穢れた祈りの聖女 ~偽りの救世主と蔑まれた私が、滅びゆく王国で唯一真実の奇跡を紡ぐ~ 作:うどん小町
庭園に漂うぎこちない沈黙は、どちらからともなく破られることはなかった。
エリアーナは俯き加減に足元の小石を見つめ、カイウスは静かに周囲の気配を探っている。
美しい庭園のはずなのに、今はただ、居心地の悪い場所にしか感じられなかった。
カイウスは、エリアーナの様子を観察していた。
先ほど見せた僅かな表情の和らぎは消え、再び影が差している。
これ以上ここにいても、彼女の消耗を増やすだけかもしれない。
そして、今の彼女の状態から新たな情報を引き出すのも難しいだろう。
「聖女様」
カイウスは静かに声をかけた。
「そろそろお部屋へ戻りましょうか。あまり長く外におられるのも、お身体に障ります」
その言葉に、エリアーナはびくりと肩を揺らして顔を上げた。
その表情は、安堵したようにも、少しだけ残念そうにも見えた。
複雑な感情が、その空色の瞳の中で揺らめいている。
「……はい。そう、ですね」
エリアーナは小さな声で答え、頷いた。
二人は再び無言で歩き出した。
来た時と同じように、エリアーナが前、カイウスが後ろ。
神殿の廊下に戻ると、やはり冷たい視線がいくつも向けられたが、エリアーナはもうそれに反応する気力も残っていないようだった。
やがて、古びた私室の扉の前に着く。
カイウスは扉を開け、エリアーナが中に入るのを待った。
「何かあればお呼びください。私は外におりますので」
カイウスはそう告げると、エリアーナが返事をする前に静かに扉を閉めた。
パタン、という軽い音が響き、エリアーナはようやく一人になった。
ふぅ、と長い息を吐き出すと、そのままベッドに倒れ込む。
(戻ってきてしまった……)
短い散策だった。
ほんの少しだけ、外の空気に触れて、心が軽くなった瞬間もあった。
けれど、すぐに現実に引き戻された。
花にさえ触れることのできない、自分の力の忌々しさ。
そして、あの騎士――カイウス様の、底の見えない瞳。
(あの人は、やっぱりただの監視役じゃない……)
わたくしの力のことも、きっと何か気づいている。
これから、どうなってしまうのだろう。
不安と疲労が、エリアーナの意識を再び重く沈ませていった。
*
扉の外で、カイウスは今日の観察結果を頭の中で整理していた。
(祈りの際の異常現象、顕著な消耗、そして自身の力への強い恐怖と穢れの認識……)
得られた情報は少なくない。
だが、核心には程遠い。
なぜ彼女の祈りは「穢れている」のか。その力の正体は?
なぜ教会は彼女を放置しているのか?
(このまま監視を続けるだけでは、何も解明できん)
カイウスは結論付けた。
侍女から話が聞けなかった以上、別の情報源に当たる必要がある。
(エルダー司祭……古代文献に詳しいという、あの老司祭か)
彼ならば、何か知っているかもしれない。
あるいは、少なくとも、エリアーナの力の異質性について、何らかの見解を持っている可能性がある。
カイウスは決意を固めた。
この「偽りの聖女」を取り巻く謎と、神殿が隠しているであろう真実を、自らの手で探り出す必要がある、と。
それは騎士としての任務を超えた行為になるかもしれない。
だが、カイウスの直感が、そして心の奥底で芽生え始めた何かが、それを求めていた。
監視の目は、より深く、鋭く。
そして、その目的もまた、少しずつ変化し始めていた。
偽りの聖女と監視の騎士。
二人の物語は、まだ始まったばかりだった。