穢れた祈りの聖女 ~偽りの救世主と蔑まれた私が、滅びゆく王国で唯一真実の奇跡を紡ぐ~ 作:うどん小町
古い礼拝堂の静寂の中、エリアーナは意識を集中させていく。
組んだ指先に込める力とは裏腹に、身体からは力が抜けていくような感覚。
それでも、彼女は祈りの言葉を紡ぎ続ける。
(どうか……この国を蝕む災厄が、少しでも和らぎますように……)
(わたくしの力が、たとえ偽りだとしても……)
背後にはカイウスの気配。
常に監視されているという意識が、祈りの集中を妨げそうになる。
けれど、今はそれに構っていられなかった。
祈りが深まるにつれて、エリアーナの周りの空気が、わずかに変化し始めたのをカイウスは感じ取った。
(……ん?)
気のせいではない。
ステンドグラスから差し込む午後の光が、不安定に揺らめいているように見える。
そして、礼拝堂の中を満たしていた穏やかな空気が、ひやりとしたものに変わっていく。
まるで、温度が数度下がったかのような肌寒さ。
カイウスは眉をひそめ、祭壇の前で祈るエリアーナの姿を凝視した。
彼女の表情は、先ほどまでの静かなものから一変し、苦悶の色が濃く浮かんでいた。
額には汗が滲み、組まれた指先は白くなるほど強く握りしめられている。
(これが……『穢れた祈り』と呼ばれるものか)
カイウスは素早く手帳を取り出し、ペンを走らせた。
『祈祷中、周囲の光量変化、体感温度の低下を確認。対象には顕著な苦痛の表情あり』
客観的な事実だけを記録する。
だが、内心では困惑が広がっていた。
(明らかに、通常の祈りではない。何らかの……異常なエネルギーの干渉? まるで……)
まるで、何かを無理やり捻じ曲げているような、そんな不安定さと危うさを感じさせる。
これが、教会が「穢れ」と呼ぶ理由なのかもしれない。
長い、長い時間に感じられた祈りが、ようやく終わりを告げた。
エリアーナは深く息を吐き出すと、ゆっくりと目を開けた。
その顔色は、先ほどよりもさらに悪く、ほとんど血の気が失せているように見えた。
(……終わった……)
エリアーナは安堵と共に、全身を襲う強烈な倦怠感に耐えていた。
まるで、身体中の力を全て吸い取られてしまったかのような感覚。
視界が、少し霞んでいる。
(立たないと……)
カイウスが見ている。
弱っている姿を見せるわけにはいかない。
エリアーナは震える膝に力を込め、ゆっくりと立ち上がろうとした。
しかし、身体は言うことを聞かなかった。
ぐらり、と視界が大きく傾ぎ、膝から力が抜ける。
「あっ……!」
倒れる、と思った瞬間。
「――大丈夫ですか、聖女様!」
鋭い声と共に、エリアーナの腕を強い力が支えた。
驚いて顔を上げると、いつの間にかすぐそばに来ていたカイウスが、心配そうな、それでいて険しい表情でエリアーナを覗き込んでいた。
その距離の近さと、予想外の彼の反応に、エリアーナはただ目を見開くことしかできなかった。
支えられた腕から伝わる、騎士の体温がやけに熱く感じられた。