仲間に死んで欲しくないから追放して一人でラスボス倒しに行く英雄vs自己犠牲を絶対に許さない仲間たち 作:宇後筍
話は戻り、宮殿前。ガリアンの放った『太陽の槍』により、門兵は跡形も無く消え去った。まるで最初から存在しなかったかのようにあっさりとその強敵は斃れた。
「いやァご無沙汰してますなァ、若様」
ファティヒは飄々とこちらに歩みを進める。ガリアンはふた月に渡る旅と連戦の間、補給も出来ず汚れも落とすことなくここまで来た。うすら汚れた彼と比べ、眼前の商人の身綺麗なこと。
「おい」
黒樽の主人は右手をワイングラスでも持つように掲げて背後に声をやると、森の奥から軽装の男が音もなく現れ、その手にそっと一本の薬瓶を載せて去っていく。
「何をしにきやがった、腐れ商人が」
ガリアンは茫然としていたのを慌てて悪態をつき、取り繕う。もはや自分はこの商人を手酷く裏切り、その信頼を泥中に捨てたのだ。
「また俺に便乗して勝ち戦にあやかろうってのか?薄汚ねえネズミ野郎が、助けたつもりかよ。いいか、俺が悪魔の王に勝ったそのときに間違ってもテメェらはデカい顔するんじゃねえぞ」
ガリアンにこういうことを叫ぶ荒んだ人間を何度も見てきた。その度に黒樽商会の人間は笑いながらこう返した。
『金が稼げるならネズミだろうが何だろうが構やしねえよ』
彼らは皆歴戦の商人だ。馬鹿にされようが詰られようが、それに一々心を動かしたりはしなかった。金にならないと知っていることに全く興味のない、人格の破綻した金の亡者の集まりだ。だからこそ、金の卵であるガリアンを守るために己の名誉を犠牲にしてでも汚名を被ったのだ。
今や王都では黒樽商会の名は恐怖をもって語られる。国の中でも有数の商会と成り上がったこともあるのだろうが、ガリアンに悪名が付かないように後ろ暗いことを進んでやったからだ。
旅を続けるために資金が必要だった。
悪魔との戦が長引けば儲かると言って敵対的な行動を取る商会を潰したことがある。路頭に迷った人間も多いだろう。
腐敗した政治屋が暗殺者を送ってきたことがある。逆にその政治屋を暗殺することで、ガリアンを英雄として祭りあげるように宮廷の動きをコントロールした。
黒樽商会は文字通りガリアンに賭けたのだ。商会の資金も、評判も、未来も——すべてガリアンが霧を晴らせば取り返せる投資だと腹を括ってすべてを賭けた。
ならば。ならば、それは報われるべき献身だ。潔癖な理想を追い求める小僧と、清濁混然とした現実とを繋ぎ止めていたのは間違いなくこの腹黒の商人どもなのだ。
だからこそ、この商人を連れてくるべきではなかった。霧が晴れた後にはやるべきことが山ほどある。新しい商材はそこら中に転がっているだろう。きっと他にも霧の隙間で暮らす種族が残っている。そいつらとの交易だって始まるだろう。最も大きな商機なのだ。こんなところで戦いになど関わっている場合ではない。
だから、ガリアンは商人を追放した。
「何とか言ったらどうだ!ええ?手切れ金じゃあ足りなかったのか、この業突く張りが!!」
出会ったあの頃よりも強大な魔力が瞳の中で大きく揺らぐ。体躯も、その身に刻まれた傷も、積み重ねた武技も、装備も——あの頃の小僧のガリアンではない。だが、どうしてだろう。この虚勢がまるで通じていない気がするのは。
ファティヒがその手に持った薬瓶をガリアンの頭に叩きつける。ぱん、と軽い音を立ててその瓶は粉々になり中の液体がガリアンの体に染み渡る。
体に染み込み、魔力の回復が早まっていく。瓶の破片などが刺さるほど軟弱ではない。ガリアンにはこれは何の痛痒も与えることはない。もちろん避けることもできた。が、それをしなかったのには理由がふたつある。
ひとつは、ガリアンには元々避ける気はなかったということ。それで多少でもファティヒの気が済むならいいと思っていた。
もうひとつは、ファティヒが初めて見る表情をしていたからだ。
「——————この、ガキがッッ!!!!!」
赫怒。眦は鬼さながらに吊り上がり、ぎりぎりと歯を擦り合わせては地獄の釜が開くような音がする。
ぱん、と音を立てて霧落しの聖水瓶が頭の上で割れる。泡
節くれだった自分よりも幾分か大きい手のひらだった。
三年に渡る付き合いである。それも命を賭けた戦場をいくつも共に渡り歩いた戦友だ。月日よりも濃い日々の中、ガリアンはここまでファティヒが感情を露わにするところを初めて見た。
「——ふう、失敬。らしくないところを見せましたな」
儀式めいたその作業が終わりすっかりとガリアンが身綺麗になったころ、ファティヒの様子はいつも通りだった。一瞬上った血の気で顔が真っ赤になっていることだけが、その怒りの残滓となって残っていた。
「で、何でしたっけ?何をしにきたか、でしたか?」
「あ、ああ。そうだ、今更来たって払うもんなんてねえぜ」
「そうですか、ならまァ、タダで構いませんよ」
「————は?」
(
腰に佩いていた剣が折れていなければ斬っている。そう確信するほどにそれは黒樽商会、《皮剥》のファティヒが発する言葉としてあり得ないものだった。
「な、は、おま、本当にファティヒか?気でもおかしくなったのか?」
あまりの衝撃に悪ぶった演技をしていたことも忘れて素で尋ねるガリアン。
「ま、いいじゃァありませんか。若様だっていつものように碌に道具を持たずに飛び出したんでしょう?色々持ってきたんで使ってくだせェよ」
「————今ならまだ間に合う。早く帰れ」
事ここに至ってガリアンは演技を辞めた。そもそも海千山千の商人に付け焼き刃の演技が通じるわけがないことは分かっていた。それでも単身向かってしまえば、この商人たちはわざわざ死地にまでは来まいと踏んでそうしたのだ。
別れの時にも直接顔を合わせはしなかった。どうせいつものように言いくるめられたり、顔色から心中を看破されたり、いつの間にか旅程を抑えられて止められることが分かっていたからだ。
「嫌ですなァ、若様。あなたが手紙を送ってきたんじゃァありませんか。『後ろ暗い金の亡者などとは縁を切る。どこぞで俺の活躍を羨みながら野垂れ死ね』とね」
「そうだ、俺が送った。なんでそんなヤツを助けに来る」
「縁を切ったのならわたしらがどこで何しようが勝手でしょう」
「いいや、訳を話せよ。逆恨みで背中でも刺されちゃかなわねえ」
するわけがない、彼らがそんな下らないことを。ただガリアンは本心から不思議だった。彼らの信頼を裏切ったのだ。ファティヒは口酸っぱく言っていた。『カネで買えないものは売り渡してはいけない』と。信頼とは、まさにカネでは買えない尊いものであるはずだった。
「借りがあります」
間髪入れずにファティヒが言う。その透明な眼差しもまた、ガリアンが初めて見るものだ。
「何の借りだ」
「若様が囚われていたそのときに、助けさせていただいた借りですよ。忘れました?」
「あんなもん、無効だ。お前だって笑ってたろ、ガキの下手クソな啖呵だよ」
「いいえ、有効ですよ。あの啖呵のおかげで、わたしらは悪魔の王にまで喧嘩を売ることになったんですからね」
「だから——だからもう着いてこなくてもいいだろうが」
「さてはて、いいかどうかはわたしらが決めること」
「なんで分からない……死ぬかもしれないんだぞ!」
「わたしァ何も言わないことにしました。言いたいことはどうせ他の誰かが言うでしょうからね」
「…………他?」
「まさか、わたしら黒樽商会だけが来るとでも?泉の聖騎士団と帯同で来たんですよ」
「————なんッ」
何だと、と言うつもりの言葉は声にならず、ガリアンは水平に吹っ飛んだ。
「殺す」
剣である。大剣と呼ぶべき巨大なそれがまるでナイフでも投げるようにガリアンの土手っ腹に突き刺さる。
「貴様をきっと殺すぞ、ガリアン」
銀鎧を身に纏った騎士が、がしゃりがしゃりと音を立てながら歩いてくる。
「〝ふかきいづみにあおぎまつる〟——」
「〝ゑやみのわざわひをはらひたまいしりぞけたひ〟——『
しゃん、と涼やかに音が鳴る。それは邪なるものを祓う剣。清める剣。幸なるものを守り導く剣。それが今——。
「死ね、下郎」
純然たる殺意によって振るわれる。
ガリアンの土手っ腹に突き刺さっていた剣がひとりでに抜かれ、宙に浮き上がる。新緑の光に包まれたそれはまるで透明な巨人が振るっているかのように弧を描きながらガリアン目掛けて飛んでくる。当然腹を刺された程度では死ぬこともない英雄は臓腑を溢しながらそれを避ける。
剣圧だけで背後の木々が薙ぎ倒されるのを感じながら、ガリアンは折れた剣でそれをいなす。防ぎきれない鎌鼬のような風が頬を裂いては逆再生のように癒されていく。常人であれば致命傷の腹部の傷もゆっくりと、しかし異常なスピードで治癒していく。
「あァ、剣の替えを先に渡した方が良かったかもしれませんなァ」
という剣呑なのだか呑気なのだかわからないファティヒの声が突如始まった戦場に空虚に響いた。
「おい、サティア!何しやがる!!」
「馴れ馴れしく名を呼ぶなこの外道が!!我が氏族と泉の聖騎士団の名にかけて、貴様だけは許してはおけん!!」
「団長に続けェエエ!!!!」
「あいつを殺せ!!!」
「団長を誑かした下衆に死を!!!」
「あーあァー、砂エルフの生娘なんぞを惚れさせて捨てりゃこうなるなんて分かりきったことだろうに……ま、責任ッてやつを取るんですな、若様」
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