穢れた祈りの聖女 ~偽りの救世主と蔑まれた私が、滅びゆく王国で唯一真実の奇跡を紡ぐ~   作:うどん小町

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第1章:偽りの聖女と監視の騎士
第1話「静寂と視線」


 ひやりとした石の床に膝をつき、エリアーナは静かに目を閉じた。

 

 ここは、壮麗な聖光教会本部神殿の、そのまた隅にある古い礼拝堂。

 かつては使われていたのかもしれないけれど、今は訪れる者もほとんどいない、忘れられた場所。

 そして、今のわたくしの居場所。

 

(今日も、祈りを……)

 

 組んだ指先に力を込める。

 わたくしにできることは、これだけだから。

 たとえ、この祈りが「穢れている」のだとしても。

 たとえ、誰も望んでいなくても。

 

(わたくしは、聖女……のはず、だから……)

 

 自嘲めいた思いが胸をよぎる。

 聖女。

 神の奇跡を代行し、人々を災厄から救う存在。

 でも、わたくしの起こす奇跡は、光り輝く癒やしでも、豊かな恵みでもない。

 痛みや、代償や、時には……もっと悪い何かを伴う。

 

 だから、わたくしは「偽りの聖女」。

 教会の人たちも、街の人たちも、そう呼ぶ。

 

(……分かっています。わたくしだって、本当は……)

 

 本当は、皆が望むような、きらきらした奇跡を起こしたかった。

 お父様や、お母様が生きていた頃に聞いた、物語に出てくる聖女様のように。

 

 でも、わたくしにできるのは、この「穢れた祈り」だけ。

 

(それでも……)

 

 祈らなくては。

 王国は、今も原因不明の災厄に蝕まれているのだから。

 わたくしの力が偽りだとしても、万に一つ、億に一つでも、何かの役に立てるのなら……。

 

 祈りに集中しようとした、その時だった。

 

 コツ、コツ、と硬い靴音が礼拝堂に響いた。

 複数人の足音。規則正しい、訓練された者の歩き方。

 

 びくりと肩が震えるのを、エリアーナは懸命に抑えた。

 また、何か言われるのだろうか。

 あるいは、無視されるだけだろうか。

 

「……偽物め」

「祈るだけ無駄であろうに」

 

 囁き声が、冷たい視線と共に背中に突き刺さる。

 神官服を着た、若い神官たちの声だ。

 彼らはエリアーナを一瞥すると、興味なさそうに、あるいは侮蔑するように鼻を鳴らして通り過ぎていく。

 

 いつものこと。

 慣れてしまった、と言えば嘘になるけれど。

 それでも、胸の奥が小さく軋む。

 

(わたくしは……)

 

 俯きかけた時、先ほどの神官たちとは違う、重く、そして迷いのない足音が近づいてきた。

 一人分。

 エリアーナのすぐ近くで、その足音は止まった。

 

「……聖女エリアーナ様、とお見受けいたします」

 

 低く、落ち着いた男性の声。

 驚いて顔を上げると、そこには一人の騎士が立っていた。

 焦げ茶色の短髪に、実直そうな鳶色の瞳。

 華美ではないけれど、よく手入れされた騎士の装いが、鍛えられた体躯を包んでいる。

 年は……二十代前半くらいだろうか。

 

(この方が……今日から来られるという、騎士様……?)

 

 新しい監視役。

 そう思うと、自然と身が縮こまる。

 

 騎士はエリアーナの前に片膝をつくと、騎士の礼を取った。

 

「本日より、聖女様の護衛、並びに身の回りのお世話を拝命いたしました、カイウス・ランスターと申します」

 

 カイウス、と名乗った騎士は、顔を上げてエリアーナを真っ直ぐに見つめた。

 その瞳には、侮蔑も、同情も、過剰な敬意もない。

 ただ、静かに観察するような、強い光があった。

 

(護衛、と……監視、でしょう?)

 

 内心で毒づいたけれど、声には出せなかった。

 エリアーナは慌てて立ち上がると、スカートの裾を軽く持ち上げて礼を返した。

 

「……えっと、わたくしがエリアーナ、です。その……よろしく、お願いします……?」

 

 語尾が疑問形になってしまう。

 自信のなさが、こんなところにも表れてしまう。

 

 カイウスは立ち上がると、エリアーナの返礼に軽く頷いた。

 

「は。以後、お見知りおきを。何かお困りのことや、ご入用のものがございましたら、遠慮なく私にお申し付けください」

 

 丁寧な言葉遣い。

 でも、どこか事務的な響きも感じる。

 この人も、きっとわたくしのことを「偽りの聖女」だと思っているのだろう。

 

(……そうよね。期待なんて、してはいけない)

 

 エリアーナは再び俯きそうになるのを堪え、カイウスの目を恐る恐る見上げた。

 

「……あの、カイウス様は、これからずっと、ここに?」

 

「はい。基本的には、聖女様のお側を離れぬよう、申し付かっております」

 

 やはり、監視だ。

 これから、この騎士様の視線にずっと晒されることになるのだろうか。

 

 そう思うと、息が詰まるような心地がした。

 カイウスの静かな鳶色の瞳が、今はただ、恐ろしかった。

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