穢れた祈りの聖女 ~偽りの救世主と蔑まれた私が、滅びゆく王国で唯一真実の奇跡を紡ぐ~ 作:うどん小町
私室に戻っても、エリアーナとカイウスの間に漂う気まずい空気は消えなかった。
先ほどの礼拝堂での出来事が、重い沈黙となって二人を包んでいた。
「……聖女様。少しお休みになられた方がよろしいでしょう」
沈黙を破ったのはカイウスだった。
その声は、相変わらず感情を抑えたものだったが、わずかに気遣うような響きを含んでいるようにエリアーナには聞こえた。
「ベッドでお休みください。私は、この部屋の外で待機しておりますので」
「……はい」
エリアーナは小さく頷いた。
正直、身体は限界だった。
今すぐにでも横になりたかった。
カイウスはエリアーナが頷くのを確認すると、軽く一礼し、静かに部屋を出て行った。
扉が閉まり、鍵がかかる音はしなかったけれど、それでもエリアーナは自分が閉じ込められているような感覚を覚えた。
(やっと、一人……)
安堵と共に、どっと疲労が押し寄せる。
エリアーナはふらつく足取りでベッドに向かうと、そのまま倒れ込むように横になった。
硬いマットレスが、今は心地よく感じられる。
(あの騎士様……カイウス様……)
目を閉じると、先ほどのカイウスの顔が思い浮かんだ。
厳しいけれど、どこか心配そうに見えた鳶色の瞳。
そして、核心を突く鋭い問い。
(わたくしのこと、疑っている……ううん、確信しているのかもしれないわ。この祈りが、普通じゃないって)
ただの監視役なら、あんな風に声をかけたり、問い詰めたりする必要はないはずだ。
彼は一体、何を知っていて、何をしようとしているのだろう。
教会の命令で動いているだけ?
それとも、彼自身の考えが何かあるのだろうか。
(分からない……)
考えようとしても、疲労で頭がうまく働かない。
今はただ、身体を休めるしかなかった。
次に祈りを捧げる時のために。
そして、あの騎士様と向き合うために。
エリアーナは重い瞼を閉じ、浅い眠りへと落ちていった。
*
一方、エリアーナの私室の扉の外で、カイウスは壁に背を預け、目を閉じていた。
彼は先ほどの出来事を、冷静に反芻していた。
(旧礼拝堂での祈り……間違いなく異常だ)
光の揺らぎ、空気の変化、そしてエリアーナ自身の苦悶と消耗。
あれは、単なる精神的な集中によるものではない。
何らかの未知の、あるいは禁忌とされる力が働いている証拠だ。
カイウスは懐から手帳を取り出し、先ほどの記録に追記した。
『祈祷後、対象は極度の疲労を見せ、起立困難な状態。体調不良を隠蔽する様子あり。力の代償が大きい可能性、または制御不能な危険性を孕む可能性を考慮すべき』
(報告は必須だ。だが……)
カイウスはペンを止めた。
この事実をありのまま上層部、特に大神官ゼノンに報告すればどうなるか。
エリアーナは「危険な異端」として、今以上に厳しく処罰されるかもしれない。
あるいは、その力を危険視され、秘密裏に「処理」される可能性すら……。
(教会は、この聖女の力をどこまで把握している?)
疑問が頭をもたげる。
もし危険性を知っているなら、なぜ適切な処置――例えば、祈りの禁止や、専門家による調査――を行わないのか。
ただ監視役をつけるだけで、事実上放置しているように見える。
何か意図があるのか? それとも、単なる怠慢か、あるいは……。
(……分からないことが多すぎる)
カイウスは小さく息をついた。
エリアーナ個人に対するわずかな同情心と、騎士としての職務の間で、彼の心は揺れ始めていた。
だが、今は感傷に浸っている場合ではない。
(まずは情報を集める。侍女や、この旧礼拝堂の管理に関わる者……エルダー司祭という老人がいたな。彼にも話を聞いてみる価値があるかもしれん)
カイウスは思考を切り替え、具体的な行動計画を練り始めた。
神殿内の見取り図を再確認し、関係者の動向を探る。
エリアーナ・ランスターという「偽りの聖女」の監視は、単なる見張り任務では終わらない。
もっと深く、複雑な何かが隠されている。
カイウスは、そう確信し始めていた。