穢れた祈りの聖女 ~偽りの救世主と蔑まれた私が、滅びゆく王国で唯一真実の奇跡を紡ぐ~   作:うどん小町

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第11話「触れられない花」

 神殿の中庭は、静かだった。

 時折、遠くで鐘の音が響く以外は、鳥の声と風が葉を揺らす音だけが聞こえる。

 エリアーナはゆっくりと小道を歩きながら、久しぶりに感じる陽光の暖かさと、花の甘い香りを胸いっぱいに吸い込んだ。

 

(少しだけ……気分がいいかもしれない……)

 

 ずっと張り詰めていた心が、ほんの少しだけ解けるような感覚。

 けれど、すぐ後ろを歩くカイウスの存在が、完全に気を緩めることを許してはくれなかった。

 彼は何も言わないけれど、その視線は常にエリアーナに向けられている。

 

「……庭園に来られるのは、お久しぶりですか?」

 

 不意に、カイウスが口を開いた。

 当たり障りのない、世間話のような問いかけ。

 

 エリアーナは少し驚いて、カイウスの方を振り返らずに答えた。

 

「……はい。しばらく、ぶりです」

 

 最後にここに来たのは、いつだったか思い出せないくらいだ。

 「偽りの聖女」と呼ばれるようになってからは、人目を避けるように部屋と礼拝堂の往復ばかりだったから。

 

「そうですか」

 

 カイウスは短く相槌を打つと、また静かになった。

 だが、エリアーナは彼の視線が自分から外れていないことを感じていた。

 

(何かを探っている……わたくしの反応を、見ているのね)

 

 警戒心を再び強くする。

 彼の言葉には、きっと裏がある。

 

 しばらく歩くと、白い大輪の花が目に留まった。

 清らかな白百合だ。

 陽光を浴びて、気高く咲き誇っている。

 

「……綺麗……」

 

 思わず、声が漏れた。

 その凛とした美しさに、エリアーナはしばし心を奪われた。

 白い花弁に、そっと触れてみたい衝動に駆られる。

 エリアーナは無意識のうちに、白い花へと手を伸ばしかけていた。

 

 しかし、指先が花弁に触れる寸前で、ハッと我に返った。

 

(だめ……!)

 

 もし、わたくしが触れたせいで、この美しい花が穢れてしまったら?

 色褪せ、萎れ、枯れてしまったら?

 わたくしの力は、「穢れた祈り」なのだから。

 

 エリアーナは慌てて手を引っ込めた。

 その瞬間を、カイウスが見逃すはずはなかった。

 

(……花に触れようとして、やめた?)

 

 カイウスはエリアーナの不自然な動きを注意深く観察していた。

 なぜ、触れるのをためらったのか?

 

(棘があるわけでもない。……ああ、そうか)

 

 カイウスの中で、一つの仮説が形になった。

 

(彼女は、自分の力でこの花を傷つける、あるいは穢してしまうと恐れているのだ。それほどまでに、自身の力を負のものと認識している……)

 

 カイウスはエリアーナに気づかれないように、その観察結果を記憶に刻みつけた。

 これは重要な情報だ。彼女の自己認識と、力の性質を理解する上で。

 

 エリアーナは、自分の動揺を悟られまいと、再び俯いて歩き出した。

 カイウスが自分の仕草を見ていたことには、気づいている。

 

「……何か、お好きな花などはございますか?」

 

 カイウスが、先ほどのエリアーナの反応には気づかないふりをして、再び尋ねた。

 

 エリアーナは首を横に振った。

 

「……特に、ありません」

 

 そう答える声は、少しだけ沈んでいた。

 好きな花があったとしても、きっと触れることはできないのだから。

 

 それきり、二人の間の会話は途切れた。

 庭園には、美しい花々が静かに咲き誇っている。

 けれど、エリアーナとカイウスの間には、ぎこちなく、触れられない壁のような沈黙が漂っていた。

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