朝が来た。
窓の外には淡い霧が立ち込め、村全体をぼんやりと覆っていた。
昨日、命からがら逃げ延びたはずの身体は、まだ重たく、火照ったままだ。
宿舎の硬いベッドに腰掛けたまま、私はしばらく何もできずにいた。
両手は微かに震えている。息をするたびに、胸が痛む。
それでも、今日を迎えてしまった。
ハンター試験の日だ。
怖い。
だけど逃げられない。
ここで立ち止まれば、自分の存在そのものが消えてしまうような気がしていた。
村の広場に出ると、試験官の若い狩人が待っていた。
彼は革と鋲で頑丈に補強された装備を身につけ、地図を広げており、鋭い視線が私を値踏みしている。
「せのーい、だな。俺は今回の試験を任せられたマツリダだ……準備はできているか?」
声に威圧はなかった。ただ、覚悟を問われているのがわかった。
私は静かにうなずいた。
言葉で誤魔化すことはできない。
心の底から、この試練を受け入れるしかない。
「まず、第一の課題だ。火山地帯の飛竜の卵運搬――地図の×印、“赤錆れの尾根”にあるリオレウスの卵を一つ、無傷で回収する。距離は直線で二キロほどだが、実際は岩場、砂利道、蒸気孔を越えなければならない。熱気と硫黄の臭いが肌を刺し、足元の崩落も頻発する場所だ」
マツリダは地図の尾根道を指でなぞりながら説明を続ける。
「次に、森の湿地帯での特産キノコ十本採取だ。湿地の奥には“月光キノコ”と呼ばれる白銀の傘を持つキノコが群生するが、毒キノコも混在している。自分の目と手で安全を見極め、納品所へ持ち帰ること」
周囲の村人たちが神妙な面持ちでこちらを見ている。湿地帯の深い緑と蒸気に包まれた湿気は、想像以上に重苦しそうだった。
「最後はランポス五頭討伐だ。村の東、岩場に生息する小型飛竜を五頭狩り、その討伐証を掲げて戻る。逃げ場はない」
マツリダが私を真っ直ぐ見つめ、声を低める。
「命を賭ける覚悟はあるか?」
一瞬の沈黙の後、私は決意を込めて答えた。
「あります。必ず――やり遂げます」
私は、こんなところで止まってはいられない。
マツリダから試験内容がまとめられた羊皮紙を受け取り、さっと中身を確かめる。
――まるでゲームのクエストみたいだ。
背中に背負っている笛が、急に重みを増した気がした。
私はマツリダと分かれ、一旦試験内容を復習する。
それぞれ、ゲームの中で何度もこなしたクエスト。
それゆえに、知っている。
飛竜の卵は……恐らくリオレイアの卵の事だろう。
となると、リオレイアまたはリオレウスが近くにいる可能性も考えられる。
……また、モンスターと対峙することになるのか。
いつまで経っても色あせない恐怖が私をむしばむ。
――いつまでそんなことを言っているのだろうか。
いつまで、寝言を言っているのだろうか。
そう、自分に言い聞かせる。
なにごとも、嫌なことは一番に終わらせるに限る。
そう考えた私は、飛竜の卵運搬から進めることにした。
村の西側に外に繋がる関所がある。
かつて、モンスターの襲撃に耐えるためにつくられたソレは、今となってはただ人の出入りを管理するためのものになっているようだ。
関所まで足を進めると、1人の狩人が声を掛けてきた。
「そこのあんた。外に出るのか?出るのならばハンターライセンスを見せてくれ」
両肩から背中に背負っている武器の柄が見えており、頭から爪の先までフルフェイスの白い鎧に身を包んだ彼はそういった。
恐らく、衛兵のような立ち位置にいるのだろう。
しかし、申し訳ないのだがまだ私はハンターライセンスを持っていない。
「すみません、まだハンターライセンスを持っていなくて……」
正直にそう伝えると、彼は少し待っていてくれと言い、関所の奥へと消えていった。フルフェイスの奥で少し困惑といら立ちの感情がにじみ出ていたが、触らぬ神にたたりなしという言葉もあるので一旦触れないようにしておく。
5分ほど待っていたところ、彼が関所の奥から戻って来た。
「すまない。待たせたな。あんた試験を受けているせのーいだな?試験を受けているものは問題なく通る事ができる。ギルドからの連絡不足で確認に手間取ってしまった。時間を取らせて申し訳ない」
頭を下げられるが、別に私はそこまで急いでいたわけではないし何も謝られることをされたわけでもない。
かといって、頭を下げるという事は彼はきっと真面目な人物なのだろう。
謝罪を受け取らないと彼に失礼だと考え、今は受け取っておくことにする。
「いえ、そこまで待っていたわけではないので……確認ありがとうございます」
狩人は頭を上げ、近くにあった用紙を手に取る。
「すまないな。一応規則で関所を通る人間はどこに行くかと目的を聞いとく必要があってな」
試験内容が掛かれた羊皮紙を出し、彼に伝える。
「この試験の中の、飛竜の運搬をやりにいくところです」
羊皮紙の内容に目を通した彼は、片手にもった用紙に何かを記載した。
「これで大丈夫だ。試験頑張れよ」
人から貰える"頑張れ"の一言が、どれだけ自分にとって救いになるか。
「ありがとうございます!」
そう伝え、関所を超える。
火山地帯までまだまだ距離がある。少しでも万全の状態で挑みたい。
そう思いながら足を速めた。
――せのーいが通過した後、30分ほど後に関所に一人の狩人が駆け込んできた。
「おい!この場にせのーいというハンターライセンスの試験受験者は来なかったか!」
額には汗がにじんでおり、普段強靭なモンスターを相手取っている狩人にしては息が乱れていた。関所の扉を開け、開口一番にせのーいについて質問をした彼はその場で息を整えるために座り込む。
「マツリダじゃねぇか!一体どうしたんだ?さっきせのーいなら関所を通って行ったが……」
せのーいを対応した狩人がマツリダに近づき問いかける。
「ヴェスト。お前がせのーいを担当したのか。……せのーいはどこに行ったかわかるか?」
まだ息が整っていないマツリダは、せのーいを担当した狩人――ヴェストに顔だけ向け、問いかける。
その瞳には、焦燥と不安が混じっていた。
その様子にヴェストはただごとではない雰囲気を感じ、ゆっくりと問いかける。
「せのーいは火山地帯に向かっているようだ。飛竜の卵を運搬しに……。何があった?」
その言葉を聞いたマツリダは、ゆっくりと深呼吸する。
少し整ってきた息を更に整え、手を使い立ち上がる。
そして、告げる。
「観測隊から連絡があった。奴が……奴がきた。火山地帯の上空で観測したとのことだ。それを受け、せのーいの試験は一旦延期する事になった。なお、火山地帯にもギルド指名の狩人以外の立ち入りを禁止する。とのことだ。もし、既にせのーいが向かっているとしたら……我々で救出部隊を派遣する必要がある」
誰が悪いわけでもない。
それぞれが、それぞれの仕事を全うした結果だった。
しかしそれは、遅すぎる判断だった。