穢れた祈りの聖女 ~偽りの救世主と蔑まれた私が、滅びゆく王国で唯一真実の奇跡を紡ぐ~ 作:うどん小町
「……では、参りましょうか」
カイウスに促され、エリアーナはこくりと頷いた。
祈りを終えた旧礼拝堂の空気は、まだ重く冷たいままだった。
わたくしの私室は、この古い礼拝堂のすぐ隣にある。
もとは、ここを使っていた司祭様の部屋だったのかもしれない。
(カイウス様は、ずっと後ろに……)
意識しないように、と思えば思うほど、背中に突き刺さる視線を感じてしまう。
観察されている。
監視されている。
その事実が、エリアーナの歩みをぎこちなくさせた。
石造りの廊下を歩く。
時折すれ違う神官や修道女たちは、エリアーナを見ると、あからさまに顔を顰めたり、さっと目を逸らしたりする。
まるで、汚れたものに触れないようにするかのように。
(……慣れている、はずなのに)
それでも、胸の奥が小さく痛むのは、どうしようもないことだった。
(カイウス様の目には、どう映っているのだろう)
彼は何も言わない。
ただ、淡々とエリアーナの後ろをついてくるだけだ。
その無言が、かえってエリアーナの不安を掻き立てた。
やがて、古びた木の扉の前にたどり着く。
ここが、エリアーナの私室だ。
「どうぞ……」
エリアーナが扉を開けると、カイウスは軽く会釈して中に入った。
部屋は狭く、必要最低限の家具しかない。
小さな木のベッドと、書き物机、そして古びた椅子が二つ。
窓からは、手入れのされていない小さな裏庭が見えた。
(こんなところに、騎士様を……)
申し訳ないような、恥ずかしいような気持ちになる。
聖女、と呼ばれてはいても、今のわたくしの扱いはこんなものだ。
カイウスは部屋の中を見回したが、特に何も言わなかった。
ただ、その鳶色の瞳が、部屋の隅々までを素早く観察しているのが分かった。
(この人は……油断できない)
エリアーナは警戒心を新たにした。
しばらくして、ノックの音と共に侍女が昼食を運んできた。
今日の侍女は、あまり見慣れない顔だった。
侍女は無言でテーブルに食事を並べると、そそくさと退出していった。
エリアーナと関わりたくない、という空気が全身から滲み出ていた。
テーブルに並んだのは、硬いパンと、野菜のスープ、それだけ。
いつも通りの、質素な食事。
「……カイウス様も、どうぞ」
「は、いただきます」
向かい合って椅子に座る。
気まずい沈黙が流れた。
パンをちぎり、スープをスプーンで口に運ぶ。
味が、よく分からない。
(何か、話さないと……)
このまま監視され続けるのは、息が詰まる。
それに、この騎士様のことを少しでも知っておきたかった。
「……あの、カイウス様は、騎士団ではどのようなお役目を?」
探るような質問になってしまっただろうか。
エリアーナは内心でどきりとした。
カイウスはスープを一口飲むと、表情を変えずに答えた。
「以前は、神殿騎士団に所属しておりました。主に神殿内の警護などを」
(神殿騎士団……教会の騎士様、なのね)
ということは、やはり大神官様たちの意向でここに来たのだろうか。
「そう、でしたか……その、このような場所への異動は……大変、でしたでしょう?」
もっと踏み込んで聞いてみる。
左遷されたのではないか、と遠回しに。
カイウスの眉が、ほんのわずかに動いたように見えた。
気のせいかもしれない。
「……任務ですから。どこであろうと、与えられた務めを果たすだけです」
当たり障りのない答え。
彼は、自分の情報を与えるつもりはないらしい。
(やっぱり、簡単にはいかないわね……)
エリアーナはため息を隠して、スープを口に運んだ。
その時、ふっと、目の前が微かに揺らぐような感覚があった。
同時に、身体の奥がずんと重くなる。
(……また、だわ)
祈りを捧げた後、特に「穢れた祈り」に意識を集中させた後は、時々こうして軽い目眩や倦怠感に襲われることがある。
力の代償なのかもしれない。
(大丈夫、すぐに治まるはず……)
平静を装い、スプーンを置いた。
だが、向かいに座るカイウスの視線が、鋭くエリアーナに向けられていることに気づいた。
「……聖女様?」
カイウスの声には、わずかに訝しむような響きがあった。
「顔色が、あまり優れないようですが」
(……気づかれた)
エリアーナは内心で舌打ちしそうになりながら、慌てて作り笑顔を浮かべた。
「い、いえ。大丈夫です。少し、寝不足なだけですから」
誤魔化せるだろうか。
カイウスの鳶色の瞳は、じっとエリアーナを見つめていた。
その瞳の奥の色は、まだ読み取れなかった。