穢れた祈りの聖女 ~偽りの救世主と蔑まれた私が、滅びゆく王国で唯一真実の奇跡を紡ぐ~   作:うどん小町

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第2話「侍女の探りと騎士の目」

 机に向かい、羊皮紙の上で思考を巡らせていたエリアーナの集中は、不意のノック音によって破られた。

 顔を上げると、扉の外から明るい声が聞こえる。

 

「エリアーナ様、いらっしゃいますか? リズです! お茶をお持ちしました!」

 

(リズさん……もう来たの?)

 

 エリアーナは内心で眉をひそめた。

 朝の挨拶を終えたばかりだというのに、早すぎる再訪だ。

 お茶なんて、頼んでもいないのに。

 

 警戒心を抱きつつも、無下に追い返すわけにもいかない。

 エリアーナは羊皮紙を素早く裏返すと(見られて困るようなことはまだ書いていないが、念のためだ)、「どうぞ」と声をかけた。

 

 扉が開き、満面の笑みを浮かべたリズが、お茶のセットを乗せた盆を持って入ってきた。

 その後ろには、当然のようにカイウスも付き従っている。彼は部屋に入ると、壁際に静かに立ち、エリアーナとリズの様子を観察する姿勢をとった。

 

「わぁ、やっぱりこのお部屋、少し日当たりが良くないですねー。でも、静かで落ち着くかも!」

 

 リズは部屋の中を見回しながら、屈託なく言った。

 そして、手際よくテーブルの上にお茶の準備を始める。

 

「よろしければ、エリアーナ様も少し休憩しませんか? ずっと何か考え事をしてらっしゃるようでしたし」

 

 その言葉に、エリアーナはドキリとした。

 見られていたのだろうか。

 

「……ありがとうございます、リズさん」

 

 平静を装い、エリアーナは礼を述べた。

 差し出されたカップを受け取り、温かいハーブティーの香りを嗅ぐ。

 緊張で強張っていた心が、ほんの少しだけ和らぐような気がした。

 

 リズは自分の分もお茶を淹れると、エリアーナの向かいの椅子に、許可を得る前に当然のように腰を下ろした。

 その馴れ馴れしさに、エリアーナは再び内心で警戒レベルを引き上げる。

 

「それにしても、エリアーナ様はずっとこのお部屋に? 神殿は広いですし、たまには気分転換にお散歩とかされないんですか?」

「……あまり、外には出ませんので」

「えー、もったいないですよ! 中庭も綺麗でしたし! あ、でも、聖女様のお部屋はこの旧礼拝堂の隣ですもんね。少し離れてますし……前はどちらにいらっしゃったんですか?」

 

 矢継ぎ早の質問。

 世間話のようにも聞こえるが、明らかにエリアーナの過去や行動を探ろうとしているのが見え見えだった。

 

(この子は……本当に分かりやすいわね)

 

 エリアーナは内心でため息をつきながら、当たり障りのない答えを返す。

 

「……以前のことは、あまり覚えておりませんの」

「あら、そうなんですか? 残念。……じゃあ、いつもは何を読んでらっしゃるんですか? さっきも何か書いてらっしゃいましたけど。難しそうな本ばかりだと、肩が凝っちゃいますよ?」

 

 リズはエリアーナが隠した羊皮紙の方をちらりと見ながら言った。

 

「古い……歴史書や、聖典などを、少し……」

「へぇー! 勉強熱心なんですね! わたくしなんて、難しい本はすぐに眠くなっちゃいます」

 

 リズはけらけらと笑う。

 その無邪気な笑顔の裏に隠された意図を探ろうと、エリアーナは彼女の瞳をじっと見つめた。

 けれど、リズの瞳は、ただ明るく輝いているだけで、底が見えない。

 

(演技が上手なのか、それとも……本当に何も考えていないのか……? いいえ、そんなはずは……)

 

 リズはカップを置くと、ふと思い出したように言った。

 

「そういえば、昨日は下町が大変だったみたいですね! 魔物が出たとかで、騎士団の方々も大勢出動されたって聞きました。エリアーナ様はずっとこちらにいらっしゃったんですよね? あ、カイウス様も昨日は大変でしたでしょう? ご無事で何よりです!」

 

 核心に触れてきた。

 エリアーナは心臓が跳ねるのを感じた。

 昨日のこと。下町のこと。そして、カイウス様のこと。

 この侍女は、どこまで知っているのだろうか?

 

 エリアーナが答えに窮していると、それまで黙って壁際に立っていたカイウスが、静かに口を開いた。

 

「侍女リズ」

 

 その声は低く、抑揚がなかったが、部屋の空気をぴりっと引き締める響きがあった。

 リズはびくりと肩を揺らし、笑顔を引きつらせながらカイウスを見た。

 

「は、はいっ! なんでしょうか、カイウス様!」

「お茶の準備は終わったのだろう。ならば、聖女様のお休みを妨げるべきではない。下がれ」

 

 カイウスの言葉は、簡潔で、有無を言わせぬものだった。

 それは明確な牽制だった。

 

「あ……は、はい! も、申し訳ありません、エリアーナ様! つい、お話が楽しくて……」

 

 リズは慌てて立ち上がると、エリアーナに深々と頭を下げた。

 その顔には、まだ笑顔が貼り付いていたが、瞳の奥には焦りの色が浮かんでいるのを、エリアーナは見逃さなかった。

 

「で、では、わたくしはこれで失礼します! また後でお呼びください!」

 

 リズはそそくさと盆を手に取ると、逃げるように部屋を出て行った。

 バタン、と扉が閉まり、部屋には再び静寂が戻った。

 

 けれど、その静寂は、先ほどまでのものとは質が違っていた。

 エリアーナとカイウスの間には、言葉にはしないまでも、リズという存在に対する共通の疑念と警戒心が、重く漂っていた。

 

 エリアーナはカイウスを見た。

 彼は何も言わず、ただ窓の外に視線を向けていた。

 彼もまた、リズが何者なのか、そして何を目的としているのかを考えているのだろうか。

 

(あの侍女は、敵……? それとも……)

 

 エリアーナは、自分の計画に新たな障害、あるいは利用できるかもしれない駒が現れたことを感じていた。

 どちらにせよ、警戒を怠るわけにはいかない。

 

 カイウスもまた、リズの言動を反芻していた。

 

(間違いなく、探りを入れていたな。それも、かなり直接的に。誰の指示だ? ゼノンか? それとも……)

 

 カイウスはエリアーナに視線を戻した。

 彼女は、警戒しながらも、リズの探りを上手くかわしていたように見えた。

 

(思ったよりも、肝は据わっているのかもしれんな。あるいは、追い詰められているからか……)

 

 どちらにせよ、リズという存在は、エリアーナにとっても、そしてカイウスにとっても、新たな変数となった。

 彼女の動きには、細心の注意を払う必要がある。

 

 静かな部屋の中で、聖女と騎士は、それぞれの胸に新たな疑念と決意を抱きながら、見えない敵の存在を意識していた。

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