穢れた祈りの聖女 ~偽りの救世主と蔑まれた私が、滅びゆく王国で唯一真実の奇跡を紡ぐ~ 作:うどん小町
第1話「監視下の日常と異変の報せ」
あの日、庭園での短い散策から数日が過ぎた。
エリアーナの生活に、大きな変化はなかった。
朝、目が覚めれば、扉の外にはカイウスがいる。
祈りの時間になれば、彼を伴って旧礼拝堂へ行く。
食事は質素なものが運ばれてきて、カイウスの監視の下でとる。
午後は書物を読み、また祈る。そして夜が来る。
まるで、決められた軌道を巡る星のように、単調で、変化のない毎日。
(この生活にも、少し慣れてしまったのかもしれないわ……)
朝の光が差し込む部屋で、エリアーナは小さくため息をついた。
諦め、という方が正しいのかもしれない。
あの騎士――カイウス・ランスターは、決してエリアーナの前からいなくはならないのだ、と。
体調は、あの日よりは少しだけ良かった。
祈りの後の消耗が全くなくなったわけではないけれど、意識を失いかけるほどのことは、ここ数日は起きていない。
力が安定したのか、それとも身体が慣れたのか、あるいは……エリアーナ自身が、無意識のうちに力をセーブするようになったのか。
「……時間ね」
エリアーナは立ち上がり、朝の祈りのために旧礼拝堂へ向かった。
扉を開けると、予想通り、カイウスが壁に背を預けて立っていた。
目が合うと、彼は無言で頷き、エリアーナの後ろについた。
もう、お互いに言葉を交わす必要も感じなくなっていた。
旧礼拝堂での祈り。
エリアーナはできる限り意識を集中させた。
けれど、どこかでカイウスの視線を感じてしまう。
祈りが深まると、やはりわずかな空気の変化と、自身の苦悶があった。
だが、あの日ほどではない。
(……今朝も、特に変化はなしか)
祈りを終えたエリアーナの後ろ姿を見送りながら、カイウスは内心で呟いた。
彼は毎日、エリアーナの祈りを観察し続けている。
先日確認した異常現象――光の揺らぎ、温度変化、そして彼女の消耗――について、事実のみを記した報告書は既に提出済みだ。
相手は、神殿騎士団時代の直属の上官。大神官ゼノンの息がかかっていない、数少ない信頼できる人物だった。
だが、まだ何の反応もない。検討中なのか、それとも……。
(エルダー司祭にも接触したいのだが……)
あの老司祭ならば、この異常な祈りについて何か知っているかもしれない。
だが、迂闊に動けばゼノンに嗅ぎつけられる恐れもある。
機会を慎重に窺う必要があった。
祈りを終え、エリアーナと共に私室へ戻る。
相変わらず、廊下ですれ違う者たちの視線は冷たい。
だが、カイウスはもうそれに苛立ちを覚えることもなくなっていた。
これが、この聖女の置かれた現実なのだ。
私室の扉の前まで来た、その時だった。
廊下の向こうから、慌ただしい足音が近づいてきた。
神殿騎士団の制服を着た、若い兵士だ。
息を切らして、カイウスの前に駆け寄ると、敬礼もそこそこに叫んだ。
「カイウス騎士! 緊急の報せです!」
「何事だ、落ち着いて話せ」
カイウスは冷静に促した。
兵士はぜいぜいと息を整えながら、必死の形相で報告した。
「はっ! 王都の下町にて、魔物が出現! 数は不明ですが、既に住民に被害が出ている模様です! 騎士団は現在、出動準備中ですが、手が足りておらず……!」
「なに……!? 下町に魔物がだと……!?」
カイウスの表情が、初めて険しくなった。
王都の、しかも人々が多く住む下町に魔物が出現するなど、通常では考えられない事態だった。
災厄が、確実に進行している証拠だ。
隣にいたエリアーナも、その報せに息を呑み、青ざめているのが分かった。
監視下の静かな日常は、突然の凶報によって破られようとしていた。