在の状況は、お姉さまを愛でるのに非常に適していますもの。

 お姉さま本人にわたくしの意図を知られることもなく、愚かな父と母は思い通りに動き、使用人は全てわたくしの意思のままに動く。これ以上の環境はないことでしょう。

 もしも、これ以上を提示できるというのであれば考えてもよろしいのですけれど、それは尚次様には難しいはずです。なにせ、体面というものがございますから。

 

 わたくしの回答に何を思ったのか、ゆっくりと首を横に振る尚次様。

 諦めてくださいましたかね?

 

「ならば、僕はこうするよ」

 

 なんでしょうか? そう思うと、わたくしの前で唐突に片膝を付いて見せました。

 

「生明紫月さん。僕と結婚してほしい」

 

 思わず一瞬言葉に詰まってしまうほどの衝撃を受けました。

 確かに、条件は揃っております。ですけれど、お姉さまではなくわたくしの方に求婚を?

 これは、ちょっと、予想外ですね。

 

「ちょ、ちょっと! 駄目です尚次さん!」

「日和さん。いや、お義姉さん」

「誰がお義姉さんですか! 駄目ですよ! そんなの!」

 

 お姉さまが割って入ってきます。

 でも、お姉さまではのらりくらりと躱されるだけでしょう。

 わたくしが対応しないと。でも、彼の狙いがさっぱりわからないのです。

 あれほどの圧を与えたのに、求婚をなさるだなんて、頭を変な風に打っていたのでしょうか? それとも、雪女のような特殊な癖をお持ちの方でしたのでしょうか。

 

 ああ、何と返答するべきなのでしょう。目の前では尚次様とお姉さまがやり合っているというのに。すぐに返答を出さなければならないのに。

 どうしましょう。わたくしはただ、お姉さまを取られまいと思って行動していただけですのに。

 こんな状況は、いささか想定外が過ぎるというものです。




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