穢れた祈りの聖女 ~偽りの救世主と蔑まれた私が、滅びゆく王国で唯一真実の奇跡を紡ぐ~ 作:うどん小町
扉越しに続く沈黙に、エリアーナは意を決した。
この騎士の真意は分からない。けれど、このまま部屋に閉じこもっていても、何も変わらない気がした。
「……少しだけ、なら。お願いします、カイウス様」
震えそうな声を抑え、エリアーナは答えた。
扉の向こうで、カイウスが微かに息を吐く気配がした。
「承知いたしました。では、聖女様、簡単な支度をどうぞ。私はここで待っております」
その声は、やはり感情を抑えたものだった。
エリアーナは返事をする代わりに、部屋の中に目を向けた。
支度といっても、何があるわけでもない。
いつも羽織っている、少し古びた生成り色のショールを手に取り、肩にかける。
それだけで、外出の準備は終わりだった。
深呼吸を一つして、エリアーナは私室の扉を開けた。
扉の外には、カイウスが壁に背を預けることなく、真っ直ぐに立って待っていた。
「準備はよろしいですかな」
「……はい」
二人は無言で歩き出した。
エリアーナが半歩前を、カイウスがその後ろを。
まるで、囚人と看守のような構図に、エリアーナは自嘲したくなった。
神殿の廊下は、相変わらず冷たく静かだった。
けれど、時折すれ違う神官や修道女たちの視線は、決して静かではなかった。
好奇の色、侮蔑の色、あるいは無関心を装った観察の視線。
その全てが、エリアーナの肌をちくちくと刺す。
(見られている……)
俯き、足元だけを見て歩く。
それが、エリアーナが身につけてしまった処世術だった。
ふと、すぐ後ろを歩くカイウスが、エリアーナの右隣に並ぶように歩調を変えたことに気づいた。
気のせいだろうか。
彼の存在が、右側からの視線を遮る壁のように感じられたのは。
エリアーナはちらりとカイウスの横顔を盗み見たが、彼は前を見据えたまま、表情を変えてはいなかった。
(……考えすぎ、よね)
きっと偶然だ。
そう思い込もうとした。
やがて、廊下の突き当たりにある扉を抜けると、ふわりと柔らかな外の空気がエリアーナの頬を撫でた。
目の前には、神殿の中庭が広がっていた。
「わ……」
思わず、小さな声が漏れた。
庭園は、貴族の屋敷にあるような華美なものではないけれど、きちんと手入れは行き届いていた。
色とりどりの季節の花が咲き、中央には小さな噴水が静かに水を湛えている。
訪れる者は少ないのか、どこか寂しげな雰囲気も漂ってはいたけれど、それでも陽光の下で草木が輝いている様は、エリアーナの心をわずかに軽くした。
「……綺麗……」
久しぶりに見る緑と、花の色彩。
そして、部屋の中とは違う、土と草の匂いを含んだ風。
ずっと忘れていた感覚が、ゆっくりと蘇ってくるようだった。
エリアーナは知らず知らずのうちに、強張っていた表情を少しだけ和らげていた。
その変化を、カイウスは見逃さなかった。
彼はエリアーナから一瞬も目を離さず、周囲への警戒も怠らない。
(表情が和らいだ……か。やはり、外の空気は影響を与えるらしい)
それが単なる気分の変化なのか、それとも彼女の持つ力に関係するものなのか。
カイウスは判断を下さず、ただ事実として記憶に留めた。
「参りましょうか、聖女様」
カイウスは静かに促した。
監視下の、短い散策が始まる。
この庭園で、何が見つかるのだろうか。
カイウスは、静かに観察を続けた。