穢れた祈りの聖女 ~偽りの救世主と蔑まれた私が、滅びゆく王国で唯一真実の奇跡を紡ぐ~ 作:うどん小町
カイウスの腕に支えられたまま、エリアーナは一瞬、思考が停止した。
間近で見る鳶色の瞳は、先ほどよりも強く、何かを探るようにエリアーナを射抜いていた。
「っ……!」
はっとして、エリアーナは慌ててカイウスの手を振りほどき、よろめきながら一歩後ずさった。
触れられた腕が、まだ熱い。
「だ、大丈夫ですから! 少し、立ちくらみがしただけです……!」
早口で言い訳をする。
顔が熱いのは、体調のせいか、それとも動揺のせいか。
カイウスに弱みを見せてしまったことが、ひどく恥ずかしかった。
だが、カイウスはエリアーナの言葉を鵜呑みにする様子はなかった。
彼は支えようとした手をゆっくりと下ろすと、厳しい表情のまま、エリアーナを見据えた。
「……聖女様」
低く、静かな声で、カイウスは言った。
「先ほどの祈り。あれは、貴女に大きな負担を強いているのではありませんか?」
核心を突く問い。
エリアーナは息を呑んだ。
心臓が早鐘のように鳴る。
(気づかれていた……やっぱり……)
どう答えるべきか。
本当のことを言えば、この騎士はどう反応するだろうか。
ますます警戒されるだけかもしれない。
あるいは、教会に報告され、さらに酷い扱いを受けることになるかもしれない。
「……そ、そんなことは……ありません」
声が、わずかに震えた。
「聖女としての、当然の務めを果たしただけです。お気になさらないでください」
精一杯の虚勢だった。
俯いて、カイウスの視線から逃れる。
しばらくの沈黙。
カイウスが何を考えているのか、エリアーナには分からなかった。
ただ、彼の疑念が晴れていないことだけは、痛いほど感じられた。
(この人は……怖い)
ただ命令に従うだけの、無機質な監視役だと思っていた。
けれど、彼は鋭い。
そして、もしかしたら……。
エリアーナが顔を上げられないでいると、やがてカイウスが静かに息を吐く気配がした。
「……そうですか」
彼の声には、それ以上の追及の色はなかった。
けれど、納得したわけではないことも明らかだった。
(聖女の務め、か……)
カイウスは内心でエリアーナの言葉を反芻していた。
あの祈りの後の消耗ぶりは、尋常ではない。
務めのために、あそこまで自身を削ることを、本当に教会は「当然」としているのだろうか。
それとも、この聖女の力が、本人にも制御できないほど危険なものだと知っていて、半ば放置しているのだろうか。
(いずれにせよ、この件は詳細に報告する必要があるな……)
カイウスは自身の職務を再確認した。
だが、報告の後、このか弱い聖女がどうなるのかを考えると、わずかながら胸に引っかかるものを感じずにはいられなかった。
「……部屋へ戻りましょう、聖女様。少しお休みになられた方がよろしいでしょう」
カイウスは努めて事務的な口調で言った。
「……はい」
エリアーナは小さく頷き、カイウスに促されるまま、旧礼拝堂を後にした。
先ほどまでとは違う、重く、気まずい空気が二人の間に流れていた。
互いの腹を探り合うような、それでいて、何か予期せぬものに触れてしまったような、奇妙な緊張感。
私室へ戻る短い廊下が、やけに長く感じられた。