原作よりも低能なギレン・ザビ 作:スカウトマニア
第一部 完全勝利エンド
どんなに隠そうとしても国家規模の勢力が戦争に備えれば、人や物資、資金の流れから隠しきることは不可能だ。
ジオン公国が来る独立戦争に向けて他のサイドに秘かに協力を求め、またあるいは軍需物資の調達に勤しんだのは語るまでもない。
地球連邦政府もサイド3のジオン公国が戦争を辞さない構えであるのを理解していたし、ジオンの研究しているモビルスーツについても把握し、その有効性について検討を重ねている。
その結果、空間戦闘機と従来の宇宙戦艦で十分に制圧可能なレベルでしかない、と結論付けている。
地球連邦にとっての誤算は、ジオンがミノフスキー粒子散布を前提とした戦争の準備を進めていて、連邦軍はまるで対応していない点にあった。
近代の超長距離戦を支える電子戦が無効化され、数世紀前の第二次世界大戦のごとき有視界戦闘にまで戦闘が退化するなど、実際に独立戦争が勃発するまで、地球連邦の誰が予想できたか。
蓄えた国力、揃えた戦力、地球連邦政府がモビルスーツを高価なカカシと侮っているこの時期にこそ、ジオン唯一の勝機があるとギレン他、ジオン公国軍上層部は判断した。
時に宇宙世紀79年1月3日。
ジオン公国は地球連邦政府に対して宣戦を布告。
事実上の独立国から正式に地球連邦政府から脱退した、真の意味での独立国家となり、スペースノイドを地球連邦政府の支配から脱却する為の希望となるべく、ジオンはついに戦いを始めた。
宣戦布告と時を同じくしてジオン軍は地球連邦軍パトロール艦隊並びに、サイド1、2、4の駐留艦隊へと奇襲を仕掛ける。
そしてなによりミノフスキー粒子の劇的な効果によって電子の目と耳を潰された連邦軍は、改良されたオッゴやムサイ、MSに対してあまりに無力であった。
更にキシリア少将率いる艦隊が月面都市グラナダへと侵攻。
キシリアの事前の策略と交渉により、地球連邦軍の駐留艦隊を撃退後、グラナダの無血占領に成功する。これを受けてグラナダと月を二分する都市フォン・ブラウンは中立を宣言した。
サイド3のジオン公国首都ズムシティにあるジオン公国軍総司令部では、ギレンを始めとした高級将校達が集い、次々と入る戦闘の情報に耳を傾けながら、神経をすり減らしていた。
有能なる第一秘書セシリア・アイリーン十九歳から、いつものカフェインと糖分どっさりのコーヒーを受け取ったギレンは、傍目には落ち着いた素振りでコーヒーを口に含む。
「今のところ、作戦は全て順調に推移しております」
気を遣ってかセシリアがギレンに声を潜めて話しかけてきた。
流石に理想的なタイムスケジュールの通りとは行かないが、MSとそれを操るパイロット達は素晴らしい戦果を挙げている。
サラミス級とマゼラン、セイバーフィッシュやトリアーエズなどの戦闘機からなる強大な連邦軍は、ジオン軍の前に次々と宇宙のデブリに変わっている。
「ん。そうでなくては困る。連邦政府が事態を把握し、地球から新たな艦隊を打ち上げるまでに各サイドの制圧は済ませねばな」
ギレンの返答にセシリアは若干の躊躇の後、口を開いた。今更のタイミングだったが、この戦争計画の根幹にかかわる問いかけだった。
「恐れながら時間との勝負となるなら、各サイドへの無差別攻撃を容認されるべきだったのではないでしょうか。ギレン閣下のご判断が誤りだったとは申し上げませんが」
本来、あるべき世界では各サイドはジオン軍の無差別攻撃を受けて、連邦軍とまとめてコロニーの住人達は核兵器や毒ガスによってほぼ全滅する。
さらにこの後で行われるサイド5での戦闘と合わせて、死者は二十八億人にも達した説もある。
その方針をこの世界のジオン公国は取らなかった。
無差別攻撃を控えた結果、駐留艦隊をコロニーから引き剥がすよう行動している為、戦闘終了までに数時間の遅延が見込まれる。
「そうするのが最も効率的だと私も分かっている。だがスペースノイドの独立解放を謳う我々が、地球連邦をはるかに上回るスペースノイドの虐殺者になるわけにもゆくまい。
戦後の経済を考えれば、他のサイドにも生き残ってもらっておいた方が都合がよい。駐留艦隊を壊滅させれば、日和見していた連中は我々に反抗する気力など湧き起こらんよ」
元来、ギレン・ザビはサイド3の住人達を宇宙時代に適応し、進化した優良種であると嘯き、その実、地球人類全体の人口を減らしてザビ家を始めとした優秀な人材によって、管理運営することで恒久的な繁栄と地球環境の回復を目指す人物である。
一説ではギレンとキシリアは理想的な地球上の人口は紀元前頃の五千万人ほどと考えており、一年戦争序盤の通称“一週間戦争”で人口を半分に減らしても満足せず、もっと減らすべきだと考えていたかもしれない。
しかるにこの世界のギレンは人口抑制については考えが及んでも、それに至る為の手段の実行を踏み切る冷徹さと合理性、そして勇気を持たない人物であった。
神が存在したならギレンを最も評価した、とさえ評された原作ギレンに対して、あまりに凡俗な感性と度胸しか持っていない。
「はっ、余計なことを申し上げました」
「よい。私の意見に追従するだけのイエスマンで周りを固めては、都合の良い情報しか入らなくなる。
歴史を振り返れば独裁者はそうして身内の毒に溺れて、優秀だった人物も知らぬうちに愚昧となる。私はそうはなりたくないのだよ。これからも思うところがあれば構わず問うが良い。私がそうしているようにな」
「はい。ギレン閣下が各サイドへの無差別攻撃を避けられたのは、地球連邦軍の兵にも多くのスペースノイドが在籍していることも理由とされておりました。彼らへの配慮は必要でしたでしょうか」
「なに、連邦の兵の多くはもはやスペースノイドが占めているような時代だ。彼らの故郷を奪ってジオンに対する憎悪を募らせても、得にはならんと判断したまでのこと。
離間の計とまではいかんが、ジオン国民でなくとも我々に協力するスペースノイドやアースノイドも居るのだ。我々の掲げる大義が眩く輝くほど、引き寄せられる者達も増える」
こうしてギレンとセシリアが会話を交わしている間にも、各サイドでは熾烈な戦いが繰り広げられ、ガトルやジッコらと共に連邦艦隊に突撃するMS部隊は着実に成果を上げていた。
オッゴもマゼラ・トップ砲による支援ばかりでなく、艦隊の直掩またあるいはザクと共通の装備を満載し、母艦に戻らずにザクが弾薬を補給できる移動武器庫役を務める者もいた。
この段階において、ジオンの戦争計画に大幅な遅延や狂いは生じていなかった。
地球連邦宇宙軍は大きな被害を受けたが、それでも宇宙要塞ルナツーの艦隊を始め、依然として膨大な戦力を有しており、ジオン公国全軍の数倍にもなる。
そしてまた地球上に展開している連邦軍は桁違いの戦力で、両軍の戦力にはいまだ数十倍の開きがあった。
果たしてこの戦力差をどう覆し、地球連邦軍に勝利するのか。鍵はブリティッシュ作戦にある。
本来は、直径6.4km、全長40km以上のスペースコロニーを超巨大質量弾頭と見做し、南米の地球連邦軍総司令部ジャブローへと落下させる作戦だ。
コロニー落としと呼ばれるこの作戦により、地球そのものにも大きなダメージを与え、地球に居ようと無事ではいられないという恐怖を地球市民ならびに連邦政府高官に植え付け、数十億人の死者を生み出した鬼畜の所業だ。
これはジオンの勝利と人口の削減も兼ねた一挙両得の作戦ではあったが、それは原作のギレンならば許容できたものであって、この肝が小さく知力も劣るこの世界のギレンに採択できる理由があるはずもない。
人口が増えすぎて地球が支えきれないというのなら、有り余る資源と人口、そして核融合炉の膨大なエネルギーを頼みに更なるサイドの建設、既に開拓の始まっている火星と木星ばかりでなく、金星や水星、土星も視野に入れた太陽系の開拓を進めればよい。
地球の重力から魂を解放すれば、人類は更なる発展と拡大を迎え得るはずだ。
そうしてこそ真にジオン・ズム・ダイクンの語った新人類、ニュータイプは発生しうるとこの世界のギレンは夢想している。
確証のない推測であり、可能性に縋る夢物語に過ぎないが、宇宙世紀150年代には少なくとも二万人のサイキッカーが存在するわけだし、決して可能性はゼロでもないのだけれど。
そして時は人間の都合など知らぬとばかりに進み、積み重なって行く。
地球連邦のパトロール艦隊とサイド駐留艦隊を文字通りに壊滅させたジオン艦隊は、ドズル・ザビ中将指揮の下、巨大な隕石を伴って地球軌道上に進軍。
直径十キロメートルを超える巨大隕石には核パルスエンジンが取りつけられ、十分な速度を得た後、ほどなくして地球への自由落下を開始する。
これに対して1月5日、隕石の落下機動上にルナツーを発したティアンム中将の第四艦隊を筆頭に、攻撃可能な連邦艦隊が集結する。
この戦いの趨勢に本来の世界と大きな差異はない。
強いて言えば原作よりも性能の向上したザクとムサイが更なる活躍を見せて、各サイドの制圧に要した時間の遅れを取り戻したくらいであろうか。
また本来落とすべきコロニー・アイランド・イフィッシュは地球への落下前に軌道変化や、破壊を免れるように防衛する必要もあったが、この時に用意されていた巨大隕石にはその必要が無く、ジオン側は比較的自由に動けた為、原作よりも戦いやすかったろう。
かくしてミノフスキー粒子にもMSにも対応していない連邦艦隊は、ジオンの前に歴史的な大敗を喫し、隕石は地球各地からの迎撃ミサイルに晒されながら地球へと落下していた。
連邦艦隊の決死の抵抗もあり隕石は地球に落ちる前に崩壊し、バラバラに砕けた隕石は更に核ミサイルの乱打によって細かく砕かれて、地球の軌道上に多くのダストをばら撒き、地球上の太陽光発電をしばし機能不全に陥らせるに留まる。
この時、用いられた巨大隕石はあらかじめ大気圏で燃え尽きるように、大小の隕石を繋ぎ合わせた代物であり、ジオンの狙いは南米からの対空砲火の分布からジャブローの位置を突き止めることにあった。
むしろ破壊されないまま地球に落下し、地球環境と民間人にまで被害を及ぼされては困る、という代物なのだった。
元よりジャブローの位置については、宇宙船ドックからの打ち上げを観測し、大まかなところまでは把握していたが、ブリティッシュ作戦の本命を届かせる為には、詳細な位置の把握が必要だったからである。
また隕石落下による多大な被害を防ぐ為に、地球連邦軍は保管していた核ミサイルを大量に消費せざるを得ず、これもまたジオンの狙い通りの戦果と言えた。
各サイドでの戦いと隕石落下阻止の戦いでの大敗で、ようやく地球連邦政府はジオンが本気で勝つ気でいることを認識し、宇宙艦隊の戦力増強を図りながら、次なるジオンの動きを見逃さないように監視を強化することを決定する。
この時、ジオンからある情報がリークされた。
『先の隕石落下失敗に伴い、ジオン公国軍は第二次ブリティッシュ作戦を目論んでいる。その対象は戦火の及んでいないサイド5でコロニーを確保し、隕石の代わりにジャブローへ落とす』、という情報だ。
人為的な隕石落としもさることながら、新たな人類の大地となったスペースコロニーを、よりにもよってスペースノイドが地球に落とすという、空前絶後の作戦に地球連邦政府は戦慄し、レビル中将を司令官として残る宇宙艦隊の全力を結集させた決戦に臨むこととなる。
サイド6の中立宣言などもある中、ドズル率いる公国軍第一連合艦隊は、事前の情報とは異なりサイド5へ向かわず、ルナツーからサイド5へと向かうレビル艦隊へ、奇襲を敢行した。元よりサイド5のコロニーを落とす予定はなかったのである。
ドズルは奇襲を受け、予定外の状況に陥りながらも迅速に態勢を整える連邦艦隊を前に、連邦軍の精鋭が相手なのだと気を引き締めていた。
「連邦め、動きが良い。指揮官はレビルか。MS隊を発進させろ。アルキメデスの鏡の展開を急がせい!」
艦隊の曳航してきた衛星ミサイルが次々と発射され、ミノフスキー粒子散布によってレビル艦隊の電子戦能力を封じながら、グワジン級やチベ級、ムサイ級他、ジオンの各艦からMS部隊が次々と発進してゆく。
光の尾を引いて進む単眼の巨人達が無数の艦隊と戦闘機へと向けて、勇敢に挑みかかる。その戦場の片隅にヨルムンガンドの姿もあった。
ギレンのちょっとした思い付きをマイ経由で共有した
民間から徴収した貨物船を元とする試験支援艦ヨーツンヘイム他、パプア級も同伴していて、組み立て前のヨルムンガンド以外にも折り畳まれたミラーパネルのような物体を放出している。
オリヴァー・マイはヨーツンヘイムの観測指揮所で、ヨルムンガンドが咆哮と共に雷神トールを絶命せしめた毒を、この宇宙世紀に相応しい形で吐き出すまでをつぶさに観察し、また情報支援も行う役目を担っていた。
「全リフレクター展開を確認。ガイドレーザー発射。周囲に敵影なし。観測データ照合よし」
マイ以外にも民間から徴収されて、そのままヨーツンヘイムのクルーを続けている人々が激突を始めたジオン・連邦両艦隊の様子を観測しており、戦闘から隠れるように布陣したヨルムンガンドに戦火が及ばぬよう細心の注意を払っている。
万一に備えて護衛のザクⅠ六機二個小隊がついているが、不安なものは不安だ。
ヨルムンガンドの改修案はこのようなものだ。核融合炉を砲弾代わりにする案を撤廃し、マイクロウェーブを受理する為の大型リフレクターを装備させ、受理したマイクロウェーブを砲身に充填し、そのままダイレクトに発射するエネルギー砲台とするというものだ。
太陽光発電が人類の文明圏に広く普及し、マイクロウェーブを利用した送電システムが珍しいものではないのを利用した改修案であった。
やがてガイドレーザーを受信した発電基地からマイクロウェーブが放射され、いくつかの中継衛星を経てヨルムンガンドの周囲に浮かぶX状に配置された四枚のリフレクターへと到達。
本家本元のサテライトキャノンのようにコロニーを一撃で破壊するのは無理でも、核融合炉と引き換えにする以上のエネルギーが、ヨルムンガンドの体内で暴れ狂う。
ヨルムンガンドのトリガーを預かるアレクサンドロ・ヘンメ大尉は、トリガーに添えた指の震えに、自分がひどく興奮しているだけではないのを、よく理解していた。
アレクサンドロはジオン公国成立以前から二十年近くも軍務に携わってきた、ベテラン砲術士だ。
お蔵入りしていたヨルムンガンドの砲手に任命された時には、自分の扱いを嘆いたものだが今となっては全くの逆だ。
戦艦の主砲を軽々と上回る圧倒的な火力を持つ決戦砲のトリガーを預けられ、自分の判断でマゼラン級すら沈むという事実。
圧倒的な力を手にした高揚感と、それによって生まれる死者への哀惜と罪悪感。
アレクサンドロは歴戦の軍人である。
戦争における殺人の悲哀を今更、敏感に感じ取るような瑞々しさは失われている。
それでも故郷の独立戦争に関わるとあれば、麻痺した感性が刺激を受けてセンシティブな感情に襲われる瞬間もある。
「へっ、恨みっこなしとは言わねえ。この俺を恨んでくれて構わん。だから、落ちろよぉ!!」
アレクサンドロの技量と十分な観測データがあれば、ヨルムンガンドの毒は地球連邦艦隊に届き、そして致命の一撃を与えるのに十分すぎた。
MS隊に肉薄されて思わぬ損害に混乱する連邦艦隊に、ヨルムンガンドから放たれた極大のエネルギー流は容赦なく突き刺さり、マゼラン級の横腹を貫通すると、威力を減衰させながら更にサラミス級二隻を貫き、彼女らの命運に終止符を撃つ。
「初弾命中、マゼラン一、サラミス二、撃沈!」
観測結果を口にするマイは驚きと興奮を隠しきれない様子だ。これだけの戦果を挙げられる兵器だと頭で分かっていても、いざ、現実になると話は変わるらしい。
一方でアレクサンドロは内心の興奮を表情や指には出さず、冷静に第二射に向けた準備を進める。
「砲身冷却開始。リフレクター異常なし。ガイドレーザー再照準までカウント30……」
恐るべき破壊の一撃を見舞ったヨルムンガンドの存在にようやく気付いたレビル艦隊は、一部が向きを変えて襲い掛かる動きを見せるが、既にMSに艦隊への突入を許した状態であり、下手に動けば徒に被害を増すだけであった。
そしてなにより意図的にMS部隊が攻撃を仕掛けていない一角があると、レビルを始めとした将校らは気づいていたが、そこから加えられた攻撃は彼らが予想だにしないものだった。
発端となったギレンからすると、「なんだか大ごとになったな」と無責任な感想を抱くのが正直なところである。
グワジン級の一隻を預けられるエギーユ・デラーズ大佐は数隻の艦隊と共に、戦場から離れた宙域で待機していた。その背後には数百万枚におよぶミラーパネルが浮かんでいる。
改装したパゾク級をコントロール艦として、ミラーパネルに取り付けられた簡易推進器が細かく動いて、指定された通りに姿勢を変えて行く。
「ドズル閣下に報告。アルキメデスの鏡は磨かれた。繰り返す、アルキメデスの鏡は磨かれた」
デラーズは敬愛する──崇拝ではない──ギレンの思い付きを発端とする、戦略級兵器を預けられた栄誉を噛み締めながら、ドズルへと後にルウム戦役と呼ばれるこの戦いの趨勢を決定づける報告を行う。
国家への忠誠篤くジオニズムへ深く心服するデラーズからの報告を受けて、ドズルは厳めしい表情をさらに厳めしくして、号令を発した。
「これよりアルキメデスの鏡をソーラーシステムへと呼称を変更! ソーラーシステム、照準用意。射線上に友軍の反応は?」
「ありません。地球連邦艦隊のみです!」
「よし。ソーラーシステム、照射開始!」
ドズルの命令が実行された時、
ソーラーシステムの原理は至って簡単だ。
虫眼鏡で太陽光を集めて、紙を燃やすように、大量のミラーパネルで太陽光を偏光・集束させて照射対象を超高熱で焼く。これだけである。
しかし数百万枚に及ぶミラーパネルの物量が、この宇宙世紀時代でも戦略級兵器の威力を発揮した。
セイバーフィッシュやトリアーエズばかりか、サラミス、マゼラン、コロンブスといった艦艇までもが原型を失い、装甲を超高熱に溶かされて次々と誘爆を引き起こしてゆく。
大気圏突入用のバリュートがあれば、万が一にも助かったかもしれないが、その万が一はこの世界に存在しなかった。
ソーラーシステムによって残存する艦艇の三分の一が焼かれたレビル艦隊に、もはや逆転の目はなかった。
原作においてジオンがルウム戦役で歴史的な大勝利を飾りながら、貴重なベテランパイロットを失ったのは、コロニー落としに使うコロニーの作業を行い、作業を中止しての反撃に打って出るまで時間を要したからである。
しかし、一つ、最初からコロニー落としの情報を餌に誘き寄せたレビル艦隊を撃滅する予定であったこと。
二つ、未だ地球連邦軍がミノフスキー粒子散布下での戦闘と、MSへの効果的な対応策を見いだせずにいたこと。
三つ、ヨルムンガンドが連射可能かつ艦隊決戦兵器として生まれ変わり、十分な観測データを得られた上で運用されたこと。
そして四つ、ヨルムンガンドの改良に太陽光発電を使っては? というギレンの思い付きをきっかけにいつの間にか戦略級兵器が完成してしまったこと。
これら四つの理が味方したことによって、ジオン公国はレビル艦隊に対して圧倒的、絶対的、歴史的、大勝利を得ることとなる。
壊乱してゆくレビル艦隊の中にあって、一機の赤いザクⅡF型がバズーカにマシンガン、シュツルムファウストを縦横無尽に発射し、次々と艦艇や戦闘機を沈めて行く。
赤い彗星のごとく推進剤の尾を引いていたザクは、味方のザクがセイバーフィッシュに食らいつかれ、窮地に陥っている場面に気付くと急加速してセイバーフィッシュの機首を蹴り飛ばし、部下の乗るザクを助けてやった。
「慌てるな、シャア少尉。既に連邦軍は壊滅したも同然だ。落ち着いて対処すれば、連携を失った連邦軍など敵ではない」
『た、たす、助かりました、キャスバル大尉!!』
「なに、感謝はこの戦いが終わってからにしてくれ。もう少しだ。最善を尽くせ」
自分とそっくりな顔のシャア・アズナブル(本物)に向けて、キャスバル・レム・ダイクンは若さゆえの自信が滲む声音で答えた。どちらもまだ若い。二十歳前後だろう。
『キャスバル、シャア、フォーメーションを組み直す。こちらへ集合しろ!』
「は、了解であります。ラル中佐」
キャスバルとシャアの所属するMS部隊長ランバ・ラル中佐からの指示に、キャスバルは素早く応じた。キャスバルのザクのモニターには、ノイズ交じりのラルの顔が映っている。
部下を案じているのはもちろんだが、キャスバルに対するラルの声には決して無理をしないで欲しい、と案ずる気持ちが込められていた。
キャスバル・レム・ダイクン。ジオン建国の父、スペースノイド独立運動の祖であるジオン・ズム・ダイクンの嫡子である。
父ジオンが死んだ際、ザビ家による暗殺の疑いが噂される中、キャスバルと妹アルテイシア、母アストライアはダイクン派の重鎮ジンバ・ラルに一時、匿われていた。
しかしデギンを始めギレン、ドズル、キシリア、サスロらはダイクンの遺族を保護する方針で一致し、過激な思想の目立つジンバからなるべく早くキャスバルらを引き離すべく動いた。
ジンバはザビ家によるジオン暗殺を固く信じており、事実よりもジンバにとっての真実に囚われた人物だったのが問題だったし、ジンバに同調し、ザビ家支配のジオン公国に対する反感のある者の中でも急先鋒であり、過激な行動に出る可能性を危惧されていた。
ジンバの息子であるランバは父と比べて冷静に物事を見ており、またキャスバルらをジオンに代わる神輿として担ぎ上げようとする父達の矮小さを忌避していた。
デギンはランバと交渉し、ラル家の当主に就任するとともにダイクン家を保護して、ジンバを隠遁に追い込むと共に話の通じるダイクン派の取りまとめを依頼している。
そうして幼少期を家族と過ごしたキャスバルはザビ家に対する一抹の疑いはあるものの、ファミリーコンプレックスを拗らせずに成長する。
彼は父ジオンから政治の薫陶を受けていなかったのと、本人に政治に対する関心がなかったことから、ジオンの後を継ぐつもりは欠片もない。
その代わりと言っては何だが、ザビ家を内から監視するつもりなのか、軍人の道を歩み、かのジオンの遺児が軍人となって国民を守ろうとしていると今の時点から英雄視されている始末。
キャスバル本人としては父の思想に感銘を受けた人々が、ただ息子であると言うだけで自分を特別視しているのはおかしな話だと軽蔑している。
彼らが求めているのが父の思想の後継者でなく、血統による後継者なのだから、キャスバルの嘲笑も当然だった。
宇宙に出ても、人類は能力や人格よりも血統に重きを置く価値観を残し続けている。
ザビ家のように国内の意思統一を迅速化し、独立に有用であるからと公王制を敷くよりも愚かしく、また公王制に影響を受けて貴族ごっこの目立つ今のジオン国内も、キャスバルにとっては笑い種であった。
とはいえ母と妹がおり、父の名を冠する国家への愛着はキャスバルにだってある。
軍人としての生活は性に合っていたのもあって、家族の心配をよそにキャスバルはメキメキと頭角を現し、実力でMSパイロットの座を勝ち取っている。
ダイクン派の取りまとめ役であり、実力と人望を兼ね備えたランバ・ラルの下につけられたのはザビ家の配慮であったが、彼がパーソナルカラーを許されたのは、紛れもない実力だ。
こうしてルウム戦役に身を置いて、地球連邦艦隊を次々と沈めているのもキャスバルの実力である。
ラルはザビ家が戦場でキャスバルを亡き者にしようと画策しているのかと疑ったが、母艦にはグワジン級が用意され、部隊の司令に親ジオン・ダイクン派として知られるダグラス・ローデン大佐が就任し、部隊員はザビ家シンパではない面子が多い。
戦闘中のドサクサに紛れてキャスバルを謀殺される心配は、少なくともこの部隊内ではなさそうだ。
ラルの見立てではすでに燃え尽き症候群の見られるデギン、実直なドズル、可愛がられて育った影響で甘いところのあるガルマは、キャスバルに危害を加える可能性は低い。
それでも本国にはアストライアとアルテイシアが残っている以上、いつ二人が人質にされるか分からない危険性はある。
信頼できるダイクン派の人間に二人の護衛を頼んではいるが、ラルが案じるべき相手は戦場だけでなく安全な筈の本土にも居るのだ。
(まったく、戦場で戦場以外のことを考えては不覚をとるぞ、ランバ・ラル!)
自らを叱咤して、ラルは青いザクⅡF型に持たせたマシンガンを連射し、セイバーフィッシュを撃ち落した。
幸いにしてラルの危惧はもう間もなく終わりを迎える。連邦艦隊旗艦アナンケが撃沈し、レビル将軍は脱出が間に合わず乗艦と運命を共にしたのである。
敗北の確定した連邦艦隊は戦闘宙域からの離脱を図り、ジオン艦隊はこれに容赦のない追撃を加えて、更なる出血を強いた。
勝利したジオン公国は敵味方を問わず生存者の救出と物資の補給、部隊の再編成を行った後、宇宙要塞ルナツーの攻略に向けて動き出す。
ルナツーはサイド3から最も遠い位置にあり、唯一残された地球連邦の重要軍事拠点ではあるが、この状況下において戦略的価値は低い。
それでもルナツー攻略に動いた理由の一つとして、ソーラーシステムは単純な原理である故に、地球連邦ならジオンよりもはるかに早く、大規模に真似られる事実があった。
地球連邦にソーラーシステムを使わせない為にも、宇宙を完全に掌握するのは必須事項なのである。
かくてルナツーは逃げ込んできた艦隊の再編も人員の治療も満足に行えないまま、ソーラーシステムとヨルムンガンドを伴うジオン艦隊の追撃を受けた。可哀そう。
そしてルナツー攻略戦は呆気ないほど簡単に終わった。
既にルウムの戦いで有力な将兵のことごとくが戦死し、ヨルムンガンドの挨拶代わりの一撃で残っていた艦隊が沈み、混乱に乗じた特殊部隊によって港湾部を破壊され、出撃もままならなくなれば、ルナツーの連邦兵に抵抗の術はなかった。
負傷者の治療、捕虜への虐待の禁止、その他、人権に配慮した扱いを約束された後、ルナツーは降伏し、ここに宇宙の支配権はジオンの手に渡ったのであった。
宇宙における拠点を失った地球連邦に対して、ジオンは素早く次の手を打った。マスドライバーによる地球への攻撃である。
もしジャブロー以外の軍事拠点を制圧していれば、いかにジャブローといえどもマスドライバーは防ぎきれなかったろうが、今も地球上の軍事拠点すべてが健在の地球連邦相手では、マスドライバーでジャブローの防空陣地を壊滅させるのは不可能。
故にこのマスドライバー攻撃の目的は地球上の迎撃能力の拡散である。
ジャブロー以外の軍事拠点にもマスドライバーに加えて、スペースデブリや大質量を投下し、迎撃させることで迎撃網の一点集中を阻害することが重要だった。
そうして宇宙を我が物としたジオンはブリティッシュ作戦の本命、スペースコロニーを地球へと向かわせる。
この時、使われたのはルウムを始め他のサイドのスペースコロニーではなかった。ジオンが兵器の開発に使用してきたダークコロニーの一基だ。
ブリティッシュ作戦の本命に使うスペースコロニーは、従来の仕様のままでは不適切であり、時間をかけて手を加えるには管理下にあるコロニーを使う他なかった。
もはや宇宙に邪魔する者のいないジオンがコロニーをジャブローに落とすのだと、連邦政府は疎か地球市民も恐れおののき、南米から一目散に脱出を始めている。
連邦政府は混乱を収め切れず、地球上はひどい有様であった。
コロニーが落ちた場合の被害予想が拡散され、人々はあっさりと負けるはずのジオンが勝利しただけでなく、地球に大打撃を齎さんとしている現実を前に、恐慌に陥っている。
そしてダークコロニーは誰に阻まれることもなく、ジオン軍の厳重なエスコートを受けて、大気圏と挨拶を交わしながら地球へと降りて行った。
この空前絶後の作戦実行に際し、ギレンはかく号令を発したという。
「これより我らはコロニー“降ろし”を行う。諸君らの健闘を期待する!」
横向きになったダークコロニーは地球へと降りて行く最中、ヨルムンガンドの為に用意されていた核融合炉や廃艦から取り出されたジェネレーターを利用し、進路上にプラズマフィールドを形成、更に大型化に大型化を重ねたミノフスキークラフト複数基によって、力場を構築し、発生した揚力場の上にダークコロニーが乗る。
激しい気流はコロニーの外壁を回転させ、自力による回転重力発生は不要な状況に陥らせた。
ダークコロニーは改装にあたり人為的に下方が作られた。
居住区の地盤となるエアチューブに圧力の高い部分と低い部分を設けることで、圧力の高い=重い方が重力下では自然と下を向くわけだ。
この時、ダークコロニーの上面では猛烈な上昇気流が生み出され、それによって積乱雲の急成長を促して黒雲を広げて、激しい雷が無数に生じる。
事前に軌道上のジオン艦隊とマスドライバーによってジャブローの対空陣地は一時的に無力化し、ダークコロニーは人類史上初の一大事業の成功に向けて、南米はアマゾン川流域へ着陸態勢へと入った。
これまでダークコロニーを乗せてきた揚力場は衝撃波となって、アマゾン川並びにうっそうとした密林地帯を直撃し、根元どころか地盤をめくりあげる。
旧世紀の森林破壊から復活し、ジャブロー建設にあたって再び破壊された南米の密林は、コロニー降ろしによって三度目の破壊を経験することとなった。
着陸の衝撃波はアマゾンの木々と河川を犠牲に吸収され、やがてダークコロニーの回転が停止する頃、着地と同時にダークコロニー内部の底に当たる場所に意図的に穴が開けられ、そこへ大量の土砂とアマゾン河の水が流れ込む。
流れ込んだ木々混じりの土砂はダークコロニーを大地へと固定し、流れ込んだ水は真空状態だった外壁との間で減圧されて水蒸気となり、やがて外部へと放出されてダークコロニーを包み込む巨大な暴風雨を伴う嵐を生んだ。
ダークコロニーを包み込む暴風雨は数日に渡って吹き荒れて、ジャブローと他の地域の連邦軍の動きを封じる結果となる。
そうして暴風雨が弱まったころ、ダークコロニーの内部から多数のザクとマゼラ・アタック、改良型ドップ、そして改良型ヒルドルブなどが雪崩を打って出撃した。
本来、コロニー降ろしは宇宙世紀168年ごろに行われる一大偉業である。
その際には九千万人の人々を救う為に行われるが、およそ九十年近く先取りした本コロニー降ろしにおいては、ジャブロー攻略の為、ダークコロニーを巨大な橋頭保としつつ攻略の為の戦力を直接送り込む役目を担っていた。
南米地下に広がる巨大な鍾乳洞への入り口がむき出しとなり、ジャブローへの侵入口の発見は容易であった。
コロニー降ろしに備えて堅牢な軍事基地へと改造されたダークコロニーを拠点に、攻略部隊は迅速にジャブローの攻略を進め、更に援軍となる降下カプセルが大量に投下されて、コロニー降ろしの影響から立ち直れない連邦軍を他所に、ジャブローはジオンの手に落ちることとなる。
宇宙は全てジオンの庭となり、ジャブローを呆気なく占領された地球連邦政府は、レビル将軍を始めとした有力将校の戦死と相まって、ジオンからの全面降伏に等しい休戦条約を苦渋と共に締結。
かくて宇宙世紀79年2月1日、ジオン公国は地球連邦政府からの独立戦争に完全勝利し、独立の承認や地球上の資源地帯の採掘、連邦軍の規模縮小等々を勝ち取ることとなる。
生き残った各サイドは親ジオンへと露骨に旗を変えて、次々とジオンの威光に縋るようにして地球連邦からの独立を画策するようになる。
未だ地球上には旧態然としているとはいえ有力な軍勢が残り、人員も豊富だ。MSの有用性が知られ、これからは対策も練られるだろう。
軍備縮小を条約の中に含めたとはいえ、ジオンの監視の目を掻い潜って戦力拡充を目論むのは目に見えていた。
たとえジオン公国の独立を達成したとはいえ、将来の火種が消えたわけではなかった。しかし、それでもしばらくの間、ジオン公国の人々は勝利の美酒に酔いしれる権利があるに違いなかった。
コロニー落としではなくコロニー降ろしが行われたのは、つまりはこの世界のギレンが地球人口を数十億単位で抹殺する作戦の重圧と罪悪感に耐えきれないと判断したからである。
一人、その重責に平然と耐えてコロニー落としとコロニー潰しを許容したギレンとは、人間的な強度がまるで違う。正しく、この世界のギレンは本来のギレンよりも低能であった。
ただし、低能であることと無能であることは違う。
時に無駄の積み重ねが最善を凌駕する結果を生むように、この世界のギレンが低能である事がジオンの勝利を齎したのもまた事実。
かくしてこの宇宙世紀に新たなページが刻まれるのであった。
ギレンの秘密
ノーマ・ザビという娘がいる。生まれながらにニュータイプ、ガンダムファイター、コーディネイター、SEEDなどの遺伝子情報を持ち合わせたハイパーオールドタイプ、あるいはスーパーナチュラル。元ネタはGジェネDSのノーマ・レギオをご参照ください。
コロニー降ろしが書きたくて始めた物語でしたので、一旦、これにて完結とさせていただきます。
グフやアッザムその他へのギレンの疑問はカオスルートにて。いつ始まるかは分かりませんが、その時が来ましたらどうぞご愛顧くださいませ。
ここまでお読みくださりありがとうございました!