アブレック、彼女が先生だった時代の一幕。スネジンカに会うそれより前の話。

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2年3組 アブレック先生!!

「担当教科は数学と物理学です。9等級のアブレックといいます、2年3組の皆さんこれから1年よろしくお願いします」

 

パチパチと疎らな拍手とともにざわざわと生徒達の話し声があちこちから聞こえる。この新任教師のアブレックはカゾルミアという階級社会において、人権のない10等級の次に立場の低い9等級の人間だ。

本来なら教職というものは少なくとも4〜5等級、下手をすると2等級などの上流階級の人間がする仕事として知られる。国家を作る子供の思想教育を行う者はそれ相応の能力はある者でなければならない、それすなわち上流階級やそれに類する等級であるという理屈だ。

にも関わらず、彼女は教師をしている。これは近年の戦争が大きく影響している。戦争というものは身体的に優秀なものから徴兵されていく、教職にいた人材も例外はなく、あちこちの分野で人材難を来しており、女性の社会参画や低階級でも試験を突破できれば上流階級が担っていた仕事への参画が推進されるようになった。

ただし、人材不足解消のための国家政策があってもアブレックは稀有な存在だ。9等級というのはこの国ではそのような扱いであり、アブレックというのはそれだけ優秀で異常な存在だった。

 

 

とはいえ、その優秀さとこの国の階級社会による差別は別物だ。

 

「9等級が教師をやるな」

 

「誰に身体を売ったんだい」

 

「男を戦地に行かせて得た仕事」

 

「戦地で死んだ2等級の犠牲でなれた聖職者」

 

「この国に人は居なくなったのか」

 

「夫はこんな女を教職にするために死んだのではない」

 

「子どもに下等級の雌犬根性が移る」

 

「共和派ってのはこんな事ができるほど偉くなったんだな」

 

アブレックが就職することがわかってから周りに言われた、学校へ入った苦情や暴言の一端だ。これでもまだまともであり、テロ予告すらあったため、KZBや軍が一時介入する事態になった。

教頭達の取り成しや国の政策であることから沈静化したが、一時期は就職取り消しになる可能性すら出てきていた。

 

副担任という形でクラスの一員とはなったが、初日から奇異の目で見られた。

 

さすがに教師に面と向かい罵倒をする生徒はいなかった。

が、それは態度や空気には現れるものだ。

憐れみ、蔑み、嘲笑といった空気が教室に滲んでいた。

 

しかし彼女は、アブレックは動じることはなかった。彼女はその空気の中、生徒達に切り込んでいった。

その日のうちには同じ学年の生徒の名前と顔を一致させ、次の週には担当生徒の各種成績、得意科目、不得意科目、分野を理解していた。

 

「レンテンさん、まずは加法定理の公式の理解から始めましょう。図と合わせて証明から覚えると忘れにくいです」

 

「リラッタ、各種力のベクトルの理解から始めましょう。少なくともここで全ての力が釣り合っているから動かないのですよ。この糸の部分の抗力はうっかりしやすい部分ですね」

 

 

 

「ツェーゲン君、作者の気持ちではなく、この部分までだと作者はどう意図してあえてこの表現にしたのか類推するんです。私達は超能力者じゃないです、しっかり理論だって考えれば分かるように試験は作ってますよ」

 

彼女は優秀だった。少なくとも学校の教頭たちがどうしても抜くことを拒否した基幹となる教師以外の等級だけは高い人より、彼女の方が優秀で、生徒に寄り添い、教えることがうまかった。

 

「アブレック先生」

 

「アビィ先生」

 

「アブちゃん」

 

2ヶ月もすれば休み時間の彼女の周りには生徒が寄ってきて質問やおしゃべりをしていた。

周りの教師からもその手腕は認められている。一番警戒していた保護者会からもその働きぶりを子どもから聞いたものの大半はおかしなことを言うことはなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

「アブレック君」

 

「教頭、どうされましたか」

 

いつもにこやかな顔で仏の渾名で知られる教頭がいつも以上ににっこりとした顔で彼女に声をかけた。

 

「いや、なにね、君の働きぶりを聞いてはいたがこう見るとなかなかのものだ、9等級だからと初めは舐めている子供もいたらしいが、今や他のクラスからも先生を慕う子がいるとか」

 

「いえ、みんな真面目でいい子たちなだけです」

 

「そんな謙遜するな、君の働きぶりはみんな知っている。9等級なんていう色眼鏡で見ていた奴らの下馬評を変えたのは君の努力によるものだ」

 

「ありがとうございます」

 

「そんな君に朗報だ。今度の昇級審査に君のことを推薦しておいた。7等級までまずは昇級させることが確定している。最終的に6等級、いや今の全国的な運動の中なら5等級まで昇級させることもできるかもしれない」

 

「本当ですか、それは...過分な評価を...」

 

 

実際この昇級が起きた場合、カゾルミア初の9等級から5等級へ昇進した教師となるだろう。給与も上がり、軍人になったビオンがこれ以上戦地に行く必要も少なくなるかもしれない。

 

「朗報を待ち給え、辞令は来月にでも来るだろう」

 

「...はい!これからもよろしくお願いします」

 

 

 

 

 

 

 

アブレックの教師としての人生は順風満帆とは行かないものの軌道に乗りだした。

東部都市の陥落のニュースとそれと時を同じくして彼女の愛する妹から連絡が途絶えるまでは...

 

 

 

 

 

 

 

「東部都市を最後まで守備し、多くの民間人救助に貢献したマルフーシャは3等級の栄誉を最高指導者様から賜り、また特別部隊"溶鉄"の部隊長となりました。この英雄の活躍に...」

 

 

報道は東部都市の撤退を作戦上の転進としているが大半のものはそうは思わない。

学校でも東部都市からの撤退...陥落についての話題で持ちきりとなっている。だが彼女の意識はそれに向いていなかった。

 

「ビオン...なんで返事が来なくなったの...いや...まさか...ね」

 

アブレックにはビオンという妹がいる。7歳も歳の離れた妹だ。あまり人付き合いの良い子ではなかったがそんな妹を彼女は溺愛している。大学の入学祝いに買ったお揃いのカメラは今も大事に使っている。

ビオンは拙いながらも文章を書くのが好きであり、それは軍に行った後も同じで手紙を欠かさずに書いてくれていた。撮った風景写真なども入れてくれることがあり、遠く離れた地にいながらお互いのことを理解していた...出来ていたと思っていたのだろう。

そんな彼女達の相互理解は東部都市の陥落と突然の音信不通という形で終わりを告げた。

最後の手紙では東部の衛兵隊に配属することを告げられており、そのことから軍に所在を確認しても人員の所在は重大な軍事機密であるとして分からなかった。

ラジオやテレビは東部都市の守護者であったマルフーシャのプロパガンダで埋まり、そこに詰めていたはずの他の兵士たちの近況は何もわからない。

実際は、共和派が推すアブレックという人物を嫌う軍上層部が妨害したのもあったのだが...

 

 

 

ビオンは何処に行った、東部でビオンに何があった、ビオンは何故手紙を書いてくれない、ビオンは

ビオンは、ビオンは、ビオンは、ビオンは、ビオンは、ビオンは、ビオンは、ビオンは、ビオンは、ビオンは、ビオンは、ビオンは、ビオンは、ビオンは、ビオンは、ビオンは、ビオンは、ビオンは、ビオンは、ビオンは、ビオンは、ビオンは、ビオンは、ビオンは、ビオンは、ビオンは、ビオンは、ビオンは、ビオンは、ビオンは、ビオンは、ビオンは、ビオンは、ビオンは、ビオンは、ビオンは、ビオンは、ビオンは、ビオンは、ビオンは、ビオンは、ビオンは、ビオンは、ビオンは、ビオンは、ビオンは、ビオンハ、ビオンハ、ビオンハ、ビオンハ、ビオンハ、ビオンハ、ビオンハ、ビオンハ、ビオンハ、ビオンハ、ビオンハ、ビオンハ、ビオンハ、ビオンハ、ビオンハ、ビオンハ、ビオンハ、ビオンハ、ビオンハ、ビオンハ、ビオンハ、ビオンハ、ビオンハ、ビオンハ、ビオンハ、ビオンハ、ビオンハ、ビオンハ、ビオンハ、ビオンハ、ビオンハ、ビオンハ、ビオンハ、ビオンハ、ビオンハ、ビオンハ、ビオンハ、ビオンハ、ビオンハ、ビオンハ、ビオンハ、ビオンハ.....

 

 

 

 

 

 

暗い校舎の中をアブレックは進む、行き先も目的も見失ったまま...

彼女の明晰な頭脳はずっと最悪な、合理的な、至って当たり前な結論を出し、即座に否定する。

そんな筈がない、ビオンは聡く、強い子だ、人付き合いは出来なくてもなんだかんだ上手く行動できる子だと。

否定し続ける。居ても立っても居られなくなり歩き続けている。この巨大な校舎の中をぐるぐると...

 

「そんなことはない、そんなことは...ある筈がない」

 

アブレックがそれを発見したのはただの偶然だった。ビオンからの連絡の途絶と軍からの情報の遮断によりショックを受けていた彼女は深夜になっても帰れず、校内を彷徨っていた。そんな折になぜか1人の生徒が現れた。

 

「アブレック...先生...」

 

「ツェーゲン君、こんな時間に...何をしているの...?っ!?それ...いったい、何をするつもりだったの!?」

 

アブレックの前には明らかに普通ではない装置、アブレックが義務教育で習った、爆発物に極めて類似した装置を持った1人の少年がいる。アブレックは彼のことをよく知っていた。

 

 

 

 

 

 

 

指導室に2人の人間がいた。アブレックとその生徒のツェーゲンだ。

ツェーゲンは彼女が受け持つクラスのうちの1人、彼女のその優秀な脳細胞には彼が3等級の裕福な家の育ちであるが、仕事の都合で自分と同じで今年転校してきていたこと、友達グループが完成した2年生の中でその内向的な性格から孤立気味であったこと、国語や公民は苦手だが、化学の成績に優れていたことが刻まれている。

 

2人の間には沈黙が支配していた。アブレックは何度か口を開き、何があったのか、どうしてあのような爆発物を持っていたのかを聞いてみたが彼は目を合わせず俯いていた。しかし、根気強く問いかける彼女に折れ、彼は長らく黙っていたその重い口を開いた。

 

「いじめにあってたんです。アブレック先生は...その...9等級だからと一時期、距離を置かれていたかもしれませんが、僕は3等級とこの近辺ではかなり高い地位にいます。にも関わらず化学以外はぱっとしない、3等級の癖にと言われることが多かった、こんな性格だから友人も上手く出来ない」

 

「それは両親からもでした。アブレック先生のおかげで成績も良くなってましたが、9等級ですら大学に行けるのにと...すみません、先生」

 

「気にしないで」

 

アブレックは静かに返答した。ツェーゲンはその姿に涙交じりにまたぽつぽつとしゃべり続けた。

 

「先生は大好きです、感謝すらしています。ですけど、もう、嫌になったんです。3等級の癖に無能な自分も3等級だからと優秀さを求めるクラスの奴らも、親も、世界も」

 

「もう、全部ぶっ潰れてしまえば良いのにって」

 

「時限信管の作り方は簡単でした。火薬も銃器が満ちあふれてるこの国じゃ簡単に集められる。3日もせずにこれらは完成出来ました。誰もいない深夜に仕掛けて、朝みんなが来た時に自分ごと死ぬつもりでした」

 

彼はうつむき、蒼白の顔のまま、話し続けた。それを聞いた彼女も同様であった。

 

アブレックもまた口を開き彼に話し始めた。

彼女もその等級から昔いじめられていた。そんな中恩師と言える先生に助けられ、この仕事を目指した。だが、そんな決意と努力の中、彼女は彼を助けられなかった。心の支えになることが出来なかった。その事実に苦しんでいること。

だが、まだ希望はあった。露見していないこと、隠ぺいはできなくても、騒動になる前に謝罪し、沈静化すれば彼の人生はまだ明るい筈だ。

 

「まだやり直せる。一緒に謝りましょう。幸い爆発してないし、騒ぎにもなってない。ここにあるものが全てで大丈夫?家とかにはない?」

 

「っ!職員室に置いたものがまだあります...!」

 

「えっ!」

 

アブレックは時間を見る朝の7時を回る。かなり早い時間だが、先生によっては来ている時間だ。慌てて彼女は駆けていく。ツェーゲンもそれに続く。

 

 

 

 

 

 

 

職員室に戻ると騒ぎになっていた。朝早く来ていた同僚に爆弾を発見されたようで、通報が入り警察はおろか軍すら来ていた。

アブレックの横にいる生徒は顔面蒼白となり、がたがたと震えている。自分のやってしまった、やろうとしたことを理解し、その後の暗い未来を幻視してしまっている。

 

「アブレック先生!!自宅に連絡がつかなくて心配してたんですよ!爆弾が校内で発見されたようで、収拾がつかない!」

 

教頭がアブレックを見つけると話しかけてきた。いつもの余裕のある仏のような笑顔は崩れ、焦りが見えている。

当たり前ではあるだろう。教頭といえど学校で爆弾が発見された経験をするなど、皆無である。

 

 

「...彼は先生のとこの生徒ですよね...?こんな時間にどうして先生といるんですか? それに、ツェーゲン君であっていたかな?顔色が悪いようだがどうしたんだい?」

 

教頭は善良な先生だった。このような事態でも明らかに体調を崩しているように見える生徒を気にかける程度には...

だがそれは彼には逆に働いた。自分のしでかしでもはや自分やアブレックだけでどうにかなる範囲を超えており、さらにそれを教頭に、権力のある人間に察知されたと思い込んだのだろう。

 

彼は泣き出した、そしてそれは混乱していた周囲からも浮いており、周りの喧騒は消え、彼に視線が集中する結果となった。

周りからすれば何故か登校時間前に生徒がおり、泣き出した状況だ。そんな混乱をよそに1人だけ強い意志を持ち、決意を固めた眼で彼を見る人間がいた。アブレックだ。

 

「皆さん、驚かせてすみません、彼は少し混乱しているんですよ。私が用意した爆弾を見てしまったので」

 

「えっ」

 

唐突な告白に周りは呆気に取られている。

 

「私が爆弾を...用意しました。テロをするつもりだったんです」

 

 

 

静まり返った職員室でアブレックの静かな声が明瞭に響く...

 

 

 

 

 

 

 

この中学校の校長はカゾルミア文化大臣の親戚だった。2等級という階級でありながら、穀潰しで親族から爪弾きにされてたが体面があり、お飾りながらこの学校の校長職に就いていた。

もし、3等級の生徒がイジメに耐えかねて爆破テロをしようとしたこの事実が発覚した場合、校長の監督責任、およびその連座で大臣とその一族の立場は無かっただろう。

しかしながら、本来教職になれなかった9等級のゴミがテロ活動をした場合、国家政策の一環でこのような人事を通した教育大臣やその国策を指導した最高指導者への責任転嫁が可能だ。

少なくとも問答無用で一族が立場を失う可能性はなくなり、政治闘争に持ち込むことができれば、全員叩いたら埃が出る立場だ。全員が火消しに回る羽目になり、上手く誤魔化すことが出来るだろう。

ついでに最近高まりだしている下層民の職業選択に対する運動を、主導する共和派の動きを牽制出来る。様々な政治闘争のベクトルはアブレックと少年に最悪な方向に作用した。

 

もし、これが一般的な民主国家ならアブレック達は精神療養を受けながら、アブレックの罪は否定され、少年も罰は受けながらもその知られた事実に多少の同情を受けただろう。

しかし、事実はどうであれ、9等級のゴミが幼気な子供たちにテロをした。これがこの国の公式発表であり、全国民の知る真実だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「先生、先生...ごめんなさい、ごめんなさい...」

 

ツェーゲンには何も言わないように口止めがされた。それは他クラスの教師、教頭、校長、果ては両親、兄妹からだ。もし他人に話した場合、自分達が爆弾テロの家族であるという後ろ指さされること以上に政府上層部から存在を消され、家族を含め全てを失うことになる。

 

 

「ごめんなさい、馬鹿な生徒で...ごめんなさい」

 

 

もはや2度と会うことはない先生へ聞こえない謝罪を続ける。彼は空気の澄んだ、人の目の少ない地方へテロに遭いかけたショックに対する療養のためという名目で幽閉される。

これにより今後あったカゾルミアの大反乱の混乱に巻き込まれなかったのは何の因果であるのだろう。

 

彼自身には何も良いことはなかったが...

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「得意武器はアサルトライフル、手榴弾ほかガジェットは扱い慣れています。9等級のアブレックといいます、ダチカ班の皆さんこれからよろしくお願いします」

 

 

 

 

これはスネジンカに会う前のもはや変えられない、変えようのない話...




忙しさもあり難産でした。とはいえ1から書き直すといつ完成するかわからないので取り敢えず投稿してみます。アブレック視点もいつか書きたいです。

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