穢れた祈りの聖女 ~偽りの救世主と蔑まれた私が、滅びゆく王国で唯一真実の奇跡を紡ぐ~   作:うどん小町

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第10話「監視下の庭園」

 扉越しに続く沈黙に、エリアーナは意を決した。

 この騎士の真意は分からない。けれど、このまま部屋に閉じこもっていても、何も変わらない気がした。

 

「……少しだけ、なら。お願いします、カイウス様」

 

 震えそうな声を抑え、エリアーナは答えた。

 扉の向こうで、カイウスが微かに息を吐く気配がした。

 

「承知いたしました。では、聖女様、簡単な支度をどうぞ。私はここで待っております」

 

 その声は、やはり感情を抑えたものだった。

 エリアーナは返事をする代わりに、部屋の中に目を向けた。

 支度といっても、何があるわけでもない。

 いつも羽織っている、少し古びた生成り色のショールを手に取り、肩にかける。

 それだけで、外出の準備は終わりだった。

 

 深呼吸を一つして、エリアーナは私室の扉を開けた。

 扉の外には、カイウスが壁に背を預けることなく、真っ直ぐに立って待っていた。

 

「準備はよろしいですかな」

「……はい」

 

 二人は無言で歩き出した。

 エリアーナが半歩前を、カイウスがその後ろを。

 まるで、囚人と看守のような構図に、エリアーナは自嘲したくなった。

 

 神殿の廊下は、相変わらず冷たく静かだった。

 けれど、時折すれ違う神官や修道女たちの視線は、決して静かではなかった。

 好奇の色、侮蔑の色、あるいは無関心を装った観察の視線。

 その全てが、エリアーナの肌をちくちくと刺す。

 

(見られている……)

 

 俯き、足元だけを見て歩く。

 それが、エリアーナが身につけてしまった処世術だった。

 

 ふと、すぐ後ろを歩くカイウスが、エリアーナの右隣に並ぶように歩調を変えたことに気づいた。

 気のせいだろうか。

 彼の存在が、右側からの視線を遮る壁のように感じられたのは。

 エリアーナはちらりとカイウスの横顔を盗み見たが、彼は前を見据えたまま、表情を変えてはいなかった。

 

(……考えすぎ、よね)

 

 きっと偶然だ。

 そう思い込もうとした。

 

 やがて、廊下の突き当たりにある扉を抜けると、ふわりと柔らかな外の空気がエリアーナの頬を撫でた。

 目の前には、神殿の中庭が広がっていた。

 

「わ……」

 

 思わず、小さな声が漏れた。

 庭園は、貴族の屋敷にあるような華美なものではないけれど、きちんと手入れは行き届いていた。

 色とりどりの季節の花が咲き、中央には小さな噴水が静かに水を湛えている。

 訪れる者は少ないのか、どこか寂しげな雰囲気も漂ってはいたけれど、それでも陽光の下で草木が輝いている様は、エリアーナの心をわずかに軽くした。

 

「……綺麗……」

 

 久しぶりに見る緑と、花の色彩。

 そして、部屋の中とは違う、土と草の匂いを含んだ風。

 ずっと忘れていた感覚が、ゆっくりと蘇ってくるようだった。

 

 エリアーナは知らず知らずのうちに、強張っていた表情を少しだけ和らげていた。

 

 その変化を、カイウスは見逃さなかった。

 彼はエリアーナから一瞬も目を離さず、周囲への警戒も怠らない。

 

(表情が和らいだ……か。やはり、外の空気は影響を与えるらしい)

 

 それが単なる気分の変化なのか、それとも彼女の持つ力に関係するものなのか。

 カイウスは判断を下さず、ただ事実として記憶に留めた。

 

「参りましょうか、聖女様」

 

 カイウスは静かに促した。

 監視下の、短い散策が始まる。

 この庭園で、何が見つかるのだろうか。

 カイウスは、静かに観察を続けた。

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