「アリア、この鞭で叩くんだ。そう、上手じゃないか。」
「ダメよ。貴方。アリアに鞭なんて野蛮なものを使わせるなんて。アリア、こっちの液を顔に垂らしてみなさい。さすが、私の娘ね。そう、それは眼に垂らすのよ。」
「……お父様、お母様。これは夢なのですね。私がまだ自分が何者かを分かっていなかった頃の夢。」
そして、多分、一番幸せだったころの夢。
だって、その頃はまだ私は壊れていなかったのだから。
ただの殺人鬼に過ぎなかったのだから。
目を覚ます。見知った天井。屋敷の地下にあるドクターの研究室でしょうか。
いつものように筋弛緩剤を中和して、体を起こし水差しを取る。
「おら、やっぱりというか随分早いお目覚めね。」
「ドクター。お世話になりました。」
「はいはい。先に言っておくけどその腕まだ満足に動かないでしょ。」
水を飲みながら考える。やはり村雨の呪毒が流れた影響は大きいですか。
「心配はしておりません。腕のいい医者がいますから。」
「褒めても最新の武器しか出ないわよ。スタイリッシュな機能があるのよ。この子。見た目とは裏腹にね。」
見た目は肘までのグローブですか。なるほど、糸使いの糸を回収して金剛石を上塗りしたものですか。
「私の趣味に沿う形です。感謝します。ドクター。そういえば私は何日眠っていました。」
試しに水差しを賽の目に切り分ける。水滴一つ付いていない。実に素敵なグローブです。
「四日ね。因みに一番の早起き。アカメちゃんもセリューちゃんもまだ寝ているわ。」
アカメは分かっていました。セリューは何故でしょう。私と違って一対一だったでしょうに。たかが百人切り簡単に殺せたはず。
「十王の裁きを全部破壊されてね。あれと指向性散弾を使ったのよ。ダメージの殆どが反動による内臓損傷。指向性散弾を体に仕込むなんて馬鹿げているわ。」
「爆弾を体の至近で爆破するくらいなら普通にしますよ。セリューは。ただ、あれですか。十王の裁きが完成した事を祝った宴会で企画した兵器群の事でしょう。お酒の勢いで突っ走ったあの。」
帝具並みの性能が出せる代わりに人が運用できない出来損ないの兵器。設置型兵器としては優秀なのですが。
「そう。因みに使ったのは30mm三砲身回転式機関砲と第四態利用溶断機の二つ。」
「どうして生きているのですか。敵もセリューも。」
屋敷を解体する費用は必要なさそうですね。その分整地費用がかかりそうですが。というよりどっちも人間じゃない。
「本当。不思議よね。あ、そうだ。貴女の部下達がお見舞いに来ているのよ。どうするの。」
「会います。誰ですか。ミルク、レイス。大穴でエドでしょうか。」
でも、ミルクは今頃タツミと
「お姉ちゃん!!」
いきなり一つ年上の妹が抱き着いてくるので驚きました。
「クロメでしたか。レイスだと思っていたのですが。報告を。」
何時も通りに頭を撫でつつ、軽く抱きしめてやる。
「はーい。西の異民族の内乱状態は継続中。マスタード、ソマン、ホスゲンの実地試験完了。鼠も撒いてきた。地獄絵図だったよ。これだけしてミルクさんの戦果に届かないけどね。ドクター。報告書。」
「ありがとね。クロメちゃん。じゃ、私は向こうで報告書読むから用があったら声かけてね。姉妹仲良く。」
ドクターが奥の部屋に消える。気遣いありがとうございます。
「ミルクは戦争や内乱を簡単に引き起こしますからね。変装と薬だけで。……お疲れ様です。クロメ。遠征は貴女が居ないと成り立ちません。ですから」
「嫉妬してなんかないよ。お姉ちゃんは私を大事にしてくれるから。」
妹を労うにはどうすればいいでしょうか。暫し、考え。結論に至る。
「美味しい氷菓を振舞うお店を見つけました。一緒に行きませんか。クロメに似合いそうな服を作れそうな者を見つけたのですよ。」
「ホント!!ありがとう。お姉ちゃん。でも、ナイトレイドと殺し合ったって聞いたけど。何で私を言ってくれなかったの。お姉ちゃんが死んだら私。」
「クロメが戦ってしまったら私が何もせずとも終わってしまうじゃないですか。姉の楽しみを奪わないで下さい。」
それにクロメのは戦闘ではなく戦争です。屋敷どころか区画ごと地図の書き換えが必要になります。
「お姉ちゃんの戦闘狂。帰って来て話を聞いた時、心臓止まるかと思ったんだから。」
「心臓が止まりかけたのは私ですけどね。」
「ナイトレイドのアカメ。もし、お姉ちゃんを傷一つでも付けてたら。」
「特異体質で大概の怪我は完治するから大した問題ではないのですけどね。」
「そういう問題じゃない!!自分を大切にして!!鐚にだって限界があるんだから。この前だって部下を庇って左手吹き飛んだ時は頭真っ白になったんだから。」
確か、二か月くらい前のことですか。危険種に噛み千切られただけなのに心配性ですね。
「クロメの方こそ。私と違って簡単に治らないのですから。」
「ああ言えば、こう言って。ああもう、涙が出てきた。」
今まで以上に強く抱きしめて、頬に口付けをする。ああ、私の妹はこんなにも
「心配してくれてありがとうございます。クロメ。」
「これで誤魔化されてあげる。だから、このままでいて。お姉ちゃん。」
「家族ごっこは終わったかしら。」
「はい。寝てしまいました。そちらに行きますね。」
寝ている妹を起さないようにベッドから降りる。
どうかいい夢をクロメ。
「実地試験の結果はどうでした。ドクター。」
「問題はなかったわよ。大体が期待値だったから十分に成功ね。飲む。」
「頂きます。私も後で戦略的見地の分を読まなければならないのですね。私は闘いが出来れば満足なのに。」
グリューかと思ったらミードでしたか。あぁ、紅茶が飲みたいです。
「狂人の取り纏めなんか背負うから。病人には最適よ。蜂蜜は。」
始めは数人だったのが、いつの間にか万を超えていますから。背負い過ぎといわれても仕方ありませんね。
現状に不満は有りませんが。
童話は大切な私の居場所です。
「そうしなければ、貴方にも。ミルクにも。レイスにも。私の大事な者には誰一人出会えませんでした。後悔はしていませんよ。」
「それくらい分かっているわよ。短い付き合いじゃないでしょ。話は変わるけど。あの子の事、後悔している。」
「していませんよ。薬と催眠で記憶の消した事は。他の候補をするよりは。」
「甘いのね。」
「私が身内には大甘の事は有名でしょうに。クロメが不憫な事も有名ですが。」
「たしか古巣から守るために養子にしたって事にしているのよね。実際は身内から裏切り者が出たから薬漬けにされる計画を別の実験にすり替えただけなのだけど。まぁ、溺愛しているのを見るとそんな裏側誰も信じてくれないでしょうけど。」
姉が裏切ったのなら妹も裏切るかもしれない。だから、過去を奪う。盲目的な愛情を植え付けて操る。心を奪う。そんな首輪をつけようと。理解できる話です。
「目には目を。歯には歯を。愛には愛を。こちらの身勝手で植えつけたのです。それくらい応えてあげたいだけです。」
ただ、偽りだろうと幕引きまで演じ続ければ真実と変わらない。
親に売られ、姉に裏切られ、心を壊され、記憶を遊ばれて。それでも足掻いていたから。だからこそ私は愛してあげたいと。一人の怖さも。寒さも。よく知っていますから。
「大甘ね。」
「壊れたからこそ。壊れているからです。同属恋慕とでも言うのでしょうか。」
「何だ、ただの傷の舐め合いじゃない。」
「舐め合いではないですよ。私に傷はないですから。」
「生まれながらに三つも業を背負っている奇形だもの。貴女は。」
「誰しも生まれは選べません。与えられた手札で生き足掻くだけです。いつも言っているでしょう。笑って生きて、哂って殺して、笑って殺されましょうと。」
ただ、その業もこの家にさえ生まれなければ二つはなく。ただの稀代の殺人鬼程度で済んだのでしょうか。
たら、ればの話など意味はない。針は左に回らぬように。上に落ちる事がないように。
「それもそうね。ただ、異民族には容赦がないわね。」
「家畜ではないですから。野獣には相応の待遇を。一線は超えませんが。」
「毒ガスと疫病散布は線の内なのね。」
「殺し合いにルールなどありませんよ。ドクター。」
「貴方に適合した最高の王具を使う事を除いたら。でしょう。」
「話をするな。……申し訳ありません。感情的になりました。ドクターから見れば医療技術向上につながった道具ですから。そういう評価になりますね。ですが、あれは私にはトラウマなのです。自分から使うならともかく。行き成り話題に上るのは苦痛なのです。失礼します。落ち着く時間を下さい。ドクター。」
甘いミードを啜り、口の中の酸味を緩和する。
「私は殺し合いを楽しむ狂人です。そうありたいのです。そう生きたいのです。」
自分に言い聞かせる。
「私は狂人を家族と呼び、居場所のない者を仲間とし。人の皮をかぶり続けるのです。」
在り方を確認する。
「尊厳を奪う生き方も。尊厳ない生き方も。私は為さない。」
他の生き方を否定する。
「私はアリア・フォン・トスカーナ。誇りを捨てる事などしない。命を捨てても。」
私は大丈夫。こんな顔。家族には見せられませんね。
「お嬢様。お客様がお見えです。」
……よかった。クロメなら暴走するところでした。
談話室に通された客。大臣の様子を確認する。明日にも死にそうな体型です。
「お久しぶりです。大臣。死ぬにはよき日ですよ。」
「失礼な。健康体です。頼まれた物と報告を受け取りに来ました。」
羅刹四鬼を連れているとはいえ、我が家に来ますか。
「態々お越しにならずともこちらからお伺いしましたが。」
「面倒です。ナイトレイドは使えますか。」
談笑を楽しもうと思ったのですが、そうもいきませんか。政治に関しては彼以上の教師は居ないというのに。
「エスデスを殺すには力不足でしょう。合格点を与えられるのはアカメ、ブラート、糸使い。ただ、エスデスと三獣士を引き離し。貴方に従わぬ帝具使いを集める口実には十分でしょうか。」
「ぬふふ。悪くありませんねぇ。貴女が威力偵察をしてみると言った時は不安でしたがこうして話を聞くと有難味が分かります。」
こちらも趣味で戦い。その結果を売れるなら悪くないですから。西の異民族討伐の対価を見る。
「この対価は後日に。……どうやって、帝国内の詳細な地図を持ち出したのか。ダメ元で言ってみたのですよ。」
そして軍事機密を持ち出す大臣にあきれる。ブドー大将軍に殺されますよ。
「私は今から一時間後に帰りますのでその時に返してください。」
「こちらをドクターに。」
「はい。お嬢様。紅茶をどうぞ。お客様はケーキを1ホールでよろしいでしょうか。」
「よく教育されていますねぇ。私も欲しいくらいです。くれませんか。」
冗談でしょうが一応釘を打っておきましょう。少し怒った顔をしてみますか。
「吹き飛びたい。」
「脅すならもう少し雰囲気作りをなさい。」
地下水路に仕掛けた五道転輪炉を起爆させるつもりなんて更々ありませんから。
「海千山千の貴方にご教示頂ける機会ですから。」
「はぁ。これからを打ち合わせますよ。童話。」
「ええ。大臣。」
まず、この劇の主役を確認しましょう。
「私達、大臣派。実働部隊は童話。次にエスデスの軍閥と成った地方軍。実働部隊は地方軍其の物。最後に革命軍。実働部隊はナイトレイド。」
「地方軍は帝都の治安を理由にエスデスと三獣士のみを召還します。地方軍は兵糧に薬でも混ぜて処理しましょうかねぇ。」
そのエスデスを殺すのが一番大変なのですが。今更ですか。後、帝都の治安を理由に。ですか。悪くしているのは私と貴方なのに。
次に対策を。
「革命軍の本拠地は貰った地図と物流から割り出すとします。交易相手の異民族が潰れた今。多少は甘くなるでしょうから。」
「それは心強い。わざわざ地方を流民化させたかいがありました。」
エスデスのおかげで膨れ上がる軍事費の補完にしては杜撰だと思いましたがそういう意図があったのですか。
「対価を用意していただければ、地形ごと消して差し上げますよ。」
クロメなら簡単にそれくらいしますから。……個人の持っていい火力じゃないです。本当に。
「それには及びませんよ。準備も整わぬうちに暴発してもらいブドー大将軍を引き付ける事と見せしめという大事な仕事が残っていますから。」
「商館経営程度の私には理解しにくい世界です。」
「財力だけなら私以上の貴方がよくもまぁ。では、最大の懸念について話し合うとしますか。」
エスデス。無用な遠征を繰り返し、帝国の国庫を枯渇寸前まで追いやった疫病神。
遠征をする理由も戦いたいから。目的がそれの時点で将軍失格でしょう。何でこんなのを重用しようとしたのでしょうか。大臣は。
「簡単な話です。選択肢が彼女しかなかったのですよ。貴女と出会うまでは。」
思考を読まないでほしいです。かと言って彼女に軍資金を渡さないと略奪ならいい方で。恐らく、革命軍につくでしょう。戦えればいいのですから。
「方針を確認しましょう。ナイトレイドと潰し合せて疲弊したところを殺す。ですよね。」
「基本は合っています。……おそらく彼女の事ですからナイトレイドを任せれば帝具使いを要求します。表向きはその帝具使いの部隊と一緒にナイトレイドを追うことになるでしょう。」
大体予想通りです。
後は地方の帝具回収と後方基地作成で扱き使われている友人が揃えれば勝ちの目は揺るがないでしょうか。
むしろ童話と羅刹四鬼と友人の部隊で殺せないならどうしようもありませんか。
「戦わず異民族との戦いで使い潰す方が楽そうなのですが。」
「それをするには帝国の国庫が足りません。戦争するのはただではありませんから。略奪をしても足らないのですよ。」
大臣も最初はそうやって殺すつもりだったのですか。確かに常勝の将軍など物語の中にしか居ませんか。居ないはずなのですが。
「上手く踊ってください。特務部隊メーアヒェン。」
「部隊の調整は任せましたよ。大臣。全ての問題に最終的解決を。」
大臣を見送った後、テラスで紅茶を味わいながら考える。
この舞台はどのようなものとなるのでしょうか。
スローター。ヒロイックサーガ。ファルス。どれになるでしょうか。
誰がカーテンコールまで残れるでしょうか。
ああでもきっと素晴らしい舞台となるでしょう。
役者は良いのですから。
さあ、狂った世界で狂狂と舞いましょう。
深呼吸を一つ。心を落ち着かせて起動させる。
幕開けの台詞を王具に任せるために。
芝居がかった演出が得意なものですから。
『どうか、拍手を。これより始まるは狂気の舞台。狂人が望んで殺し合い辱め合う。彼らの望んだとっておきの舞台。
思うがままに。破壊の跡にも、狂乱の跡にも、殺戮の跡ですら草木は萌えるのですから。
狂った世界でもないような奇抜な、無慈悲な、倒錯した物語を!!』
さぁ、楽しみましょう。
これにて序章は閉幕。
次の舞台までどうか歓談でもしてお待ちください。
話は変わりますが、閑話を一つ作ろうかと思うのですが何が良いでしょうか。
[email protected]に宜しければアイデアを放り込んでください。