穢れた祈りの聖女 ~偽りの救世主と蔑まれた私が、滅びゆく王国で唯一真実の奇跡を紡ぐ~   作:うどん小町

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第4話「決意の扉」

 部屋の中は静かだった。

 けれど、エリアーナの心の中は、嵐のように荒れていた。

 窓の外から聞こえてくるような気がする遠い喧騒。

 先ほど感じた、肌を刺すような不穏な気配。

 そして、何もできずにただここにいる自分への、どうしようもない無力感。

 

(このままじゃだめ……)

 

 カイウス様の「ここを動かないでください」という言葉が、頭の中で繰り返される。

 彼の真意は分からないけれど、わたくしの安全を思ってのことかもしれない。

 けれど。

 

(カイウス様だって、人々を助けるために行ったんだわ。わたくしだけが、こうして安全な場所にいていいはずがない……!)

 

 それに、あの嫌な感じ。

 祈りの最中に感じた、いつもの力の代償とは違う、異質な気配。

 あれは、一体何だったのだろう?

 

(もしかしたら……わたくしの力が、何か関係している……?)

 

 『穢れた祈り』。

 そう呼ばれ、自分でもそう信じてきた力。

 けれど、本当にただの穢れなのだろうか?

 あの不穏な気配に反応したのだとしたら……もしかしたら、この力は……。

 

(分からない……でも、だからこそ!)

 

 エリアーナはベッドから勢いよく立ち上がった。

 迷いはもうなかった。

 

(確かめなければ。自分の目で)

 

 じっとしているだけでは、何も分からない。

 何も変わらない。

 カイウス様に言いつけを破ることは申し訳ないけれど、それでも、行かなければならない気がした。

 

(もしかしたら、ほんの少しでも、わたくしに出来ることがあるかもしれないから……!)

 

 エリアーナは震える手で、私室の扉に手をかけた。

 耳を澄ませ、廊下に人の気配がないことを確認する。

 幸い、今は誰もいないようだった。

 

 そっと、音を立てないように、扉を開ける。

 ひやりとした廊下の空気が、エリアーナの頬を撫でた。

 

(怖い……)

 

 一人で行動することへの恐怖。

 誰かに見つかってしまうかもしれない恐怖。

 そして、自分の力が、また何か良くないことを引き起こしてしまうかもしれない恐怖。

 それでも、エリアーナの足は、一歩、また一歩と前に進んだ。

 

 どこへ向かうべきか、明確な考えがあったわけではない。

 ただ、下町の状況が知りたい。

 そして、あの不穏な気配がした方角へ、無意識のうちに足が向いていた。

 

 カイウス様の言いつけを破った罪悪感を胸に抱きながら。

 それでも、エリアーナは、自分の意志で、初めて扉の外の世界へと踏み出したのだった。

 監視者のいない、未知の世界へ。

 

 そっと私室の扉を閉め、エリアーナは廊下に一人立った。

 心臓が、早鐘のようにドクドクと音を立てているのが分かる。

 まるで、悪いことをしている子供のような気分だった。

 いや、実際にカイウス様の言いつけを破っているのだから、悪いことをしているのかもしれない。

 

(でも、行かないと……)

 

 エリアーナは自分に言い聞かせ、周囲を素早く見回した。

 幸い、この古い礼拝堂の周辺は、普段から人通りが少ない。

 それでも油断はできない。

 

 壁伝いに、物陰を選びながら、エリアーナは慎重に歩き出した。

 どこへ行けば下町に出られるのか、正確な道順は知らない。

 いつもは決められた場所しか移動しないからだ。

 

(確か……あの嫌な感じがしたのは、こっちの方角だったはず……)

 

 確信はないけれど、先ほど祈りの最中に感じた不穏な気配が、微かに残っているような気がする方へ、エリアーナは足を向けた。

 それは、神殿の奥へと続く、普段はあまり使われていない薄暗い通路だった。

 

 ひんやりとした石の壁に沿って進む。

 自分の足音だけが、やけに大きく響くように感じられた。

 

(誰か来ないで……お願い……)

 

 角を曲がるたびに、息を殺して様子を窺う。

 心臓が喉までせり上がってくるような緊張感に、何度も立ち止まりそうになった。

 

 しばらく進むと、遠くで人の声や慌ただしい足音が聞こえてきた。

 そっと柱の影から覗くと、神殿騎士と思われる数人が、険しい顔で駆け抜けていくのが見えた。

 別の場所では、神官たちが不安そうに集まって、何かを囁き合っている。

 

(やっぱり、下町は大変なことになっているんだわ……)

 

 その光景に、エリアーナの焦りはさらに募った。

 早くしなければ。

 でも、見つかるわけにはいかない。

 

 さらに奥へと進むと、エリアーナは一つの小さな扉を見つけた。

 古びた木製の通用門のようだ。

 普段は固く閉ざされているけれど、今はわずかに隙間が開いている。

 おそらく、緊急事態のため、誰かが使った後なのだろう。

 

(ここからなら、外に出られるかもしれない……!)

 

 エリアーナは扉に駆け寄り、そっと隙間から外を覗いた。

 そこは神殿の裏手にあたる場所らしく、小さな雑木林が広がっていた。

 そして、その向こう……下町があるはずの方角の空が、気のせいか少しだけ黒ずんで見えた。

 微かに、煙が上がっているようにも見える。

 

(行かないと……!)

 

 エリアーナは意を決した。

 ぎ、と音を立てないように慎重に扉を押し開け、外へと体を滑り込ませる。

 そして、すぐに扉を閉めた。

 

 神殿の外の空気は、中のそれとは違って、ざわめきと、焦げ臭いような匂いを微かに含んでいた。

 エリアーナは、初めて一人で、聖域である神殿の敷地から、外の世界へと足を踏み出した。

 未知と、おそらくは危険が待つ世界へ。

 背徳感と、わずかな高揚感、そして大きな不安を抱えながら。

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