穢れた祈りの聖女 ~偽りの救世主と蔑まれた私が、滅びゆく王国で唯一真実の奇跡を紡ぐ~   作:うどん小町

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第3話「届かぬ祈りと異変の影」

 カイウス様の足音が遠ざかり、完全に聞こえなくなると、エリアーナの部屋にはしんとした静寂だけが残された。

 窓の外からは、遠く下町の方角から微かな喧騒が聞こえてくるような気もするが、定かではない。

 

(……わたくしに、できることは)

 

 エリアーナは窓際に歩み寄り、下町があるであろう方角をじっと見つめた。

 胸が不安で締め付けられる。

 人々は無事だろうか。カイウス様は危険な目に遭っていないだろうか。

 

 いてもたってもいられず、エリアーナは部屋の中央に戻ると、静かに床に膝をついた。

 祈るしかない。

 今のわたくしにできることは、それだけなのだから。

 

(どうか……下町の人々をお守りください……そして、カイウス様も……)

 

 目を閉じ、両手を胸の前で固く組む。

 けれど、祈りの言葉を紡ごうとすると、黒い疑念が心を蝕む。

 

(本当に、この祈りは届いているの……?)

 

 『偽りの聖女』の『穢れた祈り』。

 癒やしではなく苦痛を伴い、光ではなく影を思わせる奇跡。

 こんな祈りが、本当に人々の助けになるのだろうか。

 むしろ、気づかないうちに、災厄を悪化させているのではないだろうか。

 

(怖い……)

 

 自分の力が、怖い。

 けれど、祈らないでいることも、もっと怖い。

 何もできない自分が、許せない。

 

 エリアーナは迷いを振り払うように、さらに強く祈りに意識を集中させた。

 身体の奥から、あの重く、冷たい感覚が湧き上がってくる。

 いつもの、祈りの代償。

 

 しかし――今日は、何かが違った。

 

(……!?)

 

 いつもの身体的な負担とは別に、ぞわりと肌を粟立たせるような、嫌な感覚が空気に混じり始めた。

 部屋の空気が、重く、粘りつくように淀んでいく。

 まるで、沼の底に引きずり込まれるような、不快な圧迫感。

 

(なに……? これ……?)

 

 心臓がどきりと跳ねる。

 これは、いつもの力の反動ではない。

 もっと……外部から来るような、悪意に満ちた気配。

 遠くから、何かが、この部屋にいるわたくしに向かって手を伸ばしてくるような……。

 

「……っ!」

 

 エリアーナは思わず祈りを中断し、目を見開いた。

 全身から冷や汗が噴き出す。

 胸騒ぎが止まらない。

 

 慌てて窓際に駆け寄り、外の様子を窺う。

 空は依然として青く、雲がゆっくりと流れている。

 神殿の庭園も、先ほどと変わらない静かな風景が広がっているだけだ。

 

(気のせい……? いいえ、そんなはずは……)

 

 けれど、耳を澄ますと、風に乗って、遠くから微かな音が聞こえてくる気がした。

 人々の悲鳴のような、怒号のような……あるいは、もっと別の、おぞましい何かの声のような……。

 

(下町の方角……!)

 

 やはり、何か良くないことが起きているのだ。

 それも、ただ魔物が出たというだけではない、もっと深刻な何かが。

 

(どうしよう……)

 

 エリアーナは窓枠を強く握りしめた。

 カイウス様がいない。

 頼れる人は、誰もいない。

 わたくし一人では、何もできない。

 

 圧倒的な無力感と、正体不明の脅威への恐怖。

 エリアーナは、ただ立ち尽くすことしかできなかった。

 部屋の中に満ちる不穏な気配は、まだ消えてはいなかった。

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