インフィニット・ストラトス 平和を求める者 作:ディニクティス提督(旧紅椿の芽)
「お、おい…………なんなんだよ、あれは…………禍々しすぎるぞ…………」
「…………なんだろう、恐い。こっちまで身震いしてきた…………」
「電が見てないだけよかったな…………」
ピットに流れる映像を見たマドカと簪は、そう言葉を出すしかなかった。モニターに映るのは赤黒いインサニティ粒子を放出するナーガの姿。その色はあまりにも攻撃的すぎて、禍々しさや凶暴性を直感的に人の思考に訴えてくる。
電は先ほどの件で泣きつかれてしまったのか、マドカの胸の中で寝ている。もし、この映像を見てしまっていたらどうなっていたのだろうか。恐らく、恐怖でビビる事であろう。
「
一夏には一つだけ心当たりがあった。それは、彼も引き起こしたことのある事象、
『な、なぁ、今俺に何が起きたんだ? 突然、翡翠色の粒子が何時もより多く噴出したと思ったら、機動が激しくなったんだけど…………』
『恐らく、限界負荷起動だろう』
『限界負荷起動…………? なんだそれ?』
『俺の機体をはじめとするRATX3ナンバー以降の専用機体に仕組まれたシステムだ。たとえ中破に近いダメージでも蓄積したインサニティ粒子の放出により再起動できる。ある一定の条件さえクリアすれば何時でも起動可能らしいが…………』
『本当に最後の切り札みたいなもんだな…………』
『あ、IP兵器ならある程度攻撃強化とかあるみたいだぞ』
『チートじゃねえかよ…………』
『
「悠助…………今のお前の感情、俺にもわかるぞ…………でも、殺すなよ…………お前はもうーー」
一夏はその続きを言おうとして、言葉を飲み込んだ。この言葉はまだ彼が望んでいない。言ったら言ったでぶちのめされる未来が見えたから。
「ふ、ふん! ちょっと様子が変わったからって調子づくなよ!」
一方アリーナでも、困惑が起きていた。赤黒い粒子が噴き出し、悠助の纏う空気も変わったからだ。さっきまでの冷静さは何処かへ消え、代わりに撒き散らされているのは、殺意。他者を排除しようとする者が抱く、プリミティブな衝動。それも、普通じゃない。戦場という戦場を渡り歩いてきた悠助が放つ殺気は、アリーナのシールドバリア越しでも伝わり、中には泣き出しそうな生徒もいる(山田先生は既に泣いている)。
それをまともに浴びせられている春介は雪片を構え、悠助を正面に捉える。どんな状況におかれようが、自分は天才である、そう思っている彼には、負けるビジョンが浮かんでいなかった。雪片の零落白夜を浴びせて試合終了、そして勝つ、そうとしか思っておらず、
その上先の戦闘では射撃しかしてなかったため、弾丸を躱せばもんだいないだろうと少し油断していた。
「…………黙れ」
だからこそ、反応が遅れてしまった。次春介が気づいた時には、自身の身体が宙を舞い、仰向けになっている事を認識せざるを得なかった。何が起きたかわかっていない春介は、白式の方へ目をやる。すると、胸部の装甲が亀裂や損傷を引き起こしており、一部は完全に吹き飛んでいる。
「い、一体何をした⁉」
「…………こいつで殴っただけだ」
悠助が両手に装備しているのは、いつものような重火器ではない。それは手甲のように装備された、凶悪な風貌の近接武装。
その名を、バスターナックルという。
本来マニピュレーター部を保護する目的のナックルガードに取り付けられたのは、高硬度の金属、アダマチウムで作られた二本のツメ。ギャグ補正や、障害物除去等でしか使わない武装であるが、破壊力は十二分にある。
そして何よりナーガは限界負荷起動状態。勿論出力も何もかもがオーバークラス。加えて、悠助が怒り状態である。
「…………てめえは許せそうにねえ。だから、せめて俺の手で」
龍には逆鱗と呼ばれるものがある。龍はそこを触られる事を心底嫌うらしい。だが、もし逆鱗に触れられてしまったとき、龍はどうするか?
「沈め」
簡単だ。ふれた者を食い殺す、怒りに強靭なその身を任せて。
悠助はスラスターを全て点火した。その爆発的な加速に春介は反応できていない。
「がぁっ…………!」
なんとかかろうじて避ける事ができたものの、右肩の装甲を抉られ、その衝撃を完全には殺せず、吹き飛ばされる。身体が千切れそうな痛みに顔を苦悶に歪めるが、彼の天才としてのプライドが今の状況を認めたくなかった。
「勝手に人を見下すのはお前の勝手だろうがよ…………人には言っていい事と、悪い事があるのをてめえは知らねえのかよ!」
「あぐぁっ⁉」
再び正面から突っ込んできた悠助を今度こそ斬ってやろうかと雪片を振るうが、バスターナックルで受け止められ、顔面に拳を叩き込まれた。絶対防御が発動したおかげで、怪我などはないものの、その衝撃は計り知れない。一瞬、春介は意識を手放しそうになったが、直ぐに持ち直した。
「くそっ! あいつはどこにーー」
「お前の後ろだ」
「ぐえっ⁉」
しかし、既に悠助は春介の背後にまわっており、首のあたりにある装甲を掴まれ、首が締まった。
「く、くそっ! 離せ!」
じたばたと必死にもがくも、逆鱗に触れられた龍が許すはずもない。バスターナックルをスロット操作で格納した悠助は、腰からある武装を取り出した。
ー
ナーガに搭載されている緊急展開可能近接兵装。視線スロット操作も要らず、腰のカバーを開放する事で取り出しが可能な武装だ。元はただの超硬度ナイフだったが、ナーガの改装を受けた際に改良され、対レーザーコーティングが刀身に施されている。
悠助は首を掴んでない左手で対装甲ナイフを逆手で持ち、自身の頭より高く振り上げた。
「地に落ちろ」
その言葉と共にナイフは振り下ろされ、白式のウィングスラスターに一筋の罅を入れた。春介はシールドエネルギーも大して減少してないところをデータ上で確認し、まだ余裕がある、あの攻撃はハッタリだ、と自己完結してしまった。
一方悠助は、ナイフを尽きたてたまま左手を離し、ウィングスラスターを新たに掴んだ。そして、強引に圧力をかけた。何やらなってはいけない金属音がしたかと思った瞬間、ウィングスラスターが千切られ、片翼を失った白式は地面へと急降下していく。
「くっ! いう事を聞けよ!」
悠助は落下する春介の首を再び掴み、同時に急降下するが、いかんせんナーガの方が速い。落下速度を上乗せされた春介は地面へと思いっきり叩きつけられた。
「がはっ! あ、あいつめ…………どこに行った⁉」
毒づく春介に入ってくるのは上方警戒の文字。それにつられて視線を上に向けると、ナイフを振り上げて飛び込んでくる悠助の姿が。
(ふっ、バカめ! こっちには切り札があるんだ。粋がるのもそこまでだ!)
これを好機と思った春介は零落白夜を起動、雪片からレーザーの刀身をだす。そして、落ちてくるナーガ目掛けてその切っ先を向けた。勝利は決まった、誰もがそう思った。
「ぬるい」
だが、悠助が構えてるのは対レーザーコーティングのナイフ。零落白夜発動時の刀身はレーザーでできている。振り下ろされたナイフは零落白夜の刀身を斬り裂き、雪片を砕いた。
(う、うそ、だろ…………零落白夜が効かないなんて…………)
自分の顔面に振り下ろされるナイフが酷く遅く見える。なんの一手も与える事ができず、彼の顔面にはその刃が突きたてられた。絶対防御が発動するも、激しい衝撃が伝えられた。
だが、僅かにシールドエネルギーが残ってしまった。
「少し残ったか」
脚部ホライゾナル・スラスターの加速が付加された蹴りを横腹に喰らい、壁際まで吹き飛ばされる春介。それがトドメとなり、白式のエネルギーは枯渇、彼自身も意識を手放した。
「これが、俺の仲間を傷付けた報いだ。次同じ事をしたら…………命の保証はない」
そう言って、悠助はアリーナを後にした。赤黒いインサニティ粒子の放出はいつの間にか治まっていた。
「ナーガ、帰還する」
俺はあの天才君(笑)にちょっと痛い御仕置きをぶちかましてきたあと、ピットに帰還した。無意識の内に限界負荷起動をしていたようだが、まぁ問題はないだろう。
だが、驚いた。まさかISのパーツを引きちぎる程のパワーがあるとはな…………。
「お疲れ。春介はどうした?」
「あ? アリーナの底に沈めてきたが?」
「…………容赦ねえ。まぁ、あいつが蒔いた種だからな。同情しない」
一夏も何やらイラっときたようで、実の弟を見限った模様。まぁ、禁句を言いやがったからな、あいつ…………俺たちにとって仲間は家族同然のようなもんだし、からかわれたら、その分報復もする。
「ところでさ…………電は大丈夫なのか? 悲痛な声が聞こえてきたが…………」
「さっき自室の方に寝かせてきたから、なんとかってところか…………もう、
マドカがそう答えてくれた。はぁ…………こいつは重症だな。あの野郎…………一回殺した方がいいんじゃないか?
それよりもあいつを一人きりにするのはダメだからな…………俺も戻るか。
「すまない。一夏、俺は代表を辞退するってちーちゃんに伝えててくれないか? ちょっと電のところに行ってくる」
「はいよ、わかった。ただ、俺らも辞退していいか?」
「いいんじゃねえの? ただ時間あるからお前とマドカで模擬戦したら?」
「いいのか? 私としては嬉しいが」
「ただ、ちーちゃんに許可とっとけよ。じゃ、また後でな」
そう言ってピットを後にした。アリーナから退去した俺は、ナーガを再展開、B型ユニットを装備し、ある場所へ向かった。見舞いの品の一つや二つくらい買いに行っても構わんだろう?
「オヤジ、小倉あん、一つくれ」
ちょっと用事を済ませてきた俺は自室の方に戻っていた。ベッドでは電が眠っている。何事もなかったような安らかな表情だ。…………死んでいないよな? 凄い不安になるんだが…………。
「…………ふわぁ…………」
暫くして電が目を覚ました。だが、その表情はさっきとは打って変わって少し虚ろげだ。
「起きたか? 気分はどうだ?」
「悠助さん…………はい、普通通りですよ…………」
普通通りとは言っているものの、俺にはそうは見えない。今の彼女は、少し触れてしまえば儚く散ってしまいそうな、そんな感じがする。
「…………悠助さん」
「なんだ?」
「…………電は…………電は要らない子なのでしょうか?」
「…………何故そう思うんだ?」
「…………電は、おっちょこちょいで、いつもドジばかりしてますし」
「…………」
「…………戦う事は、自分が人を傷つけるのが嫌だからって、逃げてるだけだし」
「…………」
「…………気も弱いし、泣き虫だし…………こんな自分に取り柄なんてあるんでしょうか?」
「…………」
電はシーツを握り締めて、言葉を紡いでいる。だが、その言葉を俺は聞いている事ができない。あまりにも悲しすぎるから。
「ですよね…………電は何をやってもダメですから、クズなんて言われても仕方ないですよね…………」
そんな事を言う彼女の
目は今にも泣き出しそうで
肩は震えていて
姿は今にも消えてしまいそうで
俺はいつの間にか、彼女を胸に優しく抱いていた。
「ゆう、すけ…………さん…………?」
「勝手な事言ってんじゃねえよ…………誰が要らない子だって? そんな奴、いるわけねえだろ!」
そんな俺の態度とは裏腹に粗雑な言葉遣いしかできない。
「お前は俺たちの仲間だろ? 誰かに必要とされた事だってあるだろ? その時点で要らない子なんかじゃない。それに、飯作るのだって上手いだろ? 取り柄あるじゃんか、ほら」
自分では気付けてない、自覚していない面は、他人が一番よく知っている。何時も何気なく飯を作ってくれていた電だが、無人島での生活ではこいつと一夏しか飯を作れなかった。しかも、一夏は訓練しかしてないから、実質一人でやっていたんだ。取り柄というか、才能だろ、もう。
「こっちじゃ戦いってのは、演習みたいなもの。誰も傷つかねえよ。まぁ、苦手なら苦手でもいいさ、これくらい。苦手のない完全な人間はそうそういないからさ」
実際、希代の天才である博士も料理は無理。目玉焼きを
それにさ、戦闘が得意ってのはあまりいいものではないからな。それでしか生きていけなくなる可能性もあるしよ。
「だから、電がクズじゃないってことは、俺が保証する。それと、今泣いていいぞ。辛いんなら、中身全て吐き出しちまえよ」
「ゆうすけさぁ〜ん…………うえぇぇぇ…………うえぇぇぇぇぇぇん…………」
おそらく溜め込んでいた辛さを一気に吐き出したいんだろう。電の涙は止まらない。俺の胸の中で泣きじゃくる彼女の頭を優しく撫でてあげることしかできない、俺はなんだか不甲斐なく思えてしまった。
暫くして電は泣き止んだ。おそらく溜め込んでいた辛さを全てーーとはいかないが、ある程度は出せたんだろうな。
「気は済んだか?」
「はい…………ごめんなさいなのです」
「謝らなくてもいいんだが。ま、それがお前らしいか。ほらよ、受け取れ」
俺はそう言って一つの紙袋を電に手渡す。中身は電があの日以来大好物になった、たい焼き。まぁ、甘いものでも食って元気だしてくれたらいいんだがな。
そういえばさっきから射撃音がすげえ聞こえるな。どうやらマジで一夏とマドカが模擬戦やってるようだな。どれ、少し行ってみるか。
「電、後で戻ってくるからもう少し休んでろよ。俺、ちょっと模擬戦見てくる」
俺は移動を開始、アリーナへと向かった。さて、あいつらはどんな試合をやっているんだ?
「全ビット、展開!」
「切り刻め、ビット」
「今日こそ勝たせてもらうぞ兄さん!」
「いいや、勝つのは俺の方だ!」
「そうは勝たせんぞ!」
「それはこっちの台詞だ!」
「「うおぉぉぉぉぉぉぉっ‼」」
その頃アリーナでは、これ本当に模擬戦なのか?と疑うレベルの試合が行われていたという。
C.Aさんのコメント
「ええ、よく覚えていますわ。私よりも多い自立兵器を操作しつつ、高機動運動を取るなど、素晴らしいですわ‼」
H.Sさんのコメント
「あり得るものか! 春介が負ける事などあるはずない! そうだイカサマだ、きっとそうに違いない! 落伍者なんだ、それくらいするに決まっている!」
「今帰ったぞ」
と言ってもさっきばかりだが。そんで結局今回も引き分けになった。まぁ、あいつらの能力だからな、タッグを組ませたら最強であるだろう。さて、肝心の電だが
「…………すぅ…………すぅ…………」
寝ていた。今度は気持ち良さそうに、ちょっと笑顔で眠っている。良かったぜ。
(それにしても、いい寝顔だな…………)
この寝顔のような、何もない平和な時間を過ごす、その笑顔を絶対に守りたい、この時そう思った。