仲間に死んで欲しくないから追放して一人でラスボス倒しに行く英雄vs自己犠牲を絶対に許さない仲間たち   作:宇後筍

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回想シーンが長すぎるというのは作者の中でも評判です


モラン=シラードの森にて

 

 森は湿っていた。

 

 大地に溜まった朝露が草の葉先から滑り落ちるたび、しんと静まった空気の中に、小さな音が弾ける。木々の間を縫うように続く獣道はぬかるみ、斜面には苔が厚く繁っている。遠くでは野鳥の鳴き声が木霊し、時折風に揺れる枝が葉を鳴らす。

 

 森の点検、という仕事は別段珍しいものではない。森とは人の立ち入らぬ領域であり、獣の狩り場でもある。しかしながら人の生活は木々とともにあり、その恵みがなければ竈に火を熾すことすらままならない。ゆえに森の入り口に定期的に手を入れたり足を踏み入れることで、少しだけ人の領域を広げるのだ。

 

 貧民であったガリアンはそのような難しい理屈は知りもしないが、それでもこの世界では自然と『そういうもの』として認識する不文律であった。

 

 半日ほど森を見て回っただろうか。

 

 先頭を歩きながら、タップは知らず足音を立てぬよう気を配っていたことに気付く。妙に空気が重い。湿気だけではない。何かがひっそりと、この森に満ちている——そんな感覚だった。

 

「うげぇ……思ったよりずっと鬱蒼としてら……」

 

 後方からガリアンの声が漏れる。彼は肩に背負った背嚢を軽く持ち直しながら、不満げにこぼす。

 

「道っていうか、ただの動物の通り道じゃねえか、これ」

 

「森なんてこんなもんだろ。稼ぎが良くなるとお行儀も良くなるのか?ガリアン」

 

 タップが軽くまぜ返す。冗談を飛ばしながらも彼は森の匂いに神経を研ぎ澄ませていた。とりわけ、かすかに漂う異臭——乾いた草の匂いとも、腐葉土のそれとも違う、妙に甘ったるい香りに気を取られている。

 

「こノ匂い……あの使者と同じダ」

 

「ああ、えらくセンスの悪い香を焚くもんだと思ってたが……」

 

 ラージルの呟きにタップが頷く。目を細め、匂いの元を手繰るように先の空間にも意識を巡らせる。

 

 道の左右には野ばらの茂みが続き、ところどころに折れた枝や古い革紐のようなものが引っかかっている。誰かがここを通ったのだ。獣ではない、人だ。それも少なくとも複数。

 

「足跡が二種類以上ある。人間のと……荷車か」

 

 タップが小声で呟いた瞬間ラージルが立ち止まり、右手を挙げる。

 

「……音がスる」

 

 一行が息を呑んだその時、背後の藪からばさと羽音がして野鳩が一羽、空に飛び立った。飛び上がるようにして驚いたルルノアが胸を押さえる。

 

「おわ!!どこにあんなデカい鳥いたのよ!」

 

「都会育ちは神経が細くていけねえなあ」

 

 道はやがて下り坂に差しかかる。ぬかるみに足を取られながら進んだ先、森が少し開けた。

 

「ここ、陽が差さないのね……」

 

 ルルノアがぽつりと呟く。鬱蒼と繁った高木の枝がまるで天井のように頭上を覆っている。湿り気のある空気が肌にまとわりつき、視界の先は薄暗く霞んでいた。足元では青ばんだ土がじっとり湿り、毒花がサイケデリックに咲き誇る。

 

「この感じ、霧の痕じゃないか?」

 

 悪夢の霧は人を殺す。大気を汚し、土を侵す。そこから生まれるものは必ず強力な毒性を持つ。ガリアンが眉をひそめてその可能性を口にしたそのときだった。

 

 ——ふわ、と。

 

 鼻腔を刺す甘い匂いがさらに濃くなった。まるで濡れた花弁が密集して発酵したかのような、湿っぽい香り。それは確実に例の使者がまとっていた香と同質のものだった。

 

「こっちだ」

 

 ラージルが先に立ち低木の茂みを押し分けて進む。その後を皆が慎重に追うと、やがて一帯に広がる群生地が現れた。

 

「これは……」

 

 誰かが息を呑んだ。

 

 そこには、淡い紫と青の混ざった不思議な草が、まるで波のように地を覆っていた。葉は薄く、縁は鋭くギザギザしている。風が通るたび、葉先が揺れて微かな音を立て、そのたびにあの香りが濃くなる。

 

 ガリアンがしゃがみこみ、一本の草に手を伸ばしかけて、直前で止めた。

 

「魔禍草……?」

 

「間違いない」

 

 タップが即座に断言した。

 

 魔禍草。幻視と高揚をもたらす薬草であり、抽出されれば、違法ドラッグ『輝きの日(フォールダウン)』の原料となる。身体の痛みを和らげ、記憶を麻痺させ、快楽の霧で心を包み込む。だが同時に、依存性の高い魂を蝕む毒でもある。

 

 それはあまりにも甘美な夢のような毒であり、この世界を緩やかに退廃させていく原因だった。ガリアンやタップなどの貧民はもちろん、ラージルなどの奴隷や豪商の娘だったルルノアですら目にしたことのあるメジャーな薬物である。

 

「こんな場所で自然繁殖……してるようにも見えねえな」

 

 ガリアンが辟易とした表情で声を漏らす。人目につきにくく、雨水が溜まりやすい、かつ風通しの悪い谷間、何より霧で土壌は魔化している——条件は揃っている。だがそれだけでは足りない。この数の魔禍草を揃えるには、種と土壌の管理が必要だ。

 

「意図的に植えらレてる」

 

 ラージルが確信を込めて言う。

 

 数秒の沈黙が流れた。

 

「……マズいな、ハメられたかもしれん」

 

 タップの声に、全員が同時に顔を上げた。

 

「どういうこと?」

 

 ルルノアの声は低く、いつもの陽気さを欠いていた。

 

 タップは森の奥をじっと見つめた。梢の向こうには何もない。ただ、風が木の葉を揺らしているだけだ。それでも、彼の中では点と点が繋がりつつあった。

 

「確証はない……が、キナ臭い。とりあえず森を出よう」

 

「せめて依頼こなしてから——って雰囲気でもねえな」

 

 ガリアンはタップの懸念の全貌を把握できていなかったが、その顔色から状況の悪さを悟る。

 

「この依頼は失敗だな。帰ろうぜ」

 

***

 

 森を引き返す足取りは速かった。言葉少なく、皆の耳が周囲に向けられている。

 

 しかし——おかしい。

 

 虫の羽音も、鳥のさえずりも、さっきまで確かにあった自然の気配がぴたりと止んでいた。

 

「……静かすギる」

 

 ラージルが呟いた。その声は低く、警戒の色を帯びている。タップは歩を止め、周囲を見渡す。

 

「嫌な予感がするぜ」

 

「笑えねえな」

 

 風は吹くのに葉が鳴らない。枝も揺れない。湿った重い空気だけがひたひたと、皮膚を撫でてくる。タップが《怖気祓い》と呼ばれるには理由がある。彼の嫌な予感は——外れたことがない。

 

 それにはじめに気付いたのは超人的な感覚を持つガリアンだった。

 

「……包囲されてる」

 

 一拍遅れて、ルルノアのメイスが手に握られる。ラージルは無言で巻物の封を破る準備を始めた。

 

「前も後ろもだ。距離はまだ百歩かそこらあるが、向こうは追い込む気だな」

 

「誰が?まさか領主の……!」

 

 ルルノアが叫びかけたその瞬間——

 

 ぱきん、と乾いた枝の音が前方から響いた。

 

 そして。

 

 ——ざっ、と。

 

 草むらが次々倒れ人垣が現れる。武装した男たちが、両側の茂みから飛び出してくる。皮鎧に剣、短弓、拘束具。いずれも身綺麗に装備が統一されている。私兵か、あるいはそれに類する連中。

 

「一党《厄介払い》!貴様らにはご禁制の薬物を売り捌いた疑いが出ている!!」

 

 そう告げたのは、前に進み出た指揮官らしき男だった。眼光は鋭く、声に迷いはない。

 

「は……? 何の冗談よそれ……!」

 

 ルルノアが眦を吊り上げ叫ぶ。

 

「大人しく投降せよ。魔禍草の栽培と『輝きの日(フォールダウン)』の製造は重罪だ」

 

「お前ら、誰の指図で動いている?」

 

「モラン=シラード領主の命である」

 

 ガリアンが前に出かけ、タップが右腕で制する。

 

 その動きの素早さに、周囲の兵たちが一斉に武器に手をかける。ラージルも魔術の準備を続けていたがその手が止まる。目でタップが制したのだ。

 

「ここで暴れればそれにかこつけて殺されるぞ」

 

「だからって黙ってりゃ重罪人扱いだぜ」

 

 ガリアンがかすかに唾を呑んで言った。その言葉が、仲間全員に現実を突きつける。風が止んだ。鳥も鳴かない。敵だけが、そこにいる。

 

 若き英雄の卵の懐で『聖典』が熱を放つ。まるで早く自分を読めと言いたげなソレに舌打ちをひとつ打つ。使えるものならさっさと使っている。

 

 数ヶ月前の遺跡探索中に見つけた遺物のひとつ。本の形をしているものの開いたところで読めもしない。緑色の光沢のある板に幾何学模様が束ねられているのがほとんどで、わずかな金属製の突起が文字とも絵とも言えないような僅かな量埋め込まれている。タイトルは『聖レノ記』。

 

「いっそのこと俺が狙われてる間にお前らが逃げるってのはどうよ?」

 

 どうせ怪我したって治るぜ、と笑うガリアンの声は震えている。当然のことだ、まだ彼は十四の小僧なのである。殺伐としたこの世界においても、切った張ったの経験が豊富である方がおかしい。

 

「ハン、弟分がいくらでも臓器を実らせる金のダチョウになるのを黙って見てろってか?恥ずかしくてお天道様に顔向けできないね」

 

「ガリアン、こう見えて我は枷は慣れてルぞ。外すのモな」

 

「ま、あたしも檻なら慣れてるわね」

 

 仲間たちのジョークにガリアンの頭が冷える。今にも兵が槍を突き出そうとしているのに肝の太いことだ。兵たちがじりじりと間合いを詰め、やがて指揮官が再び声を上げる。

 

「繰り返す。貴様らは重罪人だ!全員武装を解き、手を頭の後ろに組め」

 

 その言葉に応じてガリアンは剣の柄から手を離す。ラージルはローブのうちに巻物を納め、静かに手を組んだ。ルルノアだけが最後まで未練がましくメイスを離さずにいたが——それも、タップの視線で納めた。

 

 彼らが指示に従ったのを確認して兵たちは一気に詰め寄ってくる。手枷をかけられ、顔を伏せさせられ、無言のまま押さえ込まれる。

 

 がしゃん、と乾いた音がして、鉄具がガリアンの手首を封じた。

 

「なあ、しょっちゅう面倒ごとに巻き込まれるのはこの一党の名前がよくねえんじゃねえの?」

 

 その呟きは湿った森の土に吸い込まれて消えていった。

 

 

 

 

 それからずた袋を被せられてどこともわからぬ場所へ連れて行かれ、城のような場所に手荒く引き摺り下ろされ石牢に囚われたと思いきや————先日誼を結んだばかりの商人が現れこう言ったのだ。

 

 

クーデター(稼ぎ時)ですぜ、若様」




とりあえず短くまとめるつもりだった量を完全に超過しているので、前編とか中編とか書いてたサブタイを改題しておきます。

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