◆一「魔王」
魔物トロントは、その肉体に"魔王"という神格を宿した。
即ち、私はこの魔王を倒さないといけないわけだ。
この辺りでは、魔王とはそれなりに知れた存在だ。
それはお伽噺だったり、歴史の話だったり、まぁ色々だ。
ただしその関係で尾ひれはひれがついて回るのが常で、正確な情報はほとんど伝わっていない。
国どころか、同じ都市内でも魔王観がよく矛盾するといえば、この概念の面倒くささがわかるだろうか。
だから、正確な名前も誰も知らない。
私の知る限り、正確と思われる魔王の情報は以下の通り。
かつて大陸半島で台頭した怪物達の長。
一時は人類陣営を追い詰め、一帯の征服を目前にするほどの成功を収めた。
だがある時を境に"勇者"が台頭し、最終的に勇者に倒される。
これが魔王についての情報だね。
その力は神々に比類するものだとかで、当時の最強の聖騎士すら成すすべなく魔王に敗れたとか。
それどころか大陸半島土着の竜も、魔王には勝てなかったとか。
まぁとにかくとんでもない力の持ち主であることも伝わっている。
一度はその力を間近で見たからわかる。
魔王は、工夫なしで勝てる相手じゃない。
赤字覚悟で「時空の鐘」を食らわせても、きちんと殺しきれるかどうかわからない。
むしろ、尻尾をまいて逃げちまった方が利口かもしれないね。
でも、魔王についてのエピソードはまだある。
奴は、人類に対して憎悪を覚えているらしい。
例えば「闘技と娯楽の街」のような人類の街があると、破壊したくてしたくてたまらないだとか。
実に気に食わない。
◆二「人生の師匠」
たまには私についても綴ろうか。
私はかつて「闘技と娯楽の街」のスラムにいた。
あそこじゃよくある話だね。
普通なら明るい人生なんて歩めるもんじゃない。
だけど、私は幸運だった。
セルキオという男がいる。
妖精族の男で、盗みとギャンブルを生業としている。
その日も賭博のための金を稼ぐため、盗みを働いていた。
だけどその時は……確か、スラムの迷宮に惑わされていたのだったねぇ。
当時のセルキオは、街の住民としては新参者だから街の構造に慣れていなかった。
だから、たまたま近くにいた私が案内してあげたのさ。
その結果、セルキオは盗みに成功。
見事大金を得た。
私も分け前として銀貨を貰ったもんだよ。
あのおっさんとは、それからの付き合いだ。
盗みと酒とギャンブルを教えてくれた、人生の師匠だよ。
◆三「天国への扉亭」
セルキオから貰った銀貨で、私は闘技の賭博に臨んだ。
おっさんからの手解きで、人生初のギャンブルに挑んだんだ。
思えば、結構馬鹿なことをしたものだよ。
でも、馬鹿な夢を見た甲斐はあった。
人生初のギャンブルで、私は大勝ちした。
いやぁあれは街が傾くレベルのとんでもない奇跡が起きてねぇ。
その奇跡に、私は立ち会った。
ギャンブルが人を救うその瞬間を、特等席で見ることができた。
正直なところ、あの景色をもう一度見たくて、今でもギャンブルを続けているところがある。
さて。
人生を大きく変えるほどの大金を得た直後は、あまりにも怖くてできるだけ早く金を崩したいと考えていた。
後ろ盾のない小娘が大金を持っていれば、街中から狙われるのは必定。
金にがめついセルキオも、この時ばかりはかなり真剣だったことを覚えている。
というわけで、セルキオの紹介で「天国への扉亭」という酒場に立ち寄った。
この「天国への扉亭」は、竜人族の店主"タリア"が経営する酒場だ。
祭りのように人が行き交う大通りの影に隠れる、空気が淀んだ盗賊街の路地裏に建っている。
普段はその名の通り酒場として盗賊達の憩いの場として機能している。
セルキオも知り合いの盗賊からの紹介で出入りするようになって、だから当時の私にも同じことができたようだ。
今となっては、私もよくここでお酒を飲んでいるよ。
だが一方で、その本質は"本物"の商品が並ぶ取引会場だ。
それは王が欲しがるような権能を持つ遺物であったり、特別な力を宿す武器であったり、瓶一つで国が傾くほどの効能を持つ薬であったり。
こういった商品と引き換えに、大勝ちして得た大金を崩す。
それが当時の目的だった。
タリアは、魔導書を勧めてくれたね。
火属性のものや雷属性の魔法を扱えるようになる魔導書が並んでいたが、最終的に闇属性の魔導書を選んだ。
私が「闇の魔剣」や「闇の塔」を扱えるのは、この魔導書のおかげ。
大金と引き換えにするだけのものを、タリアと魔導書はあつらえてくれたのさ。
え、なんで闇属性を選んだかって?
だってかっこいいんだもん、闇属性。
◆四「秘密の通路」
村の下には、谷が広がっている。
谷には人の手が入っている。
教会から隠れ潜んで土地神を信仰していた村によるものだろう。
もしかしたら村人達のための、秘密の通路としても利用されていたかもね。
であれば、村に戻るための道もある。
道中では魔物の残党がいたりしたものだから、それなりにはきつかった。
少年も、儀式のせいで衰弱した妹を背負うだけで精いっぱいだ。
休憩も挟んだこともあり、時間はかかった。
だけどその辺りのことは省略して、無事に村まで戻れたところまで話を進めよう。
谷から至れたのは、村長の家の地下室だ。
どうやら、有力者のための避難路でもあったらしいね。
貴族の邸宅では、貴族が敵から逃げるための地下通路は付き物だ。
ここの場合は、土地神の祭祀場への道も兼ねていたのだろう。
それから、特筆すべきことがもう一つ。
村長の家の地下室には、興味深い資料が数多く眠っていた。
それらの殆どは、伝説の"勇者"に絡むものだ。
次のページでは、その"勇者"について綴ろう。