穢れた祈りの聖女 ~偽りの救世主と蔑まれた私が、滅びゆく王国で唯一真実の奇跡を紡ぐ~ 作:うどん小町
エリアーナの私室の扉の前。カイウスは壁に背を預け、静かに思考を巡らせていた。
先ほどの祈りの光景が、まだ瞼の裏に焼き付いている。
あの異常な現象と、エリアーナの苦悶に満ちた表情、そして祈りの後の極度の消耗。
報告は必須だ。だが、その前に、もう少し情報が必要だった。
(客観的な証言が欲しい。彼女の侍女なら、普段の様子を……)
そう考えていた矢先、一人の若い侍女が、掃除用具と思われる籠を手に廊下の向こうからやってきた。
エリアーナの部屋を担当している侍女の一人だろう。
カイウスは壁から背を離し、侍女の前に進み出た。
「少し、よろしいだろうか」
突然、騎士に声をかけられ、侍女は「ひっ」と小さな悲鳴を上げて後ずさった。
その目は怯えと警戒心に彩られている。
(……なるほど。俺がここにいることは、既に知れ渡っているか)
おそらく、エリアーナ付きとなった監視役の騎士として認識されているのだろう。
そして、教会の上層部、あるいは大神官ゼノンの息がかかった存在だと見られているのかもしれない。
カイウスはできるだけ威圧感を与えないように、穏やかな口調を心がけた。
「案ずることはない。少し、聖女様のことで尋ねたいことがあるだけだ」
「は、はひ……な、なんでしょうか……騎士様」
侍女の声は震えていた。
「聖女エリアーナ様のご様子についてだ。普段、部屋ではどのように過ごされている?」
「は……えっと、いつもお静かに……書物を読まれたり、祈りを捧げておられたり……」
当たり障りのない答え。想定通りだ。
「そうか。……健康状態についてはどうだ? 食事はきちんと摂られているか? 顔色が悪かったり、どこか具合が悪そうな様子を見せることは?」
カイウスは核心に少し近づけてみる。
特に、祈りの後について聞きたかった。
侍女の目が、さらに怯えたように揺らいだ。
視線が左右に泳ぎ、言葉を探しているのが見て取れる。
「さ、さあ……わたくしのような者には……。ですが、特に何か問題があるとは……。お食事も、量は少ないですが、召し上がってはおられますし……」
明らかに何かを隠している。
あるいは、話すことを恐れている。
カイウスは、侍女の態度からそれを確信した。
(口止めされているのか、それとも……自衛か)
この神殿内では、エリアーナに関わること自体が、ある種のリスクなのかもしれない。
「偽りの聖女」に関わる者として、あらぬ疑いをかけられることを恐れているのだろう。
(教会の情報統制は徹底している、ということか。あるいは、下々の者にとっては、関わり合いになること自体が恐怖なのだな)
カイウスは内心で舌打ちした。
これでは、まともな情報は引き出せそうにない。
「……そうか。分かった。下がってよい」
カイウスがそう言うと、侍女は安堵の表情を浮かべ、慌てて一礼すると、籠を抱え直して逃げるようにその場を去っていった。
(やはり、直接本人から聞き出すか、あるいは……別の情報源を探すしかないか)
カイウスが再び思考に沈もうとした、その時だった。
カタン、と。
閉ざされたエリアーナの私室の扉の向こうから、小さな物音が聞こえた。
ベッドから起き上がる音だろうか。
(……目覚めたか)
カイウスは侍女への意識を完全に切り替え、再び扉に神経を集中させた。
休息は十分だっただろうか。
そして、目覚めた彼女は、次にどのような行動をとるのだろうか。
騎士の監視は、まだ始まったばかりだった。