数多の物には必ず始まりと終わりがある。
人や動物、植物、物体、時間、そして大地にさえも、終わりはある。この世にある者は必ず終わりを迎えるのだ。
私は一度、すべてが終わるところを目にした。世界を照らしていた炎が消え、やがてすべてが暗闇に包まれる。その場にいた私ともう一人が闇に包まれとけていく感覚。それが、すべてが終わる時に私が体験したことだった。
だが終わりがあるのであれば、始まりもあるのだ。
私は偶然にもその瞬間を目にすることになった。
戦場の中心に立ち、「文明」を存続した二人の男女。
目覚めたばかりであり、戦場でただ剣を振るっていただけのその時の私は理解することはなかったが、今思い返せば、その時が始まりだったのだろう。
戦いが終わり「文明」を継承した彼女、テレジアは、彼女に賛同する人々を連れて、バベルを打ち立てた。
私はテレジアに誘われる形でその組織に加入することとなり、それから長い間彼女とともにその組織で過ごすことになったのだ。
だが物事には必ず終わりがある。たとえ終わりを望んでいないとしても。
バベルの終わりまでの長いようで短い道のり。それを忘れてしまわないよう、ここに書き残しておこうと思う。
♢
あらゆる物資、情報、人が行きかう、スカーモール。
所狭しと店が並び、その建物の間を人々が行きかうその場所を、私とテレジアは歩いていた。
「...スカーアイ。奴は本当にうなずくと思うか、テレジア。奴が望むであろう大金など、我々にそのような余裕はないというのに」
いつからつけていたかわからない、炎に焼かれ、黒くねじ曲がった鎧を身につけているためかくぐもったように聞こえる声で、私はテレジアに尋ねた。
私たちは今、スカーモールの元締めであるスカーアイという人物に会い、協力を仰ぐためにここまで来たのだ。
今、この大地では度重なる戦乱が続いている。直近のものでいえばリターニアとガリアの間で行われている戦争だ。またこの争いを好機とみてガリアに攻め込まんとしている国もあるとうわさで耳にした。
そのような戦争が何度も起こっているのがこの大地である。
だがテレジアが導かんとしているカズデルは度重なる争いで疲弊しきり、ようやく国家としてまともに見えるようになってきたような状態であり、今争っている国々の矛先が一つでもこちらに向けば危険だ。
故に私達はカズデルの中でも特に力を持つスカーアイに協力を頼むべくここまで来たのだ。
だが奴は依頼に見合う報酬がなければ動かない人物だと聞く。私もテレジアもそのようなものは持ち合わせていない。
そのことをテレジアに問うと、彼女は微笑を崩さぬまま言った。
「彼は断らないわ。彼の望んでいるものは、戦争が起こってこそ現れる物。だからきっと、私たちが力を持つことに対する協力を惜しむことはない」
「...戦争によっておこる混乱を望む、か。傭兵家業を続けるものらしい。...だが君はそれを望むのか?」
歩みを止めず、私は彼女に問いかける。
「君の望みはサルカズたちが自立することができるような国を作ることだ。確かにこの道は希望に向かって歩む道かもしれないが、同時に絶望に進み続けている。一つかじ取りを間違えれば君の望みはすべて消え去ることになる。...その覚悟はあるのか」
かつて私は何度も見た。絶望し、打ちひしがれ、死んでいく人々の姿を。彼らは皆、苦しんで死んでいった。
私はそんな風に死ぬテレジアを見たくはなかった。故に彼女にそう問いかけた。
だが彼女はそんな私に畏怖する様子もなく言った。
「わかっているわ。この王冠を継承してから、それはずっと私の上にある重みだもの。だから大丈夫」
それに、とテレジアは言葉を切り、私のほうを見る。
「それに、私が間違えそうになっても、あなたがいれば止めてくれるでしょう? だってあなたは、ずっと私のそばにいてくれているもの。私が間違えないように」
「...頼ってくれるなよ、私はむしろ、その重さに負けた人々を見送ってきた人間だ」
「いいえ、信じているわ。あなたならきっとできるって」
そう言い切るテレジアに私は思わずため息をつく。
そんな風に話していると、会談相手がいるであろう建物が見えてくる。
「じゃあ、ここで待っていて。きっとすぐに終わるから」
「期待しておこう」
そういってテレジアはその建物へ去っていった。
さて、彼女が話している間、私は待つことしかできない。
剣の手入れでもしておくか、としまっていた剣を取り出す。
しばらく研いでいると、あたりが少し騒がしくなってきているように感じた。
ふと顔を上げると、こちらに向かってくる傭兵が見えた。
傭兵は私の前に立つと言った。
「お前か、テレジア様と来てるっていう騎士とかいうのは」
「ああ、そうだろう。彼女に用があるなら、お前たちのボスとの会談が終わってからのほうがいいのでは?」
だがその傭兵は馬鹿にしたように笑うと、私に彼の獲物であろう大剣を向けていった。
「用があるのはお前のほうだ、鎧野郎。お前に決闘を申し込む」
「...テレシス殿にその噂を聞いてはいたが、まさか本当に来るとは。彼にだけ来るものだとばかり」
「今まであの人が来たときはあの人だけだった、なぜならあの人は強いからな、護衛なんているわけがない。俺がかなうわけもないからあきらめてたんだよ。だがなぁ...今回はなんでか知らんが護衛がいて、あの人たちよりも弱そうなやつときた。なら挑まない理由にはならないよなぁ?」
思っていたよりも下賤な理由に思わずため息をつく。
彼に聞いていた決闘というやつよりもずいぶん理由が違うようだ。
「...一応聞いておこう、私に挑む理由は何だ」
「ああ? そりゃあもちろん出世だろうさ! お前を負かせばテレシス様に取り立ててもらえるかもしれないからなぁ!」
そういって彼がいきなり片手で大剣を振り下ろす。
サルカズの傭兵らしく、体格と力にものを言わせた振り下ろしだ。おそらく鉄さえも切り落としてしまうだろう。
だが、私にとってそれは隙だらけの一撃でしかない。
懐から小盾を取り出し、その一撃に合わせて盾をふるう。
「がっ!?」
「甘い」
その力任せの一撃をはじかれたからか、彼の懐はすきをさらすことになる。
「テレシス殿には殺すなと言われている。...少し寝ていたまえ」
剣をその懐に突き刺す代わりに拳をねじ込んでやれば、彼はその一撃で昏倒してしまった。
やはり体格というのは強みだが、それに甘え技量をおろそかにしてしまえば自然と付け入られる隙ができるということだろう。
「まだ来るものは」
できれば来てほしくないと思いつつも辺りを見回してやれば、誰も襲い掛かってくる様子はない。
おそらくこの若者が功を焦って襲ってきただけなのだろう。
少し安心しつつ溜息を吐くと、後ろから笑い声が聞こえてくる。
「さすがは先代魔王の戦いに加わって武功を立てただけはあるな。...どうだ、うちに来ないか? 報酬は高くしといてやるぞ?」
「...その商魂はさすがといったところか、スカーアイ。...残念だが、私は金では動かんよ」
「そりゃ残念だ」
そう言って笑うスカーアイの隣にいるテレジアを見れば、彼女は成功したという意図を伝えるためかうなずいた。