穢れた祈りの聖女 ~偽りの救世主と蔑まれた私が、滅びゆく王国で唯一真実の奇跡を紡ぐ~ 作:うどん小町
言葉を失い、ただ立ち尽くすエリアーナの耳に、下町からの悲鳴や怒号が、よりはっきりと届き始めた。
魔物の咆哮のような音も混じっている。
人々が傷つき、怯え、絶望している。
その現実が、エリアーナの胸をナイフのように抉った。
(助けてあげたい……!)
心の底から、そう願った。
けれど、自分には何もできない。
あの『穢れた祈り』は、こんな状況で何の役に立つというのだろう。
むしろ、事態を悪化させるだけかもしれないのだ。
(無力……わたくしは、なんて無力なの……!)
その強い無力感と、人々を救いたいという切なる願いが、エリアーナの中で渦を巻いた瞬間だった。
ズン、と。
身体の奥深くで、何かが脈打つような感覚があった。
それは、いつもの祈りの後の消耗感とは違う。
もっと生々しく、力強い……けれど、どこか不穏なエネルギーの蠢き。
(また……!? いや、さっきよりも、もっと……!)
まるで、周囲の淀んだ空気が、自分に向かって引き寄せられてくるような錯覚。
肌が粟立ち、身体の芯が妙に熱いような、それでいて冷たいような、奇妙な感覚に襲われる。
胸のざわめきが、不安の鼓動と重なって、激しくなっていく。
「だめ……っ!」
エリアーナは思わず胸を押さえた。
この感覚は危険だ。
制御できない何かが、自分の中で暴れ出そうとしている。
こんな時に、もし力が暴走したら……!
必死に、その感覚を抑え込もうとする。
大丈夫、大丈夫だと自分に言い聞かせる。
けれど、力の蠢きは収まらない。
むしろ、エリアーナの恐怖に呼応するように、さらに強まっていくようだった。
その時。
「きゃあああああっ!」
比較的近くで、甲高い子供の悲鳴が上がった。
エリアーナははっとして、そちらに視線を向けた。
一本の細い路地。
そこで、小さな女の子が尻餅をつき、動けなくなっている。
そして、その女の子に向かって、八本の毛むくじゃらの脚を持つ、巨大な蜘蛛の魔物が、鎌のような前脚を振り上げているのが見えた。
(あの子が……!)
逃げ遅れたのだろうか。
周囲には助けを呼べる大人の姿も見当たらない。
絶体絶命だった。
エリアーナの頭が、真っ白になった。
恐怖も、力の制御も、何もかもが吹き飛んだ。
ただ、あの子を助けなければ、という強い衝動だけが、彼女を支配した。
「――やめてっ!!」
考えるより先に、エリアーナは叫んでいた。
そして、ほとんど無意識のうちに、襲いかかる蜘蛛の魔物に向かって、右手を強く突き出していた。
その小さな手のひらから、何かが放たれようとしていることにも気づかずに。