穢れた祈りの聖女 ~偽りの救世主と蔑まれた私が、滅びゆく王国で唯一真実の奇跡を紡ぐ~ 作:うどん小町
カイウスはエリアーナを腕に抱え、神殿へと続く道を急いだ。
腕の中の聖女はぐったりとして、意識も朦朧としているようだった。
時折、苦しげに眉を寄せ、か細い呻き声を漏らす。
その軽さと儚さに、カイウスは改めて彼女がまだ年若い少女であることを思い知らされた。
(急がねば……)
周囲の気配を探りながら、できるだけ人通りの少ない裏道を選ぶ。
それでも、時折すれ違う騎士や神官たちの視線は避けられなかった。
聖女を抱きかかえて急ぐ騎士、という異様な光景に、彼らは訝しげな、あるいは非難するような目を向けてくる。
カイウスはそれらを一切無視し、ただ前だけを見据えて歩を進めた。
腕の中のエリアーナは、カイウスの胸に顔をうずめるような形になっていた。
意識があるのかないのか、その表情は苦痛と疲労に歪んでいる。
(カイウス様の……うで……あたたかい……)
朦朧とする意識の中で、エリアーナはそう感じていた。
先ほどの恐怖と絶望、そして自分の力の禍々しさ。
それらが、カイウスの腕の力強さと温かさの中で、ほんの少しだけ遠のいていくような気がした。
(でも……こわい……)
見られてしまった。
あの、穢れた力を。
彼はどう思っただろうか。
きっと、わたくしを恐ろしい存在だと、化け物だと思ったに違いない。
(ごめんなさい……)
罪悪感と恐怖で、エリアーナの意識は再び闇へと沈んでいった。
(報告、どうすべきか……)
カイウスは歩きながら、思考を巡らせていた。
エリアーナの力が暴発した(と思われる)こと、魔物を無力化したこと、そして彼女自身が極度に消耗したこと。
事実は報告しなければならない。
だが、あの力の異様さ、禍々しさをそのまま伝えれば、彼女がどう扱われるか分からない。
大神官ゼノンは、これを機に彼女を完全に排除しようとするだろう。
(……事実だけを、客観的に報告するしかない。だが、それだけでは……)
このままでは、彼女はあまりにも危険だ。
自身の力を制御できず、その代償に苦しみ、周囲からは「偽物」と蔑まれ、教会からは危険視される。
その上、今日のように、意図せず力を使ってしまえば……。
(守らねばならないのかもしれない……)
その思いが、カイウスの中で確かな形を取り始めていた。
監視役としてではなく。
騎士として、いや、一人の人間として。
この孤独な聖女を、彼女を取り巻く理不尽と、そして彼女自身の力の危険性から。
ようやく神殿の裏門にたどり着き、人目を避けながら中へ入る。
エリアーナの私室まで、あと少しだ。
部屋に着くと、カイウスはそっとエリアーナをベッドに横たえた。
彼女は既に完全に意識を失っているようで、苦しげながらも深い眠りに落ちているように見えた。
額には冷や汗が滲み、顔色は紙のように白い。
カイウスはしばし、その寝顔を見下ろしていた。
聖女とは到底思えない、痛々しいほどのか弱さ。
しかし、あの魔物と対峙した時、彼女の瞳には確かに強い光が宿っていた。
そして、あの禍々しい黒い力……。
(一体、何なのだ、あの力は……そして、この聖女は……)
謎は深まるばかりだ。
だが、同時にカイウスの決意も固まっていた。
(このままにはしておけない。俺が、真実を探る)
教会が何を隠しているのか。
エリアーナの力の正体は何なのか。
そして、彼女をこのままにしておいて、本当に王国は救われるのか。
カイウスは静かに部屋を出て、扉を閉めた。
やるべきことは多い。
報告書の作成、エルダー司祭への接触、そして何より――エリアーナ・ランスターという聖女から、一時も目を離さないこと。
彼の監視は、新たな意味合いを帯びて、再び始まろうとしていた。