穢れた祈りの聖女 ~偽りの救世主と蔑まれた私が、滅びゆく王国で唯一真実の奇跡を紡ぐ~   作:うどん小町

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第9話「残された子供と騎士の報告」

 エリアーナが眠りに落ちたのを確認し、カイウスは静かに私室の扉を閉めた。

 扉一枚を隔てた向こうに、大きな秘密と危険を孕んだ聖女がいる。

 その事実が、ずしりと重くカイウスの肩にのしかかった。

 

(まずは、やるべきことをやらねば)

 

 カイウスは思考を切り替え、すぐさま行動に移った。

 向かうべきは、先ほどの路地だ。

 あそこに残してきた子供の安否が気にかかっていた。

 

 足早に現場へ戻ると、幸いなことに、子供は別の神殿騎士によって保護されかけているところだった。

 まだ怯えて小さく震えていたが、目立った怪我はないようだ。

 カイウスは駆けつけた騎士に状況を簡潔に伝え、子供を安全な避難所へ確実に送り届けるよう指示を出した。

 子供から何か話を聞き出そうとも思ったが、今はそれよりも優先すべきことがある。

 

 子供の保護に目処をつけると、カイウスは次なる目的地、神殿騎士団の詰所へと向かった。

 彼の直属の上官であり、数少ない信頼できる人物――バルガス隊長の執務室だ。

 

 執務室の扉をノックし、入室の許可を得る。

 中では、恰幅の良い、歴戦の騎士といった風貌のバルガス隊長が、書類の山を前に眉間に皺を寄せていた。

 

「カイウスか。何の用だ。聖女様の護衛任務中のはずだろう」

 

 バルガス隊長は、カイウスの姿を認めると、少し訝しげに言った。

 

「はっ。緊急のご報告があり、一時的に持ち場を離れる許可を聖女様より頂き、参上いたしました」

 

 カイウスは敬礼し、今日の出来事を報告し始めた。

 エリアーナが言いつけに背いて下町の現場に現れたこと。

 自分が駆けつけた際、彼女が大型の蜘蛛型魔物の傍らで倒れており、魔物は既に活動を停止、その亡骸は異様な状態であったこと。

 そして、エリアーナ自身が原因不明の理由で極度に消耗しており、現在は私室で休ませていること。

 

 カイウスは、努めて客観的な事実だけを、感情を排して報告した。

 あの黒いエネルギーのことも、それがエリアーナの力であるという推測も、今は伏せた。

 それはまだ、確証のない憶測であり、何より彼女を危険に晒す可能性があったからだ。

 

 報告を聞き終えたバルガス隊長は、しばし難しい顔で沈黙していた。

 その表情には、驚きと、深い困惑の色が見て取れた。

 

「……そうか。聖女が、現場に……そして魔物が異様な死に方を……」

 

 隊長は何かを考え込むように、指で机を軽く叩いた。

 カイウスは、その反応を注意深く観察していた。

 隊長は何かを知っているのだろうか? それとも、純粋に事態の異常さに困惑しているだけなのか?

 

 やがて、バルガス隊長は顔を上げ、カイウスに鋭い視線を向けた。

 

「分かった。状況は理解した。カイウス、貴様への命令は変わらん。引き続き、聖女エリアーナの監視を厳とせよ。些細なことでも異変があれば、逐一私に報告するように。いいな?」

 

「はっ! 承知いたしました!」

 

 それ以上の詮索はなかった。

 あっさりとした指示に、カイウスは逆にわずかな不審感を覚えたが、それを顔に出すことなく敬礼した。

 

 執務室を出て、再びエリアーナの私室へと向かう。

 報告は済ませた。だが、それで何かが解決したわけではない。

 むしろ、謎と責任はさらに重くなったように感じられた。

 

(監視継続……か。当然だな。だが、俺のやるべきことはそれだけではない)

 

 カイウスは固く決意を新たにしていた。

 真実を探ること。

 そして、あの聖女を――エリアーナを、守ること。

 それが、今の自分が果たすべき本当の「務め」なのかもしれない、と。

 

 重い足取りで、カイウスは主の待つ部屋へと戻っていった。

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