「ひぃえ……今日の仕事は徹夜かな……」
その日、私は次から次にやって来る急ぎの事務作業に追われていた。最近ないと思っていたのだが、こういうのがたまにあるからロドスのトップってかなり大変なんだなとまるで他人事のように思ってしまう。
そんな時、執務室をノックする誰かが来た。どうぞと言うと、入ってきたのはレッドだった。
「ドクター、聞きたいことがある」レッドはそう言うなりつかつかと私の前まで近づいた。「ソーンズ、レッドのこと嫌いになったと思う?」
「え」
え?
思わず仕事の手を止めてレッドを見上げた。レッドは今にも泣きそうな、涙を堪えたような顔でこちらを見据えていた。かつてウルフハンターだったとは思えない程レッドは弱く見えた。
「えーっと、アーミヤ、ちょっと席外してくれるかな?」
「え、でも……」
私は事務作業を手伝ってくれていたアーミヤにお願いをする。アーミヤは躊躇ったが(それもそうだろう。今日は山のように仕事があったから)レッドの表情に気づき、分かりましたと頷いて持ち歩ける書類だけ持って執務室を出て行った。
アーミヤが出て行ったのを見送り、私はレッドへ視線を戻す。レッドは泣き出しそうな顔をしている。私は立ち上がり、レッドにソファへ座るように促した。
レッドをソファに座らせ、私も向かいのソファに座った。その前にケトルに電源を入れてお湯を再沸騰させた。
「それで、ソーンズに嫌われたと思った理由はなんだい?」
私がゆっくり訊くと、レッドはますます俯いた。
「最近、ソーンズがテキサスのところばかりにいる。ソーンズは、テキサスのことが好き……だと思う」
とレッドがぽつりぽつりと話してくれた。うーん、予想はしていたけど、まさかレッドが相談してくるとは思わなかった。
「つまり、ソーンズから直接は聞いていないんだね?」
私は冷静に客観視を忘れないように質問をした。レッドは首を小さく振った。
「ケルシー、言ってた。聞いていいことと悪いことがあるって」
あー、まぁ、そうだよね。時と場合によるんだろうけど、ケルシーならそう言うだろう。実際そういう場面も多いし。
「じゃあ、レッドはソーンズに、聞いたらいけないことだと思ったんだね」
私が聞き返すと、レッドはこくんと頷いた。あまり口数が多いオペレーターではないけれど、彼女もしっかり喋ることが出来るし、ここは私が忍耐強く話そうと心に決めた。
「それは、レッドがソーンズに直接聞いたら、ソーンズを傷つけると思ったからかい?」
と私がまた聞くと、レッドは俯いたままだったが、ピクリとその耳が動いた。なんだよ。両思いじゃん。めっちゃ好きじゃん。みんなこの二人を応援しようよ。
「私の考えだけど、恋人というのはね、時には傷つけるかもしれないことを直接聞いた方がいいと思うんだ」私は慎重に言葉を選びながら話し続けた。「ソーンズは、レッドに怒ったことがあるかい?」
この質問には、レッドは激しく首を左右に振った。それもそうだろう。私もソーンズが怒った顔は見たことすらもない。眉間に皺は寄せるが。
「だったら大丈夫だよ。直接聞いてみた方がいい」
「ほんとに?」
レッドはようやく顔を上げて私を見つめた。いつも鋭い目をして周りを警戒してばかりだった彼女も、今ではただの恋する乙女だ。これも、彼女が彼女なりの道へ進もうとしている第一歩なのだろうか。
私はレッドの問いに答える代わりに、深く頷いた。
レッドの目は大きく見開き、それから迷ったようにあっち向いたりこっち向いたりした。そしてグッと膝の上で拳を作り、レッドは一人頷いた。
「分かった。聞いてみる」
直後、ケトルが再沸騰し終えたことを知らせてきた。私はソファを立ち、コーヒーを淹れる。
「コーヒーを飲んで行くかい?」
レッドも飲むだろうかと聞いてみたことだったが、答えはもう知っていた。
「レッド、ソーンズのところに行ってくる」
「分かった。行ってらっしゃい」
レッドはソファを立ち、執務室を出ようとして一旦私の方へ振り向いた。
「ドクター、ありがとう」
そう言ったレッドにはもう泣きそうな顔はなくなっていた。優しく微笑む女の子がそこに立っていた。
「いえいえ、私は何もしていないけどね」
私の言葉を聞くと、レッドは執務室を出て行った。
そのあとすぐにアーミヤが戻ってきた。書類を抱えたままアーミヤが一言、
「ドクターは本当に素晴らしい人ですね」
と言いながら。
「なんのことだい?」
私は分からないフリをしてみせたが、どうせ部屋の外で会話を終始聞いていたのだろう。私はアーミヤに気づかれないように静かに笑ってみせた。二人が末永く幸せに過ごせるといいな、と。
おしまい