バベルの設立メンバーの一人であるケルシーと私の出会いは、あまり良いものとは言えなかった。
顔を合わせて以来、彼女は私のことをずっと警戒しているように感じていた。
当然だろう、この世界での私という人間の記録は、テレジアとあの戦いで出会ってからのものだけだ。あの戦い以前、私という人間は文字通りこの台地には存在していなかったのだから。
ある晩、テレジアが彼女の理想を作り上げるために東奔西走しているとき、彼女は私を呼び出した。
その時私には私にしかこなすことができないであろう任務もなく、偶然にも暇であったため彼女の呼び出しに応じた。
彼女の私室_もっとも彼女の几帳面な性格によって仕事をするためだけの部屋のようになっているが_を私は訪れ、扉を開けようとしたその時だった。
私の体は彼女の部屋の中から飛び出してきた怪物によって拘束され、そのまま部屋に引きずり込まれたのだ。
「そのまま拘束しろ、Mon3tr」
どうやら私を拘束している怪物は彼女のものらしい。
彼女は開かれていた扉を閉じると、拘束され地面に転がされている状態となっている私に向かっていった。
「お前は何者だ、コードネーム"Grey"」
「...どういう意味かな、ケルシー。私をこのように拘束するいわれはないと思うのだが」
「意味ならある。お前の過去についてだ」
彼女は私のすぐ横に薄っぺらな書類を落とすと、続けていった。
「お前の過去の記録を洗った。私がある程度自由に使うことができる情報網はこの大地のあらゆるところにある。バベルの関係者からテレジアさえ知らない人物まで様々だ。
だが彼らにあの戦い以前のお前の記録を聞いても、誰もそれをこたえることはできなかった。...あらゆる人々は常に痕跡を残し続ける。必ずどこかにその痕跡は落ちているものだ。だがお前にはそれがなかった。痕跡をたどることすらできなかったのは、お前が初めてだ。...答えろ、お前は何者で、何を狙っている」
なるほど、彼女の言うことにも一理ある。人は必ず痕跡を残す、まるで灰の上に足跡を残していくかのように、どこかにその人の人生の記録は残されるものだ。それがない私を彼女が疑うのも当然だろう。
「...なるほど。その通りだ。では私はこれから私の過去を話そう、今から語るものはすべて事実であると誓う。であるからして...君はできればこの荒唐無稽な話を信じてくれると助かる」
そうして私は過去を語った。
不死院から始まり、一度目の火継ぎまでの顛末、呼び起され、王たちのソウルを集め、そして最後に世界の中心であった炎を消した、彼女にとってはおとぎ話だと言われれば信じてしまうような話を。
「...私はそこで終わりを見た。そして再び目覚めたとき、私はあの線上で始まりを見たのだ。私がここにいるのは、ただあそこで始まったこの物語を、最後まで見てみたいという単純な考えからだ。君が考えているようなことを起こすつもりはない」
「...その話を信じろと? 君の話は全く信頼性のないものだ。君をこうして疑っている今、私としてはそのような根拠のない、まるで物語を読んでいるかのような話をされても馬鹿馬鹿しいと思うことしかできない」
「...そうか。君のことだ、証拠を見せれば信じてくれるだろうか」
私はMon3trによって拘束されている片腕を無理やり動かし、その拘束を一瞬の間に振りほどく。そしてそこで生まれた一瞬の隙を使い、腰に帯びた剣で、自らの首を刎ねた。
最後に見えたのは、ケルシーの驚く表情だった。
♢
その騎士は、最後まで笑っているように感じた。
あまりに一瞬の出来事だった。彼はMon3trの触腕を用いた拘束を振りほどき、懐の剣を引き抜いたかと思えば、その剣で自らの首を刎ねてみせたのだ。
自殺したということは、やはりどこかの国家の密偵だったのだろうか。そうであれば死ぬことに臆さなかったのも納得がいく話ではある。だがどうも...その死の直前に話していたあのおとぎ話のようなそれ...不死であるという彼が経験したその荒唐無稽な話が、妙に引っかかる。
「...考えても仕方ない、か。Mon3tr」
私がそれにそう命じれば、それはわかっていたかのように部屋の内科の遺体を処理するために動き始める。
だが、その時だった。
火が起こったのだ。
彼の死体を中心として赤い、しかしどこか暗みを帯びた炎が巻き上がる。
それが一瞬の地に収まったかと思えば、そこには先ほど死んだはずの騎士の姿があった。
騎士は自らの体の調子を確かめるかのように手を動かし、そして言った。
「理解してくれたかな、ケルシー」
♢
不死であるということ。これは私の先ほどの話を信じるうえで最も重要な前提条件だろう。そしてあの拘束されている状況で見せるには最も手っ取り早い方法でもあった。
少々痛みは伴うが...まあ、仕方のないことだろう。
「私は不死だ。これはつまり、先ほど私が語った話の証拠にもなる、と思うのだが、どうかな」
「...信じられない、と言いたいところだが。確かに目の前でよみがえったという事実を合わせ、先ほど君が話していたことを考えれば...信じるほかない、というところだろう。...だがなおさら疑問だ、なぜ君はこのカスデルにとどまる? それほどの力と君が戦場で見せていた技量があれば、他国に移ることはたやすいだろう」
「...先ほども言ったように、テレジアが始めたそれを最後まで見届けたいということが一つ。それから...希望に向けて歩んでいくその姿が、まぶしかったから、なのかもしれない」
戦場の中心で「文明」を手にしたあの二人の姿は、かつて私がいた世界では久しく見ていなかったものだった。絶望の中で、だがしかしまだあがこうとする人々。そんな彼らが、唯一の希望を手に入れたかのような。そういったものに私は存外弱かったのかもしれない。
「...だがその希望が摘み取られ、何もかもを失った友人が、私には多くいた。...彼女には、そうはなってほしくないというわずかばかりの願いが、今の私を動かしているんだ」
「...そうか」
ケルシーはただ一言そういうと、部屋から去って行ってしまった。
彼女は私を認めた、ということでいいのだろうか。人間関係とはなかなか難しいものだと、私は思った。