穢れた祈りの聖女 ~偽りの救世主と蔑まれた私が、滅びゆく王国で唯一真実の奇跡を紡ぐ~ 作:うどん小町
エリアーナの私室の前に戻ったカイウスは、重い扉の前で足を止めた。
中にいる聖女の気配を探るように、そっと扉に耳を寄せる。
聞こえてくるのは、すう、すう、という穏やかで規則正しい寝息だけだった。
先ほどの極度の消耗の後、深い眠りに落ちているのだろう。
カイウスは安堵の息を静かに吐き出すと、再び壁に背を預けた。
そして、目を閉じ、今日起こった出来事を一つ一つ反芻する。
下町での魔物の出現。
言いつけを破って現場に現れたエリアーナ。
あの異様な姿で事切れていた巨大な蜘蛛の魔物。
そして、まるで魂を抜き取られたかのように消耗しきっていた彼女の姿。
最後に見た、あの黒い力の残滓……。
(あれは、一体……)
聖女の奇跡。人々はそう信じている。
だが、カイウスが今日目の当たりにしたものは、奇跡と呼ぶにはあまりにも禍々しく、破壊的だった。
報告書には事実だけを記した。だが、それでよかったのだろうか。
あの力を、このまま放置しておいて本当にいいのだろうか。
(教会は、なぜ……?)
バルガス隊長の反応も腑に落ちなかった。
驚きはしたが、それ以上の追及はなかった。
まるで、何かを知っていて、あえて深入りを避けているかのようにも見えた。
教会はこの穢れた祈りについて、カイウスが知らない何かを把握しているのではないか?
疑念が、確信へと変わりつつあった。
この聖女エリアーナと、彼女の力には、何か大きな秘密が隠されている。
そして、教会はその真実を覆い隠そうとしているのかもしれない。
(ならば、俺が探るしかない)
監視役としての任務。それは変わらない。
だが、その意味合いは、カイウスの中で大きく変わり始めていた。
ただ見張るのではない。
真実を探り、そして、この聖女が何者なのかを見極める。
必要ならば……守る。
(まずは、エルダー司祭か……)
古代文献に詳しいという、あの老司祭。
彼ならば、何かを知っている可能性がある。
どう接触するか、慎重に計画を練る必要があった。
それから、下町の魔物騒ぎの続報も収集しなければならない。
思考を巡らせていると、扉の向こうから、エリアーナが寝返りを打ったような、小さな衣擦れの音が聞こえた。
カイウスははっとして、扉に意識を向けた。
(……無防備だな)
眠っている彼女は、ただのか弱い少女にしか見えない。
あのような異様な力を内に秘めているとは、到底思えないほどに。
そのギャップが、カイウスの胸をざわつかせた。
カイウスは再び目を閉じ、静かに呼吸を整えた。
やるべきことは多い。
そして、その道は、おそらく平坦ではないだろう。
それでも、彼はもう引き返すつもりはなかった。
静かな廊下に、決意を秘めた騎士が一人、主の眠る部屋の扉を守り続けていた。
それは、単なる監視者としてではなく。
真実を求める者として。
そして、これから起こるであろう嵐の中で、彼女を守る盾となる覚悟を固めながら。