穢れた祈りの聖女 ~偽りの救世主と蔑まれた私が、滅びゆく王国で唯一真実の奇跡を紡ぐ~ 作:うどん小町
リズが部屋を去った後も、エリアーナはその場から動けずにいた。
頭の中を、「古い神殿の地図」という言葉がぐるぐると回っている。
禁書庫への道を示すかもしれない、唯一の手がかり。
けれど、それは同時に、大神官ゼノンが仕掛けた罠かもしれないという、強い疑念も伴っていた。
(どうすればいいの……?)
リズの言葉を信じて、彼女が「見つける」のを待つべきか。
それとも、きっぱりと拒絶し、自力で道を探すべきか。
どちらを選んでも、危険が伴う気がした。
思考は堂々巡りを繰り返し、エリアーナは深い溜息をついた。
その時、控えめなノックの音と共に、部屋の扉が開いた。
カイウス様だ。
彼は下町の視察から戻ったのだろうか、その表情にはわずかな疲労の色が見えた。
「……おかえりなさいませ、カイウス様」
エリアーナは内心の動揺を悟られまいと、できるだけ落ち着いた声で言った。
カイウスは静かに部屋に入り、扉を閉めると、エリアーナの様子を一瞥した。
「ただいま戻りました、聖女様。……何か、お考え事ですかな」
その声は平坦だったが、エリアーナには彼の視線が自分の内面を探ろうとしているのが分かった。
彼は気づいているのだろうか。リズがここに来て、あの話をしたことを。
(聞くなら、今しかないかもしれない……)
エリアーナは意を決した。
カイウス様も、禁書庫に興味を持っているようだった。
彼の反応次第では、何か分かるかもしれない。
「あの、カイウス様。少し、お伺いしてもよろしいでしょうか」
「何なりと」
「カイウス様は……その、神殿の古い記録、例えば……昔の地図などには、ご興味はおありですか?」
探るような質問。
エリアーナは自分の声がわずかに震えるのを感じた。
カイウスの鳶色の瞳が、エリアーナを真っ直ぐに見据えた。
その瞳の奥で、何かが計算されているような、冷たい光が宿る。
(……やはり、リズから何か聞いたな)
カイウスは瞬時に察した。
そして、エリアーナが自分を探ろうとしていることも。
「古い記録には、騎士として一般的な関心はありますが……」
カイウスは慎重に言葉を選んだ。
「特に地図、とおっしゃいますと? 何か聖女様が、お探しなのですか?」
問いを、問いで返す。
ボールはエリアーナに投げ返された。
エリアーナはカイウスの反応に、やはり彼は何かを隠している、そして簡単には教えてくれないのだと悟った。
(だめね……この人も、信用できない)
リズも、カイウス様も。
結局、頼れるのは自分だけなのかもしれない。
「いえ……」
エリアーナは力なく首を振った。
「わたくしの知識欲から、少し気になっただけですわ。お忘れください」
そう言って、エリアーナは再び机の上の書物に視線を落とした。
これ以上話しても、ボロが出るだけだ。
地図の件は、自分の胸にしまっておこう。
二人の間に、重く、気まずい沈黙が流れた。
互いに相手が何かを隠していると感じ、疑念と不信感が、見えない壁のように二人の間に立ち塞がる。
カイウスは、エリアーナの様子から、彼女がリズの情報に強く心を動かされ、そしてそれを自分には隠そうとしていることをはっきりと感じ取っていた。
(この様子では……間違いなく、一人で動くつもりだろう)
カイウスの胸に、強い懸念が広がる。
あの侍女の囁きは、明らかに罠だ。それにエリアーナが乗ってしまえば、どうなるか分からない。
大神官ゼノンが、何を企んでいるのか……。
(監視を強化しなければ。彼女からも、そしてリズからも、一瞬たりとも目が離せん)
エリアーナの安全を守ること。そして、真実を探り出すこと。
そのためには、より徹底した監視と、そして自分自身の迅速な行動が必要だと、カイウスは決意を新たにした。
彼女が危険な道へと足を踏み入れる前に、自分が先に動かなければならない。
カイウスはエリアーナの背中に向けられた視線を、さらに鋭くした。
彼女の次の行動を、決して見逃さないために。
静かな部屋の中、聖女と騎士は、それぞれの決意を胸に秘め、互いを探り合いながら、見えない糸で結ばれた次の局面へと、静かに備え始めていた。
交わることのない視線が、部屋の重い空気をさらに冷たくしていた。