「すみません。ひとまず、ここへ」
「は、はい…!」
あれから少し歩き、大きな公園へと着いた2人は、ベンチに座っていた。
金髪の女性の方は、未だに顔を赤くしたままだが、それよりも一輝は、違和感が大きくなっていった。
「にしても、今日は女性しか見かけないな…」
と、ついに声に出した。
先程、この女性を助けてからも、すれ違う人や、公園の利用者を含めて、女性しか見かけない事実。
これは流石に、違和感どころではなくなっていた。
「えっ…?あの、つかぬことをお聞きしますけど、貴方は…?」
「ああ…。すみません。僕の名前は、瞬一輝といいます」
「私は、角倉美咲(カドクラ・ミサキ)です。あの、瞬さん。女性しか会わない、というのは…?」
「えっと、そのままの意味ですよ。家を出てから、女性しか会ってないし、見かけてもないんです。そんなこと、あるかな…」
抱いている違和感の正体を、美咲に語る一輝。
昨日までの生活とは、明らかな変化。
その正体が、未だに分からないでいた。
「えっと…。瞬さんは、どこに住んでるんですか?」
「この辺りですよ」
「なら、私と変わらないはず…」
「と、言うと…?」
「住んでる場所が違えば、とは思ったのですが…。あの、瞬さん」
「はい…?」
何かに気付いた美咲は、一輝に向けて、話出す。
「もしかしたら、なのですが。瞬さんって、記憶とかを失ったりはしてませんか?」
「えっと…?いえ、その自覚は…」
「いえ…。でないと、説明が付かなくて。失うと言うより、変化だとは思いますが…」
「と、言いますと…?」
「貴方からしたら、男性に1人も会わないのは、おかしいのですよね?」
「ええ、まぁ…」
「私からしたら、それがおかしいというか…」
「そう、なんですか…?」
「ええ。街を歩く人のほとんどが女性というのが、私たちの認識なので」
「…………」
そんな気がしていた一輝だが、いざそう言われると、戸惑いを隠さないでいた。
昨日までは、自分がよく知る日常を過ごしていたのに、その日常の一部が、明らかに変化していた。
そうなると、違うのは、自分の記憶なのか、この世界なのか、分からなくなってくる。
「……僕の、今までは…?」
「分かりませんが…。でも、住んでるお家とかは、違和感はないんですよね?」
「え、ええ…。よく知ってる、自宅です。それに、この街も、この大きな公園も、よく知ってるところで…」
「でしたら、やはり記憶の一部が、変わってるのだと思います」
「……でも、何故そう言えるんですか…?記憶とかじゃなくて、僕自身を疑ったりしないで…」
「男性の場合、そうなってもおかしくありませんから…」
「……ん?」
するとそこで、自分が想定してたようなこととは違うようなものを、一輝は感じる。
その口ぶりだと、一輝本人ではなく、男性自身に、何か理由がありそうだと感じたから。
「今の瞬さんに言っても、実感はないかもしれませんが…。女性に比べて、男性はかなり特殊な存在なんです」
「と、言うと…?」
「外に出ているのが女性ばかりというのは、ほぼ当たり前なんです。男性はほぼ、家から出れませんから」
「……体力とか、そういう関係で、ということですか?」
「はい。外に出ても問題ないような人は、ほんの一握りだそうです。なので、男性に助けてもらったというのは、本当に初めてのことですし、全世界を探しても、珍しいことだと思います」
「なる、ほど…?」
少しずつ、現状を理解していく一輝。
ひとまず、一輝の中で、1つの仮説が組み上げられつつある。
「ですけど、そんな男性に対して、何も思ったりしないんですか?あまり僕の立場で言うのは良くないですけど、頼りない、とか…」
「いいえ。たしかに、ほとんどの男性は、家の外を満足に歩けませんし、仕事も出来ませんが…」
「なのに、どうして…?」
「私たちにとって、男性というのは、ヒーローそのものなんです」
「ヒーロー…?」
「はい。はるか大昔。とても気の遠くなるぐらいの話だそうなんですが、私たちの世界は、一度滅びかけたそうなんです」
「えっ」
突然の話に、一輝は衝撃を受ける。
仮説のことと、美咲の真面目な顔は、決して妄言というワケではなさそうだったのを感じたから、余計にだった。
「その脅威の正体は、分かっていません。大蛇とも、巨人とも、悪鬼とも言われていて」
「……まあ、少なくとも神話とか、それぐらいのお話しなんですね」
「はい。でも、これだけは分かります。男性たちが決死で戦って、守り抜いてくれたって」
「神話とかは、伝承なんですよね。どうして、そこまで信じられるんですか?」
「身体に刻まれてる、と言うんでしょうか?男性が今の状態になったのは、その戦いの呪いと言われてますが、その反面、女性にはその時の感謝の気持ちが、すっと残ってるのではないかと」
「そういう、ものなんですね」
「ですから、本当に嬉しかったんです。貴方に助けてもらったことが」
今の一連の話で、一輝は確信した。
変わったのは、自分の記憶や認識などではなく…。
(僕のいる世界自体、だったのか)
あの時に見た夢がキッカケだったのか、それとも別の理由なのかと、色々考えるも、答えが出ることは無い。
ただ、少なくとも自分がいる世界は、自分の知るものとは違うものだと、確信した。
「あっ、そろそろ、行かないと…」
「まだ足が痛いはずです。どこまでですか?」
「えっと…場所は、この公園なんです。でも、私の仕事は、少し特殊で…」
「と、言うと?」
「あっちの方に、ステージがありまして。私の番ではないんですけど、一緒に行きますか?」
「気になりますし。良ければ」
美咲の案内で、一輝は歩き出す。
美咲はこの間で、なんとか歩けるぐらいにはなったようだったが、まだぎこちなさは残っていた。
「一輝さん。あちらです。見えますか」
「あれは…。ショー、ですか?」
「はい。ヒロインショーなんです」
一輝の目に移ったのは、一輝にとって、とても馴染みのあるものだった。
この世界のヒーローと言えるものだろう、女性戦士のスーツと、敵役の怪人のスーツが、ステージ上で戦っていた。
「私の仕事は、あんな風に、子供たちに夢を届けることなんです。あのヒロインは、オリジナルのものですけど」
「貴女が考えたものなんですか?」
「いいえ。社長が全て考えてるんですよ。小さな会社ですけど、みんな熱心なんです」
「それは…!とても、素晴らしいですね」
「本当は、ヒーローショーを開きたいんですけどね。でも、ヒーローを演じれる人が、いないもので」
「そうなんですか?」
「私たちは全員、ヒーローに憧れは持ってますけど、それだけじゃダメなんです。心の底から、ヒーローとして、夢を与えたいと思える人じゃないと…」
「心の底から…。ですか」
「はい。私たちにとってヒーローというのは、身近にいますけど、とても遠くて」
その言葉の意味を、一輝は理解した。
この世界の憧れの対象は、主に男性だったという、その言葉。
となると、彼女の言う、夢を与えるヒーローというのは…。
「男性の、スーツアクター。ということですか」
「……!ええ。最も、この世界に、そんな人はいないんですけどね」
その言葉を、一輝は静かに聞く。
確かに、家から出ることも満足に出来ないのが、この世界の男性の基準なら、ましてや男性スーツアクターなど、存在するはずもないだろうと、理解した。
目の前のショーは、子供たちの歓声と拍手で終わりを告げた。
「私の番ですね。私は、ショーのお姉さんなんですよ。一輝さんも、見ていきますか?」
「僕も見ていいなら、是非とも…。でも、その足で大丈夫ですか?」
「大丈夫です。次のショーは、あまり動きませんから。それに、子供たちも待ってますし」
そういう美咲の目には、確かな意志があった。
子供に夢を与えたいという気持ちは、一輝にも伝わる。
「美咲さん。遅かったわね…。あら、男性?珍しいわね」
「ああ…。すみません、社長」
「別に怒ってるワケじゃないわ」
そこへ、1人の女性が現れる。
所謂キャリアウーマンと呼べる恰好をしていたその人は、美咲から社長と呼ばれていた。
「はじめまして。私はH・S企画の社長、広崎翔子(ヒロサキ・ショウコ)と申します」
「僕は、瞬一輝といいます。はじめまして」
「……!久しぶりに、男性と挨拶を交わせたわ」
「社長。次のショーは、30分後ですか?」
「ええ。予定通り行うわ。美咲さんも、既に頭に叩き込めてるでしょう?」
「はい!ばっちりです!」
「瞬さんも、よかったら観ていってくれるかしら?」
「ええ。楽しみです」
「す、すみません、社長!」
「ルナさん?」
そこへ、ルナと呼ばれた女性が割って入る。
どうやらトラブルがあったのは、この場の3人が、察した。
「トラブルね?なにがあったのかしら」
「あの…。依頼していたアクターさんなんですけど…」
「ええ。次のショーの主役を演じてもらうはずね。何かあったのかしら?」
「来ないなとは思ってたんですけど…。その、ここに来る途中で、ケガをしてしまったみたいで…」
「なんですって…!?」
美咲、翔子、ルナの間に緊張が走る。
一輝も、ケガをした人を心配していたが…。
「命に別状はないみたいです…。本人から、連絡が来ましたから…」
「そう…。それはよかったわ。でも、困ったわね…」
「代わりのアクターさんなんて、そんなにすぐには…」
その言葉を聞いて、一輝は僅かに身体を動かす。
今の状況をどうにか出来るのは、自分しかいないというのを、直感的に理解したからだった。
(……でも、僕がやっていたのは、敵役ばかり。主人公なんて、演じられるか…?)
それでも、自信がなかった。
今までのアクター人生で、演じたのは敵役ばかりなため、満足な動きが出来るかどうか、というのがあった。
その為、躊躇していたが…。
「子供たちを、がっかりさせるワケにはいかないわ…」
「でも、この状況をどうすれば…」
迷ってる暇は、なかった。
「……僕に、やらせてもらえませんか?」
覚悟を決めて、一輝は動き出した。
執筆BGM:HEATS
伝わりづらいと思うので、箇条書きに
①美咲の世界では、男性はいるが、そのほとんどが家での生活しか出来ないほどに、元気がない。
②そのため、一輝が(美咲にとって)変なことを言っても、違和感を抱くことはない。
③だが、そんな存在になっていても、この世界の女性が男性に対して、何かをすることはなく、むしろ支えている。
④そもそもそうなった原因が、大昔に男性が世界を救って、その後遺症という眉唾物のものだが、この世界の全ての女性たちは、それを身体のどこかで認識している。
⑤なので、この世界にとって、どんな男性でも憧れの対象となる。
⑥そんなところに現れたヒーロー←今ここ