ある日のことである。
もう何徹夜したか分からなくなる程の仕事に目を回し、ようやく床についた次の日。
執務室には、ソーンズとレッドがイチャコラしていたのである。
「え?」
「やっと起きたか、ドクター。仕事が山積みだと聞いたから、目が覚める薬を持って来た」
私の困惑をよそに、ソーンズはそう言ってローテーブルにある薬を指す。まぁそれはいつものことなんだけど……今日はいつもとは違う。ソーンズの隣にレッドがいる。
あのあと仲直り(?)したんだ、と安心はしたが、それよりなぜ二人がここに? 今日は秘書を頼んでいなかったはず。
「今日はソーンズが秘書だったか……?」
と私は端末を確認して驚く。なんてことだ! 本当にソーンズを秘書に任命してる! しかも今日から一週間も!!
「お前が決めたんだろう。なぜそんなことを聞く」
「そ、そうだけど……」
昨日は徹夜続きで理性がマトモじゃなかった。少し考えれば分かったはずなのだ。ソーンズを秘書にしたら、絶対レッドもついて来ると。
とはいえ、レッドはこちらを邪魔する様子もないし、目の前で突然キスを始めるという訳でもない。ただレッドは、ソーンズの腕に巻きついてスリスリしているだけだ。そこまでくると、よく飽きもせずに一緒にいるなぁと私は思う。
「レッドも手伝うか?」
私が何か言うより早く、ソーンズがレッドに話を振ると、彼女はパチクリと瞬きをした。
「レッド、手伝う。ソーンズとドクターのために」
と言い、レッドも一緒に書類作業をし始めた。秘書ではないレッドを巻き込んで申し訳ないなと思いながらも、そのセリフに私がいることにも安堵していた。ソーンズだけのために手伝うって言い出していたら私の心が辛かったかも。
「すまない、レッド、一緒に手伝わせることになってしまって」
やはり徹夜なんてするものじゃない、と私が謝罪すると、レッドの乏しい表情がこちらを見た。
「レッド、これくらい出来る。簡単だ」
彼女なりの「気にしないで」という意味だろう。確かにレッドは、最初は学問すら乏しいものがあったが、ここで辛抱強く教育している内にほぼなんでも出来るようになった。彼女の吸収力は驚異的な程だ。
それにソーンズも、レッドに手伝わせることに何も思っていないらしく、淡々と作業を続けている。それは本当にありがたいことだった。二人とも性格良すぎだし頭も良すぎだし、やっぱ二人は結婚して欲しいなという思考まで発展しかけて作業に戻る。いけない。早く仕事を片付けないと。
それでもチラチラと二人を見ていると、レッドがソーンズの手に自分の手を重ねていたり、またソーンズもたまにだがレッドの手を軽く握ることもあった。それを見る度に、あ、二人は本当に恋人同士なんだろなと改めて思う。
二人のおかげで、事務作業はまだ日が出ている内に終わった。ソーンズの目が覚める薬を飲まなくて済みそうだ。
「ありがとう、二人とも。今日はもう休んでいいよ」
と私が言うと、琥珀色の目をしたソーンズの目がキョロリと動いた。それは何か言いたげな時の顔であった。私はちょっと身構えた。
「何かあるのかい? ソーンズ」
私が訊ねると、ソーンズは横にいるレッドから離れてデスク前に近づいてきた。丁度私と向かい合う形となる。
「この前の話はレッドから聞いた。どうやらレッドは、俺がテキサスにうつつを抜かしていると勘違いしていたみたいでな」
とソーンズが話し出し、ああ、レッドが相談に来た時か、と私は思い出した。
「大したことはしていないよ」
と私が言っても、ソーンズは譲らなかった。
「いいや。お前の言葉には感謝している」とソーンズは言う。「恋人同士でも、時には傷つけるかもしれないことを聞いた方がいいと言ったらしいな」
「そうだね」
私は頷いた。
「レッドのことを聞こうと思ってテキサスのところに行ったら、丁度ラップランドがいてな。アイツがいるとマトモに会話が出来ない。だから、テキサスをラップランドから守るようなことをよくしていた。ただそれだけだ」
「それでレッドが不安になったんだ」
おおよそ予想はついたが、私とはいえオペレーターたちの行動を全て阻止することは出来ない。ラップランドはソーンズにボコボコにされたのだろうが、彼女は頑丈だろうしまぁ大丈夫だろう。
「レッド、もう大丈夫」
そこにレッドがやって来て瞬く間にソーンズの腕に巻きついた。だいぶ見慣れてきた二人の姿の完成だ。
「ああ」
ソーンズは目を伏せた。ちょっと笑っているようにも見えた。
それからソーンズはレッドへ目を向け、こんなことを言い出した。
「俺も、レッドには傷つけるかもしれないことを直接言った方がいいかもしれないな」
え。今ここで言うの? 何を言うの?? ここで修羅場はやめてよ??
私はソーンズの唐突な言葉に焦りながら言葉に出来ないまま、彼が何を言い出すのかと待った数秒。
「レッド、右腕ばかり掴んできたら体のバランスが悪くなるから、左腕にも掴んでこい」
え? そんなこと??
私の困惑は理解を阻害したまま、レッドの回答はこうだった。
「分かった」
その言葉に素直に従ったレッドは、ソーンズの右腕から離れて今度は左腕に巻きついた。この二人、どっちも困難なことのハードル低くない? 幸せ過ぎるだろ。
「えー、そういうのは二人きりの時に話してくれないかな……?」
そうでないと私まで恥ずかしくなるからな。
だけどソーンズはなぜだか笑って、
「そうだな」
だけ言った。それはもしかしなくても私に見せつけられている? 自慢の恋人を? コイツは俺のもんだー、みたいな?
「も、もう分かったなら早く出てってくれ……」
恐らくソーンズは、私の心境をほぼ見抜いているのだろう。だがそれ以上何も言わないまま、ソーンズはレッドを連れて執務室を出て行った。
今日から一週間、あの二人のイチャイチャを見せつけられるのか……。
平和な悩みに、私は一人ため息をついた。
おしまい