穢れた祈りの聖女 ~偽りの救世主と蔑まれた私が、滅びゆく王国で唯一真実の奇跡を紡ぐ~   作:うどん小町

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第4話「禁書庫への道筋、侍女の接近」

 エルダー司祭との意味深な会話を終え、カイウスはエリアーナの私室へと戻った。

 書庫で感じた監視の気配は、気のせいだったと思いたいが、油断はできない。

 扉の前で静かに中の様子を窺うと、物音一つしない。眠っているのか、あるいは静かに何かをしているのか。

 

 カイウスは軽くノックし、返事を待たずに静かに扉を開けた。

 エリアーナは部屋の奥にある小さな机に向かい、書物を広げていた。

 カイウスの入室に気づき、彼女は少し驚いたように顔を上げる。

 その顔色は、朝よりは幾分か回復しているように見えたが、空色の瞳の奥には、深い思考と、そして消えない警戒の色が宿っていた。

 

「……カイウス様。何か」

「いえ、聖女様のご様子を拝見しに。お加減はよろしいようですな」

 

 カイウスは部屋に入り、扉を閉めると、エリアーナの机に近づいた。

 広げられているのは、分厚い聖典のようだったが、その隣には白紙の羊皮紙と羽根ペンが置かれている。何かを書き留めようとしていたのだろうか。

 

「ええ、おかげさまで」

 

 エリアーナは短く答えると、再び書物に視線を落とした。

 だが、その指先がページの端を固く握っているのを、カイウスは見逃さなかった。

 

(やはり、何かを考えているな。あの出来事の後だ、当然かもしれんが)

 

 カイウスは、エリアーナの机の上にさりげなく視線を走らせた。

 特別なものは何もない。だが、彼女の纏う空気が、以前とは明らかに違う。

 ただ怯え、塞ぎ込んでいた少女ではない。何かを探し、見つけようとしている者の気配。

 

 カイウスは、エルダー司祭の言葉を思い出しながら、探りを入れることにした。

 

「聖女様は、熱心に何かを調べておられるご様子。古い文献にご興味がおありとか」

 

 エリアーナの肩が、ほんのわずかに強張った。

 

「……ええ。少し、気になることがありましたので」

「さようでございますか。この神殿の書庫にも多くの書物がありますが、さらに貴重な知識を求めるのであれば……神殿の禁書庫には、外部には決して出ることのない、古代からの秘伝や記録が眠っているそうですが。聖女様は、ご存知でしたか?」

 

 『禁書庫』――その言葉が出た瞬間、エリアーナの瞳が大きく揺れたのを、カイウスは確かに捉えた。

 彼女は動揺を隠そうと、慌てて視線を伏せたが、もう遅い。

 

「……名前だけは、聞いたことがあります。ですが……」

 

 エリアーナの声が、わずかに上ずる。

 

「わたくしのような者には、入る資格もございませんし……縁のない場所ですわ」

 

 そう言って、彼女は再び書物を握る手に力を込めた。

 否定しながらも、その全身が『禁書庫』という言葉に強く反応している。

 

(やはり、関心はある、か。それも、強い関心だ)

 

 カイウスは確信した。

 エルダー司祭の言った『閉ざされた扉』は、やはり禁書庫のことを指している可能性が高い。そして、エリアーナもまた、そこにある何かを求めているのだ。

 

(目的は同じかもしれんな。だが……)

 

 カイウスが次の言葉を探していると、まさにその時、部屋の扉が軽快なノックと共に開かれた。

 

「失礼しまーす! エリアーナ様、カイウス様、お話し中でしたか? お昼の準備ができましたので、お知らせに上がりました!」

 

 満面の笑みを浮かべたリズが、盆を手に立っていた。

 その登場は、あまりにもタイミングが良すぎるようにカイウスには思えた。

 

「あらあら、エリアーナ様、また難しいお顔をされて。何かお悩み事ですか?」

 

 リズは部屋に入ってくると、テーブルに昼食の準備をしながら、親しげにエリアーナに話しかける。

 

「もし何かお探し物とかあるんでしたら、私に言ってくださいね! こう見えても、神殿の中のことは結構あちこち知ってるんですよ! 例えば、普通の人は入れないような図書室とか、古い品物がたくさん置いてある倉庫とか……そういう場所のことも、ちょーっとだけ、詳しいかもしれません!」

 

 リズは悪戯っぽく片目を瞑ってみせた。

 その言葉は、明らかにエリアーナとカイウスを試している。

 『禁書庫』という言葉を直接出さずに、それとなく匂わせ、二人の反応を探っているのだ。

 

(この侍女……!)

 

 エリアーナはリズのあからさまな揺さぶりに、背筋が冷たくなるのを感じた。

 

 彼女はどこまで知っている? ただのカマかけ? それとも、本当に何かを知っていて、わたくしを誘い込もうとしている?

 

「……ありがとう、リズさん。でも、今は特に探しているものはありませんから、大丈夫ですわ」

 

 エリアーナは努めて冷静に、しかしきっぱりと答えた。

 この侍女に乗せられてはいけない。

 

 カイウスもまた、リズの言動を鋭い視線で観察していた。

 

(図書室、古い倉庫……か。禁書庫のことを指しているのは明白だな。そして、それをエリアーナ様の前で口にするとは……。やはり、ただの侍女ではない)

 

 カイウスは、リズという存在の危険性を改めて認識した。

 彼女は、エリアーナの秘密を探るために送り込まれた、明確な敵意を持つ存在だ。

 

「リズ」

 

 カイウスは、低い声で侍女の名を呼んだ。

 

「昼食の準備は済んだのだろう。ならば、聖女様のお食事の邪魔になる。下がりなさい」

「あら、つれないですねぇ、カイウス様は。少しくらいお話してもいいじゃないですかー」

 

 リズはカイウスの言葉にも怯まず、わざとらしく唇を尖らせてみせた。

 だが、カイウスの冷たい視線を受けると、さすがにそれ以上は粘らなかった。

 

「はーい、分かりましたよー。では、エリアーナ様、ごゆっくりどうぞ! 何かありましたら、いつでも呼んでくださいね!」

 

 リズは最後にエリアーナにだけ愛想の良い笑顔を見せると、軽い足取りで部屋を出て行った。

 

 嵐のような侍女が去った後、部屋には再び重い沈黙が訪れた。

 エリアーナは、リズが出て行った扉を睨むように見つめている。

 カイウスは、窓の外に視線を向け、何かを深く考えているようだった。

 

 言葉を交わさずとも、二人の間には共通の認識が生まれていた。

 あの侍女は油断ならない。

 そして、自分たちが求める『禁書庫』への道は、決して容易ではないだろう、と。

 

 エリアーナは、先ほどリズに邪魔された羊皮紙を、再び手元に引き寄せた。

 決意は揺るがない。むしろ、リズの登場によって、さらに強まった。

 

(必ず、行ってみせるわ。禁書庫へ。そして、わたくしの力の真実を……)

 

 カイウスもまた、エルダー司祭の言葉とリズの存在を反芻しながら、思考を巡らせていた。

 

(禁書庫……か。正規の方法では無理だろう。ならば、別の道を探すしかない。そして、あの侍女の妨害も考慮に入れねばならん……)

 

 それぞれの胸に、禁書庫への強い意志と、具体的な計画への模索が始まっていた。

 動き出した意志は、もはや止まることはない。

 たとえ、その先にどんな困難が待ち受けていようとも。

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