穢れた祈りの聖女 ~偽りの救世主と蔑まれた私が、滅びゆく王国で唯一真実の奇跡を紡ぐ~   作:うどん小町

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第5話「探求の始まりと古文書の囁き」

 あの侍女リズが部屋を去った後も、エリアーナの心は警戒心と、そして新たに生まれた決意で満たされていた。

 カイウス様も、そしておそらくリズも、わたくしが何かを探ろうとしていることに気づいているのかもしれない。

 だとしても、もう止まるわけにはいかなかった。

 

(計画を立てないと……)

 

 エリアーナは再び机に向かった。

 白紙の羊皮紙に、覚えている限りの神殿の構造を書き出してみる。

 旧礼拝堂、本神殿、騎士団の詰所、そして……おそらくは神殿の最深部にあるという禁書庫。

 どこにあり、どうすれば近づけるのか、皆目見当もつかない。

 

(警備は……? 特に夜間は厳重になるはず。カイウス様とリズさんの目もあるし……)

 

 考えれば考えるほど、無謀な計画に思えてくる。

 けれど、諦めるという選択肢は、もうエリアーナの中にはなかった。

 

(まずは情報収集ね。少しでもいいから、手がかりが欲しい……)

 

 エリアーナは意を決し、行動に移すことにした。

 まずは、一番身近にいる監視者――カイウス様に、それとなく頼んでみることからだ。

 

 翌日、エリアーナはカイウスに声をかけた。

 

「カイウス様、お願いがあるのですが……」

「何でしょうか、聖女様」

 

 カイウスはいつものように、感情の読めない瞳でエリアーナを見た。

 

「わたくし、古い時代の聖女様の記録について、もう少し詳しく知りたいのです。もしよろしければ、神殿の書庫から、何か参考になりそうな書物をお借りしてきていただけないでしょうか?」

 

 あくまで、学術的な興味を装って。

 純粋な知識欲として伝えれば、彼も無下には断らないのではないか。

 そして、彼がどんな書物を選んでくるかで、何か分かるかもしれない。

 

 カイウスはしばらく黙ってエリアーナを見つめていたが、やがて静かに頷いた。

 

「……承知いたしました。いくつか、基本的な聖女伝や、王国の初期の歴史に関するものをお持ちしましょう」

「ありがとうございます!」

 

 エリアーナは安堵の表情を浮かべた(もちろん、それも演技だ)。

 カイウスはすぐに書庫へ向かい、しばらくして数冊の分厚い書物を持ってきた。

 エリアーナはそれを受け取り、丁重に礼を述べた。

 

(さて、リズさんはどうかしら……)

 

 その日の午後、お茶を持ってきたリズに、エリアーナはさりげなく話しかけてみた。

 

「リズさんは、この神殿に長いのですか?」

「え? わたくしですか? うーん、そこそこ、でしょうか?」

「でしたら、神殿の中にもお詳しいのでしょうね。わたくし、あまり外に出ないので、知らない場所ばかりで……。例えば、古い建物とか、昔使われていたけれど今はあまり人が行かないような場所とか、ご存知ありませんか?」

 

 リズは一瞬、目を丸くしたが、すぐにいつもの笑顔に戻った。

 

「えーっと、古い場所ですか? そうですねぇ……この旧礼拝堂もそうですけど、もっと奥の方にも、昔の書庫とか倉庫とか、色々あるって話は聞きますけど……でも、そういう場所って、ほとんど立ち入り禁止になってますよ? 危ないからって」

 

 リズは悪戯っぽく笑いながら言った。

 

(やっぱり、何か知っているような口ぶり……でも、はぐらかしているわね)

 

 エリアーナはリズの反応から、彼女が警戒していること、そして簡単には情報をくれないことを悟った。

 侍女からの情報収集は難しそうだ。

 

(やはり、自分の力で調べるしかないのね……)

 

 エリアーナはリズが下がった後、カイウスが持ってきてくれた書物を読み始めた。

 聖女伝、王国史……どれも一度は目を通したことのある、当たり障りのない内容ばかりに見えた。

 カイウス様も、警戒しているのだろう。

 

(これでは、何も……)

 

 落胆しかけた、その時だった。

 読んでいた王国初期の歴史書の、ある頁の隅に書かれた小さな注釈が目に留まった。

 それは、初代聖女に関する記述の補足だった。

 

『……初代聖女アステルは、神より賜りし聖なる光を以て、国土を覆う闇を払い、魔を浄化せしめた。されど古き伝承によれば、彼女が真に退けしは闇そのものにあらず、光と闇の均衡を乱す混沌なり。彼女は、世界の調和を取り戻すため、星々の運行と大地の脈動に耳を澄ませ、古き神々への祈りを捧げたとも伝えられる……』

 

(光と、闇……? 星々の運行と、大地の脈動……?)

 

 エリアーナは息を呑んだ。

 エルダー司祭が言っていた「光と影」という言葉が、脳裏に蘇る。

 教会が語る「光の奇跡」だけではない、何か別の側面が、初代聖女の力にはあったというのだろうか?

 大地の脈動とは、もしかしてマナの流れのこと?

 

 ページをめくる手が、興奮で震える。

 別の聖女伝にも、似たような記述の断片が見つかった。

 ある時代の聖女が、原因不明の病を癒やす際に「影の力」を用いたとして異端視され、記録から抹消されかけた、という短い記述。

 

(わたくしの力は……穢れなんかじゃない……!?)

 

 全身の血が沸き立つような感覚。

 恐怖ではなく、強い探求心と、真実への渇望が、エリアーナの心を掴んで離さない。

 

(そうか……そうなのかもしれない……わたくしの力は、忘れられた、あるいは封印された、もう一つの聖なる力……?)

 

 確証はない。

 けれど、断片的な記述が、エリアーナの中で一つの可能性として繋がり始めた。

 もしそうなら、もっと知りたい。

 古代の知識が眠るという、禁書庫へ行けば、きっと……!

 

「……聖女様?」

 

 不意に、部屋の入り口に立っていたカイウスの声が聞こえた。

 いつからそこにいたのだろうか。

 エリアーナははっと顔を上げた。

 

 カイウスの鳶色の瞳が、じっとエリアーナを見つめていた。

 その瞳には、驚きと、探るような光が宿っている。

 エリアーナは気づいていなかったが、書物を読んでいた彼女の表情は、興奮と強い決意によって、普段とは全く違う輝きを放っていたのだろう。

 

(……見られた)

 

 エリアーナは内心で動揺したが、もう遅い。

 カイウスは、エリアーナの中で何かが大きく動き出したことに、はっきりと気づいていた。

 そして、その変化が、おそらくは「禁書庫」という言葉と結びついているであろうことも。

 

 二人の間に、再び静かな、しかし以前とは質の違う緊張感が流れた。

 エリアーナの探求は、今、確かに始まったのだ。

 そして、それを間近で見つめる騎士の存在もまた、この物語の重要な鍵となるだろう。

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