穢れた祈りの聖女 ~偽りの救世主と蔑まれた私が、滅びゆく王国で唯一真実の奇跡を紡ぐ~   作:うどん小町

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第10話「静かな部屋と騎士の決意」

 エリアーナの私室の前に戻ったカイウスは、重い扉の前で足を止めた。

 中にいる聖女の気配を探るように、そっと扉に耳を寄せる。

 聞こえてくるのは、すう、すう、という穏やかで規則正しい寝息だけだった。

 先ほどの極度の消耗の後、深い眠りに落ちているのだろう。

 

 カイウスは安堵の息を静かに吐き出すと、再び壁に背を預けた。

 そして、目を閉じ、今日起こった出来事を一つ一つ反芻する。

 

 下町での魔物の出現。

 言いつけを破って現場に現れたエリアーナ。

 あの異様な姿で事切れていた巨大な蜘蛛の魔物。

 そして、まるで魂を抜き取られたかのように消耗しきっていた彼女の姿。

 最後に見た、あの黒い力の残滓……。

 

(あれは、一体……)

 

 聖女の奇跡。人々はそう信じている。

 だが、カイウスが今日目の当たりにしたものは、奇跡と呼ぶにはあまりにも禍々しく、破壊的だった。

 報告書には事実だけを記した。だが、それでよかったのだろうか。

 あの力を、このまま放置しておいて本当にいいのだろうか。

 

(教会は、なぜ……?)

 

 バルガス隊長の反応も腑に落ちなかった。

 驚きはしたが、それ以上の追及はなかった。

 まるで、何かを知っていて、あえて深入りを避けているかのようにも見えた。

 教会はこの穢れた祈りについて、カイウスが知らない何かを把握しているのではないか?

 

 疑念が、確信へと変わりつつあった。

 この聖女エリアーナと、彼女の力には、何か大きな秘密が隠されている。

 そして、教会はその真実を覆い隠そうとしているのかもしれない。

 

(ならば、俺が探るしかない)

 

 監視役としての任務。それは変わらない。

 だが、その意味合いは、カイウスの中で大きく変わり始めていた。

 ただ見張るのではない。

 真実を探り、そして、この聖女が何者なのかを見極める。

 必要ならば……守る。

 

(まずは、エルダー司祭か……)

 

 古代文献に詳しいという、あの老司祭。

 彼ならば、何かを知っている可能性がある。

 どう接触するか、慎重に計画を練る必要があった。

 それから、下町の魔物騒ぎの続報も収集しなければならない。

 

 思考を巡らせていると、扉の向こうから、エリアーナが寝返りを打ったような、小さな衣擦れの音が聞こえた。

 カイウスははっとして、扉に意識を向けた。

 

(……無防備だな)

 

 眠っている彼女は、ただのか弱い少女にしか見えない。

 あのような異様な力を内に秘めているとは、到底思えないほどに。

 そのギャップが、カイウスの胸をざわつかせた。

 

 カイウスは再び目を閉じ、静かに呼吸を整えた。

 やるべきことは多い。

 そして、その道は、おそらく平坦ではないだろう。

 それでも、彼はもう引き返すつもりはなかった。

 

 静かな廊下に、決意を秘めた騎士が一人、主の眠る部屋の扉を守り続けていた。

 それは、単なる監視者としてではなく。

 真実を求める者として。

 そして、これから起こるであろう嵐の中で、彼女を守る盾となる覚悟を固めながら。

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