「土龍閃。」
牽制に至近距離からの石礫の散弾。
怯ませて眼にめがけて三段突き。
これで止めにならないところに生物として格差を感じる。
ただ、知恵になき獣との無粋な剣劇より理性のある方々との円舞曲の方が心躍るというもの。
故に終わりにしましょう。
「
そう言い放つとともに視界を失い激痛でのたうち回る獣を油断なく切り殺す。
首から吹き出す血で化粧をしたい誘惑を押し殺し、帰路へと向かう。
この胸の昂ぶりを晴らす為に付き合っていただいた一級危険生物の群れに感謝しながら頬の血を拭う。
その昂ぶりの原因を思い浮かべると胸がなり、笑みを浮かべる。
「早く我が家へ来てくださいね。このアリア、一日千秋の想いでお待ちしております。ナイトレイド様。」
さて、家路へと進む馬車の中で自分語りでもしてみましょうか。
淑女であれと言われ続けてきたものとして客人に自己紹介を出来ない等あってはならないのですから。
私、アリア・フォン・トスカーナは帝都における商売権の一部を委譲された法衣貴族。所謂土地なき貴族の一家に長女として生を受けました。
少々特殊な趣味を持っていますがきちんと養育してくれる親を持った私は幸せなのでしょう。
今のようなご時世ならなおさら。
さて、私の事を語るなら両親の趣味を語らない訳にはいかないでしょう。
とはいえ、昨今の帝都では割と普通な、取り立てて言うことではないのですが。
我が両親はサディスティックです。田舎上がり、スラム出身、濡れ衣を着た犯罪者などを買い取り、甚振り、苛め、死に至らしめる程度の小悪党です。
そういえば、私が家から出る前に父様は使用人にネズミを鍋一杯に集めさせていましたから哀れなネズミは今頃最後の晩餐を食べ終わり、殺されている頃でしょうか。
母様はきっとジョン・ドゥ作りを楽しんでいる頃でしょうか。もし女性なら日記の備考欄に美人と添えるのでしょうか。
生きながらに赤、青、黒の初めまでなると、ある種の芸術作品です。
白くなるから保存できないのが残念です。という母様の嘆きも理解できます。
……と思考が横道に逸れてしまいました。
気を取り直して自分語りを再開しましょう。
えっと、ああ少し過激な両親を持った私は少々特殊な趣味を持ったのは至極自然と言えるでしょう。
私は殺す事に喜びを感じるのです。そして、無抵抗な、怯える言葉を喋る豚を屠殺する程度で渇きが満たされる事はなく。
爪と牙を持った獣やそれを狩る狩人や戦士と
そのために私は
一単語で私を言い表すなら狂人が最も相応しいのでしょう。
正義狂いの私の友ですら私をこう評価するのですから
憎悪や怒りで殺すのではなく、歓喜と慈しみで殺す。それは正しく理解不能な狂気と。
正義という玉蟲を信じる彼女もどうかと思いますが。
帝都に帰り着き友人との予定もあったので警備隊詰所に寄るとしましょう
「お勤めご苦労様です。これは貴方達の忠勤に対する対価です。どうぞ。」
両親の行いに協力していただいている帝都警備隊に贈り物する。
最近買ったのは二人なので金貨二枚と。銀貨三枚はおまけです。
人の命は安いモノです。金貨二枚で二人なのですから一人頭銀貨十枚。
往時は犯罪者ですら金貨三枚だったらしいのですがね。
三枚の対価に何か面白いことはないかと尋ねたところ田舎上がりの剣術使いの事を教えていただきました。
曰く、一級のモグラを圧倒したとか。
その話が本当ならば是非、家へ客人として招きたいものです。
懐から懐中時計を取り出し、今日の予定を思い出しながら考える。
正義馬鹿との予定がありましたが目の前に悪人が居て行けなくなったと言えばあっさり納得してくれるでしょう。
ならば、その青年を探してみる事にしましょうか。
田舎上がりの戦士は兵士になるしかないでしょう。私の家族みたい魑魅魍魎に捕まってなければですが。
となれば受付の近場の酒場を探してみましょうか。
酒場に行き、服がみすぼらしく荷物が分不相応に多い。いかにも田舎上がりがテーブルに座っている。食事もせず居るという事は待ち人でもいるのでしょうか。
だとしたカモとされた方が自然ですね。
「御隣に座っても。」
「あ、あぁ。別段構わないぜ。」
「帝都は初めてで。」
「えっと、そうだけど。そんなに田舎者っぽいかな。あのお、お姉さんにもそう言われたし。」
「その様ないかにも旅人ですといった格好をしていますから。帝都住まいならそのような大荷物を持っているのは夜逃げ予定者ぐらいなものですから。……失礼ですがお財布はお持ちで。」
「あ、いや。軍の隊長にするから金をくれと言われて。だからこの店でそのお姉さんを待っている。」
この帝都では見ないほどのお人よしですね。取られたお金は授業料と。命も尊厳も取られずに大事なことを学べたのですから。良心的な価格です。
「あなた、騙されてます。いや、そもそも見ず知らずの者に預けるあなたが馬鹿なだけです。」
「え、えぇぇぇぇ!!噓だろ。俺の田舎じゃそんな奴。」
「帝都は貴方の田舎ではありませんから。」
「う、訴えてやる!!今から隣に言って騙されたと言えば。」
本当に田舎は良い所ですね。もし、万が一にも踊れなくなれば田舎に隠棲するのも。
ありえない。生きている限り私は踊り続けます。踊りを止めるのは壊れた時だけでしょう。
見知った顔を見かけたので呼んでみましょう。
「お仕事ですよ。オーガ。」
「あぁ、俺にな。……って、アリアの嬢ちゃんか。仕事なら聞かねぇぞ。生憎今日は非番だ。」
「どうせ自主的にでしょう。あぁ、えっと、そこの貴方。」
「あ、俺の名はタツミだ。って警備隊に行かないと。」
「私、アリア・フォン・トスカーナと申します。警備隊に行かずともここの酒飲みに相談したらどうですか。一応実力もある隊長さんですから。」
「おいおい、金にならない仕事はしないぞ。俺は。」
「給料分は働きなさい。相談を聞くだけくらいしなさい。さ、タツミ。」
タツミがオーガに無駄な相談をしているうちに相談費くらい出してあげましょう。
「店主、サボり魔が働きたくなるような酒と田舎者に帝都名物を。この金貨で。余りはこの酒場にいる皆様に。」
「お、相変わらずアリアの嬢ちゃんは気が利くな。でだ、坊主諦めろ。簡単に人を信じないなんて大事な事を金だけで学べたんだ。運がいいと前向きに考えな。で、アリアの嬢ちゃん。目付けたのは何でだ。」
「私が戦士に甘いのはご存じでしょう。土竜を一人で狩ったらしいので。」
「マジか、坊主。」
「あ、はい。本当です。あれくらいなら一対一なら負けません。」
「おいおい、坊主固くなるなよ。俺は高々警備隊の隊長だぞ。てか、アリアの嬢ちゃんに使わなくていいのかよ。貴族様だぞ、この嬢ちゃん。」
「え、マジ。……本当ですか。」
家名を名乗ったのに気づいてなかったのですか。ならば、感覚で剣を振るう方なのでしょう。
冷静に戦う様なんてもう想像出来ませんし。
「お気になさらずに。時と場合さえ気を付けていただければいいです。貴方は不当に人を貶す方ではないでしょうし。あ、そうです。オーガ。彼を試験してみませんか。実力は十分。才気もあるかもしれません。後は」
「心構えだな。仕事できるかどうかの。合格すればセリューの補佐にでも付ける。いや、才覚によっては独立した戦力として扱えるな。」
「正義狂いですか。まぁ根は真面目そうですから相性はいいでしょう。試験会場は私の鍛錬場をそろそろ香りが薄くなってきましたから。」
「相も変わらず辛辣だな。後あいつドクターからの荷物、嬢ちゃんの代わりに受け取っていたぜ。後で受け取ってやりな。行くぞ、坊主直々に試験してやる。嬢ちゃん案内を。」
「分かりました。あと、セリューとは言葉を取り繕う関係ではないので。道具の余りは有ったのですか。使い切ったと聞きましたが。」
親友に対するものに飾りなんて不要でしょう。ねえ、セリュー。
「その通りだが。安心しな、嬢ちゃん。適当に見繕ってくるから。」
おそらくは最近話に聞いたなんだか幸せそうで気に食わない恋人達を連れてくるのでしょうね。
試験に使うなら力量も見やすい肉質の堅い男がいいですね。
「それもそうですね。では、タツミ。ついて来て下さい。私の修練場に案内します。」
「えっと、つまりどうなったんだ。あ、いや、ですか。」
「無理に敬語を使わずともいいですよ。簡単に説明してあげます。貴方は文無しになりました。しかし、就職の機会が出てきました。というところでしょうか。」
「貴族と警備隊の隊長さんとの面識もできたと。運がいいな。坊主。」
「弱者に微笑む者は悪人だけですよ。オーガ。彼が強者だから。私たちは微笑んだ。そうでしょう。」
彼に微笑みかけながら酒場を後にする。落第必至の試験ですからどう慰めてあげましょうか。
「着きましたよ。ここが私の修練場です。……大丈夫ですかタツミ。」
「何で、何でこんなにも死臭がするんだよ。」
なぜ、と言われたのなら私が練習に万人切りをしたからとしか答えられません。
「一万人ほど粉微塵に切り刻んだからでしょうね。」
「な、まさか何の罪もない人を」
私が大事なドレスを塵でわざわざ汚しに行くと。
肥溜めに着飾っていくような蒙昧に見えたと。
久しぶりに堪える侮辱です。
一般的倫理感から来る正当な怒りの言葉でなければドレスで着飾ることも誘いも踊ることさえせず殺すという無粋な真似していたでしょう。
「死後硬直で程よく硬くなったのをですが。まさか、私が豚をわざわざ手にかけると。下賤扱いしたのなら狩らざるを得ませんが。」
「あ、すまない。もしかして怒らしたか。そうだよな。話もよく聞かずにいきなり人殺しの外道扱いして本当にすまなかった。許してくれるか。」
「いえ、あなたのそれは美徳ですから。他人の為に怒れるなんて最近見ませんから。」
「え、何でだよ。」
「追々、試験に落ちたら我が家でのんびり語って差し上げます。」
「縁起でもない事を言わないでくれ。って泊めてくれるのか。」
「宿の当てなどないのでしょう。素直に受け取ってくださいな。」
「あぁ、ありがとう。本当に俺は運がいいな。こりゃ絶対に受からないとな。」
「お気になさらずに。私はアブサンを垂らした紅茶を飲んで失敗する事を祈っておきます。」
「さぁ、着いたぞ。さっさと歩け。おい試験だ。この罪人を殺せ。そんなに難しい事じゃないだろ。」
ああ、オーガが道具を連れてやってきました。所々痣があるところを見ると抵抗する気力はなさそうですね。顔に被せられた麻袋のせいで表情は分かりませんが大体予測できますし。
「あぁ、そうだよな。殺せないと仕事にならないからな。よし、いける。」
さて、素敵な深淵をのぞかせてあげましょう。何れは知るなら手早く。
起き抜けのベッドティーは苦いものと決まっていますし、苦ければ苦い程目が覚めますから。
「タツミ。その方無罪の。俗に言う濡れ衣を着せられただけの市民ですよ。そうですよね。オーガ。」
「何言ってんだ。当たり前だろ。なんか気に食わないから適当な罪着せて連れて来ただけだ。ま、正規の手順は踏んでるからこいつは罪人だぜ。」
「権力者が黒と言えば白も黒となるのは世の常。けれど、ここまであからさまだと喜劇悲劇を通り越して茶番劇ですが。では試験内容は無実の罪人を切れるかどうか。残念ながらこの帝都で生きていけるのは忠実な犬か魑魅魍魎だけなのですから。出来ないなら田舎に、故郷に帰りなさい。それがタツミの為です。」
あぁ、いえ。この帝都にはもう一つ生きていけるのがいましたっけ。闇夜から闇夜に飛び、鼠を食べる梟。
案外タツミに似合うのは梟かもしれませんね。良心を失わない彼ならば
「ふざけるな!!アリア、オーガ。こんな、こんなのが人の、人間のすることかぁ!!」
「タツミ。先程の言葉を聞いていましたか。今の帝都には人間なんていませんよ。少なくとも上層部には。で殺るのですか。しないのですか。」
「さっさと殺れ、坊主。今の帝都じゃよくある案件だからな。善人には無理だぜ。あぁ、そういや嬢ちゃんところでこの馬鹿みたいに軽い刀は何だ。確実に壊れるだろ。」
ドクターに頼んでいた軽刀を私に投げ渡してくる。この刀は丁寧に扱ってもらいたいのですが。
「壊れると分かっているのなら丁寧に扱って貰えますか。オーガ。この刀は頑丈さを度外視して軽さを追求した使い捨ての刀です。家にたくさん用意していますから。この間素振りで一本折りましたので。その補充に。タツミ、試験は不合格でいいですか。」
喋っている途中でタツミは剣を振るいましたが剣は首筋で止まっています。
葛藤の跡も見て取れますがタツミには無理な試験だと分っていましたから落胆は有りませんでした。
「あぁ。俺には斬れない。俺は人間でいたい。だから不合格でいい。」
「誇ってください。今の貴方を。貴方は間違いなく善です。正しい事を正しいと言える素晴らしい善人です。貴方は地獄にいるべきではありません。それと、お飲みなさい。アブサンです。オーガ、準備してくれたら御相伴に預かってもかまいませんよ。」
「やっぱしか、嬢ちゃん。紅茶の香り付け用にしては多すぎると思ったんだ。てか、角砂糖に水だろよ。何で紅茶にたらすんだか。」
飲まなければやってられない事は星の数あれど、きっとこれは最たる例でしょうから。
オーガも分かっていたようですね。強いアルコールの匂い。芳醇なブドウの香り。マール。いえ、案外奮発してグラッパでしょうか。大穴として賄賂で買ったコニャックでしょうか。
「芳醇な香りを紅茶と共に楽しむなんて素晴らしい贅沢ですよ。では、後始末を。練習を少しでも積みたいので。」
「仕方ない。譲ってやるよ。嬢ちゃん。」
両手で柄頭握り構える。これは練習。丁寧に、早く、抜く!!
「裏・天真流。中斬り。」
ああ、やはり。一撃で砕けますか。実戦では三本しか持てませんから三回だけの切り札となるのでしょう。
「大丈夫ですか!!アリア、何をした!!」
「罪人を斬っただけですよ。タツミ。彼は紛う事なき罪人ですから。後はいつ処刑されるかだけですから。」
「なんで無実の人を殺した!!」
「それが死ぬ。それが帝都です。」
「相変わらず恐ろしい程綺麗な骸だな。ついには切り口すら消したか。無音のアリアから無傷のアリアか。どうやった。」
「脳幹だけ戻らない速度で斬っただけの居合です。種も仕掛けも面白いものは一切ありません。」
私の斬った藁代わりを検分して精度を確認する。血は一滴も流れてない。ただ薄皮一枚分くらいの傷が残っている。ギリギリ落第点といったところでしょうか。
「無音。どういう意味だ。」
「断末魔より先に、痛みを感じる前に終わらせる。神速剣の使い手。まぁ、嬢ちゃんはほぼ無名だから勝手に呼んでるだけだけどな。拷問もなく、凌遅刑もない。この上ない安楽死に方だろうよ。」
オーガが勝手に人に変な名づけをしています。強引に話を切り替えますか。
「どれだけ取り繕っても私は人殺しを愛する魑魅魍魎ですけどね。殺したいから殺す。殺すから殺す。恨みもなく、怒りもなく殺す。まぁ、戦士や狩人と舞うのが好きな戦闘狂と呼ばれる類ですが。私もまた帝都の闇の欠片ですから。」
あまり脈絡のない自己語りをして気恥ずかしさを誤魔化し、話を変える目論見は上手くいったようで程よい沈黙が訪れる。
いきなりタツミが土下座して頼み込んでくる。人としての一線は捨てられないが自分の矜持は捨てられるというわけですか。この状況でこの非人の怪物に頼むなんて本当に馬鹿です。
ただ、本当に好青年ですね。
あぁ、彼を殺したら私はどれほど幸せなのでしょうか。共に踊れたらいかほど楽しいでしょう。
「そうか。……アリア、厚顔無恥な頼みと笑われても構わない。手前勝手だと謗られても良い俺に金の稼ぎ方を用意してくれ。俺には助けなきゃいけない奴らが居るんだ!!」
「危険種を買い取って差し上げましょう。ついでに警備隊から報奨金が出るように掛け合ってください。オーガ。八・二でお願いします。」
「嬢ちゃんが接待費持ちならそれで手を打つが。」
「タツミが希少部位も含め完全専売なら採算が取れますか。特級危険種を狩る事が出来れば更にいけますね。タツミ、特級の狩猟経験は御座いますか。」
「多分、一人じゃ無理だと思う。……アリア、本当に用意してくれるのか。アリアに返せる事なんて何もないんだけど。」
「お気になさらず。私達も無償でしているのではなく、危険種素材販売の販路を有効活用してぼろ儲けするだけですから。オーガもピンハネ材料が増えてますし。あぁ、そうです。タツミ、大体の人の形をした化け物達に通じるモノがあります。それは利害関係です。損をさせない限り彼らは敵にはなりません。ここで人として生きていくなら忘れないで下さいね。」
お人好しの狩人にここでの生き方を教えてく。
強者を増やすのと素晴らしい踊りを舞うためなら苦労を惜しまない私は他者の瞳からどう映るのでしょうか。
そういえば、彼にはまだ大事なことを言っていないままでした。
「タツミ、ようこそ魑魅魍魎が跋扈するこの世の地獄、帝都へ。歓迎しますよ。」
「金次第でな。と坊主味わってのみな。嬢ちゃんからのウェルカムドリンクだ。皮肉が効いていい酒だぜ。」
笑いながらオーガが彼にお酒を飲ませます。
タツミの帝都生活は明日から本格的に始まるのでしょう。
今は酔いしれて眠り、いい夢を。