それが私の生きる道   作:Rcon_raira

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旅立ち
第1話 狩人の音色


 暗い部屋の中、私は一人で手を動かしていた。

 

無機質な光を放つモニターが、デスクの上をぼんやりと照らしている。目の前のPCの明かりだけが、この空間で私を照らしてくれている気がした。

 

 

 

 伸ばした手でタバコを取る。ライターの火が一瞬だけ部屋の空気を揺らし、燃え上がる先端に視線を落とす。そのわずかな灯りに、どこか安心する自分がいた。

 

 

 

 背後から、子どもたちの寝息が微かに聞こえてくる。健やかなそのリズムが、眠気を誘う。けれど、画面の中ではまだ戦いが続いている。ここで終われるわけがなかった。

 

 

 

「いやぁ、今の避けられないかぁ……」

 

 

 

 デスクに固定したマイクに向かって、半ば無意識に言葉がこぼれる。

 

これは独り言じゃない。配信中の私は、カメラの先にいる誰かへ、確かに語りかけている。

 

 

 

 ──私は配信者だ。

 

ゲーム実況グループ《Rcon》のリーダーとして、主にハンターアクションやFPS、TPSといった戦場を渡り歩いている。

 

 

 

「そこはほら、やっぱ気合いで避けないと!わんちゃん、せのーいさんなら受け止めればよくない?」

 

 

 

 耳に装着したヘッドホンから、軽薄でどこか抜けた声が飛び込んできた。

 

Rconのライラ。FPSを主に扱っていて、とにかく前に出る。敵がいても、罠があっても、まず突っ込む。

 

その無謀さに呆れつつも、どこか救われている自分がいる。

 

 

 

「いやあんた……じゃあ受け止めて見なよぉ!」

 

 

 

「え、今のって……受け止めると好感度上がるやつ?イベント??」

 

 

 

「ちげぇわ!恋愛ゲームじゃないって!!」

 

 

 

 会話に割り込んできたのは、VCだけ参加しているRconのひよこ。

 

彼女は主にサバイバルゲームを扱っており、Rconの中では生粋のおバカキャラで通している。

 

今日の狩りには加わっていないが、配信にはひっそりと現れていたらしい。まるで観客席からの実況解説のようなテンションだ。

 

 

 

「でもそのモンスター、ちょっとイケメンやんか。せのーいさん好きそう」

 

 

 

「それモンスターだからね!? 人間じゃないからね!? 見た目、ドロまみれのタコだからね!?」

 

 

 

 軽口を叩きながらも、タバコを灰皿の縁にそっと置く。まだ火は残っていたが、この手で今向き合うべきは別の「獲物」だ。

 

コントローラーを持ち直し、集中する。

 

画面の中で、戦況が激しく動いていた。

 

 

 

「はい尻尾切った。役目終わったから、せのーい後はまかせたわぁ!」

 

 

 

「火力担当!!火力担当居なきゃ狩れないって!!」

 

 

 

 モンスターの尻尾が宙を舞う。

 

私のキャラが振るう狩猟笛がバフを撒き、仲間の行動を支える。

 

その中で鮮やかに敵の部位を切断していったのは、Rconのすいせーだ。太刀を携え、精密で力強い動きで戦場を切り裂く。

 

 

 

 彼とライラは……まぁ、何というか、そういう雰囲気がある。男同士だが、否定する理由もない。

 

私には、理解できる気がした。

 

 

 

「笛なんて使ってるからだ!笛は吹くもんじゃなく叩くもんだぞ!」

 

 

 

「そうだそうだ!俺尻尾切ったんだから頭潰してもろて!」

 

 

 

「できるかぁ!!そこ肉焼くな!そこモンスターの目の前でご飯食べるな!!」

 

 

 

 攻撃の合間に必死で仲間の位置を確認する。

 

画面の隅に、モンスターの目の前で肉を焼きご飯を食べるライラとすいせーの姿が映る。なにやってんだよ……と思いながらも、どこか心が温かくなるのを感じた。

 

 

 

 左のモニターに流れるコメント群。

 

 

 

「ライラ先生また肉焼いてるww」

 

「尻尾切って役目でしょ」

 

「そうだよね、役目終わったからせのーいさんも役目果たさないと」

 

「Let’s Goooooooooo」

 

「急募)ツッコミ担当」

 

 

 

 思わず、口元が緩む。

 

こんな馬鹿なやり取りをしている時間が、何よりも心地良かった。

 

 

 

 私は火力じゃない。目立つプレイもしない。でも、戦況を読み、支援し、チームを勝利に導く。何より、配信を見てくれているリスナーさんを楽しませるのが一番大好きだ。

 

そう思えるほどに、この空間は……Rconの仲間たちは、私にとって特別だった。

 

 

 

 ──モンスターのアイコンの右上に、どくろマークが表示された。

 

 

 

「……弱ったな」

 

 

 

 アイテム欄を開き、落とし穴と捕獲用麻酔玉を探す。

 

討伐じゃない。これは捕獲クエストだ。気を抜けば、全てが水の泡になる。

 

 

 

「よしライラ、こいつ殺すぞ」

 

 

 

「やったるかあああ!!」

 

 

 

「ちょっとまって!?これ捕獲クエストだからね!?」

 

 

 

 言いながら、コントローラーを握る手に力が入った。

 

馬鹿ばっかり。でも、そんな奴らと一緒にいるこの時間が、たまらなく好きだった。

 

 

 

 眠気なんて、とうにどこかへ消えていた。

 

私は落とし穴を構え、モンスターの前にそっと仕掛ける。

 

後は落とし穴に引っかかったモンスターに対して捕獲用麻酔玉を投げるだけ。

 

捕獲用麻酔玉を片手に持ちながら、モンスターを待ち受ける。

 

 

 

 なぜか、画面が止まった。

 

音も無い。

 

まるで世界が止まっているような感覚に陥る。

 

……いや、これは本当に止まっている?

 

 

 

 先ほどまで聞こえていた子供たちの寝息すら聞こえない。

 

ふと、周りを見渡す。

 

 

 

 ただの暗闇。

 

先ほどまでの暗闇ではない。

 

室内という空間が作り出せる暗闇ではない。

 

 

 

 そこにあったのは、暗闇という何かだった。

 

 

 

「……は?」

 

 

 

 思考がまとまらない。

 

なんで?

 

ここは?

 

みんなどこに行ったの?

 

 

 

 半分パニック状態に陥りながらも、声を出す。

 

マイクに対して、助けを求める。

 

 

 

「き……きこえてる?なんか部屋がおかしいんだけど」

 

 

 

 ――反応が無い。

 

PCがネットワークに繋がっていないのかと考えたが、そもそもPC自体正常に動いているのか怪しい。

 

やはり、止まっているままだ。

 

 

 

「どうだい?僕が作ったこの世界は」

 

 

 

 冷や汗が頬を伝う。

 

聞き覚えの無い声があたりに響く。

 

動揺を隠すため、灰皿の縁に置いていたタバコを手に取ったが、既に火は消えていた。

 

新しくタバコを取り出し、火をつけようとするがライターに火をつけられない。

 

幾度とチャレンジし、やっと火をつけることが出来た。

 

 

 

「……ふぅぅう……」

 

 

 

 タバコの煙を吐き出し、私は少し冷静になる。何が起こっているのか、全く分からない。

 

 

 

「誰……ですか?ここはどこですか」

 

 

 

 問いかける。私に出来ることはそれしかなかった。

 

 

 

「僕は……そうだなぁ。うん。君かな」

 

 

 

「私……?」

 

 

 

「うん、君でもあるし、彼でもあるし、彼女でもある」

 

 

 

 意味がわからない。聞いたはずなのに、頭の中がさらに混乱する。

 

 

 

「わからなくてもいいよ。僕を理解しようとするのは人間の領分を超えているからね」

 

 

 

 私が困惑していることに気づいたのか、言葉が重ねられた。

 

 

 

「君はね、選ばれたんだよ。その世界に。その武器に。その旋律に」

 

 

 

「私が……選ばれた?」

 

 

 

 その世界。

 

 その武器。

 

 その旋律。

 

 

 

 それだけの情報を貰い、やっと一つ頭の中で整理が出来た。

 

全て、今やっていたゲームの事を指している。

 

 

 

「残念なことにね、その世界はちょっとバランスが崩れ始めているんだ。そのバランスを調整する役。いわば調整者が君だよ」

 

 

 

 とても非現実的な話。

 

普段の私なら、ただのギャグだと思って笑い飛ばしていたことだろう。

 

しかし、今もなお非現実に身を置く私からしたら、全てが真実に聞こえた。

 

 

 

「私は……何をすれば?」

 

 

 

「ん?別に特別な事はしなくても大丈夫だよ。ただ笛を使い。ただ旋律を奏で、ただ、モンスターを屠ればいい。それがその世界を救う事に繋がる」

 

 

 

 先ほどまでまとまってなかった思考が、動き出す。

 

何をすべきか、私にはまだ全てを理解することは出来なかった。

 

けれど、やるしかない。

 

 

 

「……戻れるんですか?」

 

 

 

「君が元居た世界に、かい?それはもちろん。君の役目が終わった時、君が元居た世界に、元居た時間に、何もなかったかのように戻してあげるよ」

 

 

 

 その言葉で、希望が見えた。

 

戻れるなら。

 

また、いつもの日常に戻れるなら。

 

頑張れる。

 

 

 

「あ、でも一つだけ残念なお知らせがあるんだ」

 

 

 

「……残念な、お知らせ?」

 

 

 

 少しだけ、嫌な予感がした。

 

 

 

「うん。君ももう分かっているだろうけど、その世界というのは君がさっきまでゲームで遊んでいた世界だ。その世界の狩人って君からしたら超人だろう?攻撃を受けても、怪我をしても、ただHPという数値が変動するだけで実際に死ぬことはない」

 

 

 

「確かに……」

 

 

 

 嫌な予感が、徐々に膨らんでいく。

 

 

 

「けどね、君はただの人間だ。外部から招く人間だ。超人的な力は身に着けていない。……死ぬんだよ。モンスターにひと噛みされただけで。モンスターの巨体に踏みつぶされただけで」

 

 

 

「……は?」

 

 

 

 冗談じゃない。

 

自慢できないが私はそこまで運動が得意ではない。

 

なにより、そんなところで死んでられない。

 

 

 

「ちょ、ちょっと待って!死ぬ?死んだら、元の世界ではどうなるの?」

 

 

 

なんとか、言葉を絞り出す。

 

 

 

「消えるね。君という存在が。元から居なかったことになる。世界から君という存在が居た痕跡が消える」

 

 

 

 最悪だ。

 

考え得る中で、一番嫌な展開だと思った。

 

家族が居る。

 

Rconが居る。

 

リスナーが居る。

 

 

 

 そのすべてから、私が居なくなる。

 

ただ、安心もした。

 

居なくなるのであれば、悲しむ人も居ない。

 

 

 

 それでも、怖いものは怖いが。

 

 

 

「大丈夫さ。そのために、君には現地の狩人には無い特別な能力を与えてあげる。ただの人間のまま行かせたって、世界は救えないからね。それに、ただ死なせるために行かせても意味はないから」

 

 

 

「特別な……能力?」

 

 

 

 それなら死なない能力にしてほしい。

 

そう思ったが、きっとそれは出来ないのだろう。

 

出来るのであれば、先ほどの話をする必要が無い。

 

 

 

 ただ、一縷の望みに掛けて、一応聞いてみる。

 

 

 

「あの……死なない能力とかにしてくれたりは……」

 

 

 

「んん?そんなんで良いのかい?それが良いならそうするけど」

 

 

 

 出来るんかい!!!

 

心の中でせのーいが思いっきりハリセンを振り下ろした。

 

 

 

「生物には器がある。本来なら死なない能力なんてひとりの人間の器には入らないんだけど……。うん、完全な不死は無理だね」

 

 

 

 どうやら、ちょっとした制約があるみたいだ。

 

私には声しか聞こえていないが、少し思案しているのが声から感じられた。

 

 

 

「うん。君の能力は首が落とされても死なないこと。頭が潰されても死なないことだ」

 

 

 

「いやそれすんごい限定的じゃん!?」

 

 

 

 思わず突っこんでしまった。

 

確かに人間としてはそれは不死なのだろう。

 

不死なのだろうが、じゃあ胸を貫かれたらどうするのだろうか。

 

血液が止まらず、失血死するという可能性もある。

 

 

 

「いいね、少し元気になって来たじゃないか。確かに完全な不死とは言えないけど、きっと君の力になってくれるはずさ」

 

 

 

 徐々に暗闇で閉ざされていた世界に光が差してきた。

 

ガラスを割るような形で空にヒビが入っていく。

 

 

 

「ああ、ごめんね。そろそろ時間みたいだ。君の事はちゃんと見てるよ。うん。頑張ってね」

 

 

 

「え、ちょっとまって、まだ心の準備が出来てないから!!」

 

 

 

 一旦もうちょい待ってほしい。

 

うん、もうちょいというかもっと待ってほしい。

 

いいよって言うまで待ってほしい。

 

 

 

「ごめんよ。僕もまだ待ってあげたいんだけど。時間が無いからさ」

 

 

 

 徐々に意識が飛んでいく。

 

まるで二日間徹夜したときのような眠気が私の瞼を閉じさせる。

 

 

 

「え、うそでしょ、まだ聞きたい事が――」

 

 

 

 意識が飛んだ。まだ、聞きたい事も分からない事もたくさんあったのに。

 

 

 

ヒビ割れていく暗闇の中、ぽつりと何かがつぶやいた。

 

 

 

「うん。これでいいかな。いいよね。うん。大丈夫。君は君が選んだ道を進めばいい」

 

 

 

 そうして、私は本当の狩人になった。

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