穢れた祈りの聖女 ~偽りの救世主と蔑まれた私が、滅びゆく王国で唯一真実の奇跡を紡ぐ~   作:うどん小町

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第2話「騎士の決断、聖女の意志」

「下町に魔物だと!? 種類は? 数は? 被害状況はどの程度だ!」

 

 カイウスは伝令兵に矢継ぎ早に問いかけた。

 その声には、隠しきれない焦りと騎士としての鋭さが滲んでいた。

 

「はっ! 詳細はまだ不明ですが、複数種が同時に出現したとの報告が! ゴブリンや大型の蜘蛛のようなものもいるとか……既に数名の負傷者が出ており、家屋への被害も……騎士団は総出で対応にあたっておりますが、いかんせん数が足りません!」

 

 伝令兵の報告に、カイウスは顔を顰めた。

 状況はカイウスの想像以上に悪いようだ。

 王都の城壁内で、これほどの規模の魔物騒ぎが起こること自体が異常だった。

 

(行かねばならん……!)

 

 騎士としての本能が叫んでいた。

 人々が危険に晒されている。一刻も早く現場へ駆けつけ、剣を振るわねばならない。

 

 だが――。

 

(俺の任務は……聖女様の護衛だ)

 

 ちらりと隣のエリアーナに視線を送る。

 彼女は青ざめた顔で、唇をきつく結んでいた。

 このか弱く、そして教会から危険視されてもいる聖女を、一人この場に残していくわけにはいかない。

 それが、与えられた任務であり、責任のはずだ。

 

(だが、民を見捨てるのか? 騎士として、それは……)

 

 葛藤がカイウスの胸を締め付ける。

 任務か、使命か。

 どちらを選ぶべきか、即座に判断ができなかった。

 

 その、カイウスの迷いを見て取ったのだろう。

 不意に、エリアーナが静かな、しかし凛とした声で言った。

 

「カイウス様」

 

 カイウスは驚いてエリアーナを見た。

 彼女は真っ直ぐにカイウスの瞳を見つめ返していた。

 その空色の瞳には、いつものような怯えや不安の色はなく、強い意志の光が宿っていた。

 

「行ってください」

 

「……聖女様?」

 

 カイウスだけでなく、伝令兵も驚きの声を上げた。

 この状況で、護衛騎士に出て行けと言うのか、と。

 

 しかし、エリアーナは怯まなかった。

 

「わたくしは、ここにいます。この部屋から一歩も出ません。ですから、大丈夫です」

 

 彼女は小さな拳をきゅっと握りしめた。

 

「今は、一人でも多くの人を助けることが優先です。……お願いします、カイウス様」

 

 その言葉と、瞳の力強さに、カイウスは心を揺さぶられた。

 『偽りの聖女』と呼ばれ、蔑まれてきた少女が、自分のことよりも、見知らぬ下町の人々の身を案じている。

 そして、護衛である自分を、人々のために送り出そうとしている。

 

(この方は……)

 

 カイウスの中の迷いが、霧が晴れるように消えていった。

 任務も重要だ。だが、今、目の前にある危機から目を背けることはできない。

 そして、この聖女の意志に応えたい、と強く思った。

 

「……分かった」

 

 カイウスは力強く頷くと、伝令兵に向き直った。

 

「すぐに向かう! 状況は? 一番近い応援要請地点はどこだ! 先導しろ!」

「は、はいっ! こちらへ!」

 

 伝令兵は安堵の表情を浮かべ、カイウスを促した。

 カイウスは最後にもう一度、エリアーナに向き直った。

 

「聖女様。必ず、戻ります。それまで、何があっても決してここを動かないでください。いいね?」

 

 その声には、有無を言わせぬ強い響きがあった。

 エリアーナはこくりと頷いた。

 

 カイウスはエリアーナの返事を確認すると、踵を返し、伝令兵と共に足早に廊下を駆け去っていった。

 その姿が見えなくなるまで見送った後、エリアーナは一人、その場に残された。

 

(……行って、くださった)

 

 安堵の息が漏れる。

 これで、少しは助かる人が増えるかもしれない。

 

 けれど、同時に、どうしようもない無力感がエリアーナの胸を締め付けた。

 

(わたくしは、結局、ここで祈ることしかできない……)

 

 下町の人々の無事を、カイウス様の無事を、ただ祈ることしか。

 もし、わたくしの祈りが、本当に人々の役に立つ力を持っていたなら。

 『穢れた祈り』ではなく、真の奇跡を起こせたなら。

 

 エリアーナは、ぎゅっと目を閉じた。

 窓の外から聞こえてくる喧騒が、まるで自分の無力さを責めているように感じられた。

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