穢れた祈りの聖女 ~偽りの救世主と蔑まれた私が、滅びゆく王国で唯一真実の奇跡を紡ぐ~ 作:うどん小町
エリアーナが眠りに落ちたのを確認し、カイウスは静かに私室の扉を閉めた。
扉一枚を隔てた向こうに、大きな秘密と危険を孕んだ聖女がいる。
その事実が、ずしりと重くカイウスの肩にのしかかった。
(まずは、やるべきことをやらねば)
カイウスは思考を切り替え、すぐさま行動に移った。
向かうべきは、先ほどの路地だ。
あそこに残してきた子供の安否が気にかかっていた。
足早に現場へ戻ると、幸いなことに、子供は別の神殿騎士によって保護されかけているところだった。
まだ怯えて小さく震えていたが、目立った怪我はないようだ。
カイウスは駆けつけた騎士に状況を簡潔に伝え、子供を安全な避難所へ確実に送り届けるよう指示を出した。
子供から何か話を聞き出そうとも思ったが、今はそれよりも優先すべきことがある。
子供の保護に目処をつけると、カイウスは次なる目的地、神殿騎士団の詰所へと向かった。
彼の直属の上官であり、数少ない信頼できる人物――バルガス隊長の執務室だ。
執務室の扉をノックし、入室の許可を得る。
中では、恰幅の良い、歴戦の騎士といった風貌のバルガス隊長が、書類の山を前に眉間に皺を寄せていた。
「カイウスか。何の用だ。聖女様の護衛任務中のはずだろう」
バルガス隊長は、カイウスの姿を認めると、少し訝しげに言った。
「はっ。緊急のご報告があり、一時的に持ち場を離れる許可を聖女様より頂き、参上いたしました」
カイウスは敬礼し、今日の出来事を報告し始めた。
エリアーナが言いつけに背いて下町の現場に現れたこと。
自分が駆けつけた際、彼女が大型の蜘蛛型魔物の傍らで倒れており、魔物は既に活動を停止、その亡骸は異様な状態であったこと。
そして、エリアーナ自身が原因不明の理由で極度に消耗しており、現在は私室で休ませていること。
カイウスは、努めて客観的な事実だけを、感情を排して報告した。
あの黒いエネルギーのことも、それがエリアーナの力であるという推測も、今は伏せた。
それはまだ、確証のない憶測であり、何より彼女を危険に晒す可能性があったからだ。
報告を聞き終えたバルガス隊長は、しばし難しい顔で沈黙していた。
その表情には、驚きと、深い困惑の色が見て取れた。
「……そうか。聖女が、現場に……そして魔物が異様な死に方を……」
隊長は何かを考え込むように、指で机を軽く叩いた。
カイウスは、その反応を注意深く観察していた。
隊長は何かを知っているのだろうか? それとも、純粋に事態の異常さに困惑しているだけなのか?
やがて、バルガス隊長は顔を上げ、カイウスに鋭い視線を向けた。
「分かった。状況は理解した。カイウス、貴様への命令は変わらん。引き続き、聖女エリアーナの監視を厳とせよ。些細なことでも異変があれば、逐一私に報告するように。いいな?」
「はっ! 承知いたしました!」
それ以上の詮索はなかった。
あっさりとした指示に、カイウスは逆にわずかな不審感を覚えたが、それを顔に出すことなく敬礼した。
執務室を出て、再びエリアーナの私室へと向かう。
報告は済ませた。だが、それで何かが解決したわけではない。
むしろ、謎と責任はさらに重くなったように感じられた。
(監視継続……か。当然だな。だが、俺のやるべきことはそれだけではない)
カイウスは固く決意を新たにしていた。
真実を探ること。
そして、あの聖女を――エリアーナを、守ること。
それが、今の自分が果たすべき本当の「務め」なのかもしれない、と。
重い足取りで、カイウスは主の待つ部屋へと戻っていった。