穢れた祈りの聖女 ~偽りの救世主と蔑まれた私が、滅びゆく王国で唯一真実の奇跡を紡ぐ~   作:うどん小町

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第2話「騎士の観察」

「……では、参りましょうか」

 

 カイウスに促され、エリアーナはこくりと頷いた。

 祈りを終えた旧礼拝堂の空気は、まだ重く冷たいままだった。

 

 わたくしの私室は、この古い礼拝堂のすぐ隣にある。

 もとは、ここを使っていた司祭様の部屋だったのかもしれない。

 

(カイウス様は、ずっと後ろに……)

 

 意識しないように、と思えば思うほど、背中に突き刺さる視線を感じてしまう。

 観察されている。

 監視されている。

 その事実が、エリアーナの歩みをぎこちなくさせた。

 

 石造りの廊下を歩く。

 時折すれ違う神官や修道女たちは、エリアーナを見ると、あからさまに顔を顰めたり、さっと目を逸らしたりする。

 まるで、汚れたものに触れないようにするかのように。

 

(……慣れている、はずなのに)

 

 それでも、胸の奥が小さく痛むのは、どうしようもないことだった。

 

(カイウス様の目には、どう映っているのだろう)

 

 彼は何も言わない。

 ただ、淡々とエリアーナの後ろをついてくるだけだ。

 その無言が、かえってエリアーナの不安を掻き立てた。

 

 やがて、古びた木の扉の前にたどり着く。

 ここが、エリアーナの私室だ。

 

「どうぞ……」

 

 エリアーナが扉を開けると、カイウスは軽く会釈して中に入った。

 部屋は狭く、必要最低限の家具しかない。

 小さな木のベッドと、書き物机、そして古びた椅子が二つ。

 窓からは、手入れのされていない小さな裏庭が見えた。

 

(こんなところに、騎士様を……)

 

 申し訳ないような、恥ずかしいような気持ちになる。

 聖女、と呼ばれてはいても、今のわたくしの扱いはこんなものだ。

 

 カイウスは部屋の中を見回したが、特に何も言わなかった。

 ただ、その鳶色の瞳が、部屋の隅々までを素早く観察しているのが分かった。

 

(この人は……油断できない)

 

 エリアーナは警戒心を新たにした。

 

 しばらくして、ノックの音と共に侍女が昼食を運んできた。

 今日の侍女は、あまり見慣れない顔だった。

 侍女は無言でテーブルに食事を並べると、そそくさと退出していった。

 エリアーナと関わりたくない、という空気が全身から滲み出ていた。

 

 テーブルに並んだのは、硬いパンと、野菜のスープ、それだけ。

 いつも通りの、質素な食事。

 

「……カイウス様も、どうぞ」

「は、いただきます」

 

 向かい合って椅子に座る。

 気まずい沈黙が流れた。

 パンをちぎり、スープをスプーンで口に運ぶ。

 味が、よく分からない。

 

(何か、話さないと……)

 

 このまま監視され続けるのは、息が詰まる。

 それに、この騎士様のことを少しでも知っておきたかった。

 

「……あの、カイウス様は、騎士団ではどのようなお役目を?」

 

 探るような質問になってしまっただろうか。

 エリアーナは内心でどきりとした。

 

 カイウスはスープを一口飲むと、表情を変えずに答えた。

 

「以前は、神殿騎士団に所属しておりました。主に神殿内の警護などを」

 

(神殿騎士団……教会の騎士様、なのね)

 

 ということは、やはり大神官様たちの意向でここに来たのだろうか。

 

「そう、でしたか……その、このような場所への異動は……大変、でしたでしょう?」

 

 もっと踏み込んで聞いてみる。

 左遷されたのではないか、と遠回しに。

 

 カイウスの眉が、ほんのわずかに動いたように見えた。

 気のせいかもしれない。

 

「……任務ですから。どこであろうと、与えられた務めを果たすだけです」

 

 当たり障りのない答え。

 彼は、自分の情報を与えるつもりはないらしい。

 

(やっぱり、簡単にはいかないわね……)

 

 エリアーナはため息を隠して、スープを口に運んだ。

 その時、ふっと、目の前が微かに揺らぐような感覚があった。

 同時に、身体の奥がずんと重くなる。

 

(……また、だわ)

 

 祈りを捧げた後、特に「穢れた祈り」に意識を集中させた後は、時々こうして軽い目眩や倦怠感に襲われることがある。

 力の代償なのかもしれない。

 

(大丈夫、すぐに治まるはず……)

 

 平静を装い、スプーンを置いた。

 だが、向かいに座るカイウスの視線が、鋭くエリアーナに向けられていることに気づいた。

 

「……聖女様?」

 

 カイウスの声には、わずかに訝しむような響きがあった。

 

「顔色が、あまり優れないようですが」

 

(……気づかれた)

 

 エリアーナは内心で舌打ちしそうになりながら、慌てて作り笑顔を浮かべた。

 

「い、いえ。大丈夫です。少し、寝不足なだけですから」

 

 誤魔化せるだろうか。

 カイウスの鳶色の瞳は、じっとエリアーナを見つめていた。

 その瞳の奥の色は、まだ読み取れなかった。

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