穢れた祈りの聖女 ~偽りの救世主と蔑まれた私が、滅びゆく王国で唯一真実の奇跡を紡ぐ~   作:うどん小町

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第5話「災厄の匂い」

 神殿の裏手に広がる雑木林は、昼間だというのに薄暗く、静まり返っていた。

 エリアーナは一人、そこに立ち尽くしていた。

 すぐ後ろには、固く閉ざされた神殿の通用門。安全な、しかし息の詰まる場所。

 そして目の前には、未知の、おそらくは危険な外の世界が広がっている。

 

(本当に、よかったのかしら……)

 

 一瞬、強い後悔がエリアーナを襲った。

 カイウス様の言いつけを破って、一人でこんなところまで来てしまった。

 今からでも戻るべきかもしれない。

 

 しかし、下町の方角から漂ってくる、あの焦げ臭い匂いが、エリアーナの足を縫い止めた。

 そして、風に乗って聞こえてくる、微かな悲鳴のような音。

 

(戻れない……戻ってはいけない)

 

 エリアーナは小さく首を横に振ると、意を決して雑木林の中へと足を踏み入れた。

 幸い、雑木林はそれほど深くなく、すぐに踏み分けられたような細い小道を見つけることができた。

 おそらく、神殿の者が時折使うのだろう。下町の方角へと続いているように見えた。

 

 エリアーナは周囲を警戒しながら、その小道を急ぎ足で進んだ。

 木の根や石に躓かないように、足元に注意を払いながら。

 進むにつれて、異変の気配はどんどん濃くなっていった。

 

 焦げ臭い匂いはより強くなり、煙の匂いも混じっているように感じられる。

 遠くの喧騒は、もはや無視できないほどの大きさになっていた。

 人々の怒鳴り声、恐怖の叫び、そして……何か硬いものが壊れるような音。

 

(酷いことになっている……)

 

 エリアーナはごくりと唾を飲み込んだ。

 恐怖で膝が震えそうになる。

 今すぐにでも踵を返して、安全な神殿へ逃げ戻りたかった。

 

 けれど、それと同時に、胸の奥で奇妙な感覚がざわめいていた。

 先ほど祈りの最中に感じた、あの不穏な気配。

 それが、この下町の方向から来ているような気がするのだ。

 まるで、何かがエリアーナを呼んでいるかのように。

 

(この感覚は……? わたくしの力が、何かを感じているの……?)

 

 分からない。

 でも、確かめなければならない。

 そんな強い衝動が、エリアーナの足を前へと動かしていた。

 

 やがて、小道は緩やかな上り坂になり、視界が開け始めた。

 木々の隙間から、下町の家々の屋根が見えてくる。

 エリアーナは足を速め、坂を駆け上がった。

 

 そして、息を切らせながらたどり着いた場所で、エリアーナは目にした光景に息を呑んだ。

 

 そこは、下町の様子がよく見える、小高い丘の上だったのかもしれない。

 眼下に広がるのは、信じられないような光景だった。

 

 黒い煙が、街のあちこちから立ち上っている。

 いくつかの家屋は半壊し、瓦礫が散乱していた。

 通りには、右往左往に逃げ惑う人々の姿が見える。

 そして……その人々を追いかけ、建物を破壊している、異形の影。

 

(魔物……!)

 

 ゴブリンのような小さな影もいれば、蜘蛛のような多足の影、さらには、見たこともないような、ぬらりとした粘液質の塊のような影も見える。

 それらが、まるで悪夢のように、平和だったはずの下町を蹂躙していた。

 

「あ……あぁ……」

 

 エリアーナの口から、か細い呻き声が漏れた。

 想像を、はるかに超えた惨状。

 これが、災厄の現実。

 

 エリアーナは、その場に立ち尽くすことしかできなかった。

 恐怖と、絶望と、そして込み上げてくる激しい怒り。

 目の前で繰り広げられる破壊と暴力に、ただ打ちのめされていた。

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