穢れた祈りの聖女 ~偽りの救世主と蔑まれた私が、滅びゆく王国で唯一真実の奇跡を紡ぐ~   作:うどん小町

18 / 38
第6話「届かぬ声、力の兆候」

 言葉を失い、ただ立ち尽くすエリアーナの耳に、下町からの悲鳴や怒号が、よりはっきりと届き始めた。

 魔物の咆哮のような音も混じっている。

 人々が傷つき、怯え、絶望している。

 その現実が、エリアーナの胸をナイフのように抉った。

 

(助けてあげたい……!)

 

 心の底から、そう願った。

 けれど、自分には何もできない。

 あの『穢れた祈り』は、こんな状況で何の役に立つというのだろう。

 むしろ、事態を悪化させるだけかもしれないのだ。

 

(無力……わたくしは、なんて無力なの……!)

 

 その強い無力感と、人々を救いたいという切なる願いが、エリアーナの中で渦を巻いた瞬間だった。

 

 ズン、と。

 身体の奥深くで、何かが脈打つような感覚があった。

 それは、いつもの祈りの後の消耗感とは違う。

 もっと生々しく、力強い……けれど、どこか不穏なエネルギーの蠢き。

 

(また……!? いや、さっきよりも、もっと……!)

 

 まるで、周囲の淀んだ空気が、自分に向かって引き寄せられてくるような錯覚。

 肌が粟立ち、身体の芯が妙に熱いような、それでいて冷たいような、奇妙な感覚に襲われる。

 胸のざわめきが、不安の鼓動と重なって、激しくなっていく。

 

「だめ……っ!」

 

 エリアーナは思わず胸を押さえた。

 この感覚は危険だ。

 制御できない何かが、自分の中で暴れ出そうとしている。

 こんな時に、もし力が暴走したら……!

 

 必死に、その感覚を抑え込もうとする。

 大丈夫、大丈夫だと自分に言い聞かせる。

 けれど、力の蠢きは収まらない。

 むしろ、エリアーナの恐怖に呼応するように、さらに強まっていくようだった。

 

 その時。

 

「きゃあああああっ!」

 

 比較的近くで、甲高い子供の悲鳴が上がった。

 エリアーナははっとして、そちらに視線を向けた。

 

 一本の細い路地。

 そこで、小さな女の子が尻餅をつき、動けなくなっている。

 そして、その女の子に向かって、八本の毛むくじゃらの脚を持つ、巨大な蜘蛛の魔物が、鎌のような前脚を振り上げているのが見えた。

 

(あの子が……!)

 

 逃げ遅れたのだろうか。

 周囲には助けを呼べる大人の姿も見当たらない。

 絶体絶命だった。

 

 エリアーナの頭が、真っ白になった。

 恐怖も、力の制御も、何もかもが吹き飛んだ。

 ただ、あの子を助けなければ、という強い衝動だけが、彼女を支配した。

 

「――やめてっ!!」

 

 考えるより先に、エリアーナは叫んでいた。

 そして、ほとんど無意識のうちに、襲いかかる蜘蛛の魔物に向かって、右手を強く突き出していた。

 その小さな手のひらから、何かが放たれようとしていることにも気づかずに。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。