穢れた祈りの聖女 ~偽りの救世主と蔑まれた私が、滅びゆく王国で唯一真実の奇跡を紡ぐ~ 作:うどん小町
「午後の、予定、ですか……」
エリアーナはカイウスの問いに、少し考え込むように視線をさまよわせた。
けれど、実際に思い浮かべるような特別な予定など、あるはずもなかった。
「いつも通り、です。少し休んでから、午後の祈りを捧げて……あとは、部屋で書物を読むくらいでしょうか」
「書物、ですか」
「はい。古い聖典や、歴史書などを……」
「なるほど。承知いたしました」
カイウスはエリアーナの答えを、手元の小さな手帳に淡々と書き込んでいく。
その仕草の一つ一つが、エリアーナには自分の行動が記録され、管理されていく過程のように思えた。
ペンを止めると、カイウスはエリアーナに向き直った。
「今後のことについて、いくつかお伝えすべき事項がございます」
「……はい」
「まず、聖女様がこの神殿の敷地から外へ出られる際は、必ず私が同行いたします。単独での外出はお控えください」
(やはり……)
予想していたことではあったけれど、改めて言葉にされると胸が詰まる。
「また、聖女様に面会を希望される方がいらした場合、事前に私の方で確認させていただきます。アポイントメントのない突然の来訪者については、原則として取り次ぐことはできません」
それはつまり、わたくしが誰と会い、誰と話すかも、この騎士様に管理されるということ。
「……わかり、ました」
エリアーナは、かろうじてそれだけ答えるのが精一杯だった。
まるで、目に見えない檻に入れられたような気分だった。
この狭い部屋と、あの古い礼拝堂が、わたくしの世界の全てになってしまうのだろうか。
(わたくしは、聖女なのに……)
いや、「偽りの聖女」だから、こうして監視され、行動を制限されるのだ。
自嘲の念がこみ上げてくる。
カイウスは、そんなエリアーナの内心を見透かしているのか、いないのか、あくまで事務的な口調を続けた。
「その他、何かご要望や、警護に関してご懸念の点がございましたら、いつでもお申し付けください。可能な範囲で対応いたします」
「……いいえ、特に、ありません」
要望など、言えるはずもなかった。
言ったところで、聞き入れられるとも思えなかった。
「そうですか。では、私はしばらくの間、この部屋の外で待機しております。何か御用があればお呼びください」
カイウスはそう言って軽く一礼すると、部屋を出て行った。
扉が閉まる音が、やけに大きく響いた。
一人になった部屋で、エリアーナは深いため息をついた。
(これからずっと、こうなのかしら……)
カイウスという騎士は、今のところ威圧的でも、高圧的でもない。
けれど、その常に冷静な観察眼と、職務に徹する姿勢は、エリアーナにとって重い枷のように感じられた。
(逃げ場なんて、どこにもない……)
唯一、心が安らぐのは、祈りを捧げている時だけかもしれない。
そう思った時、壁に掛けられた古い時計が、午後の祈りの時間になったことを告げた。
エリアーナは立ち上がり、再び旧礼拝堂へと向かった。
部屋の外に出ると、カイウスが壁に背を預けて立っていた。
エリアーナに気づくと、彼は無言で歩き出し、エリアーナの少し後ろをついてくる。
旧礼拝堂の扉を開け、中に入る。
相変わらず、そこは静寂に包まれていた。
埃っぽい、神聖さとは少し違う、けれどエリアーナにとっては唯一落ち着ける場所。
エリアーナは祭壇の前に進み、ゆっくりと膝をついた。
後ろには、カイウスが直立不動の姿勢で立っている気配がする。
その視線を感じながら、エリアーナは静かに目を閉じ、祈りの言葉を紡ぎ始めた。
(どうか……この祈りが、誰かの救いになりますように……たとえ、穢れていたとしても……)
監視の目が光る中で捧げられる、孤独な聖女の祈り。
それが、エリアーナとカイウスの、奇妙な関係の始まりだった。