虎杖先生、少しお時間をいただけますか?   作:だっちゃまん

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信念の跡に残る想い

 

 

翌日、アビドス住宅街。

 

 

 

 

「うっ……な、なに……っ!?」

 

見知った顔の生徒と出会った悠仁───そして、どこか気まずそうに顔を歪める少女、セリカは肩にかけた鞄を胸に寄せ、咄嗟に距離を取った。 昨日のことがまだ心のどこかに引っかかっているような表情で。

 

閑静かつ人の皆無な住宅街。ゴーストタウンとなった此処は、比較的綺麗な外観を保ってはいるものの、良く見るとあちこちに砂が溜まっていたり、植物が四方八方伸びていたりする。

 

もし、此処がただの住宅街ならこの構図は非常にマズイ状況。下手すれば通報されかねないが、生憎と周囲には悠仁とセリカの二人しか居ないため心配は無い。

しかし、其れはそれとして。まさか昨日今日でここまで寒暖差が開いているとは思わず、悠仁は苦笑いで呟く。

 

「おはよ、セリカ」

 

「な、何が「おはよう」よ。馴れ馴れしくしないでくれる?私、まだ先生のこと認めてないから」

 

口をついて出た言葉とは裏腹に、どこか視線が揺れていた。昨日あれだけ言った手前、素直に対応することも出来ずセリカは口をすぼめた。

 

「…まったく、朝っぱらからうろうろしちゃっていいご身分だこと」

 

「セリカもどう?一緒にサボる?」

 

「さ、サボんないわよ!」

 

「俺とは遊びたくないの…?」

 

「いや、そうじゃなくて───じゃなくてっ!そんな顔で見ないでよ、なんだか私が悪いみたいじゃない…!」

 

芝居がかった悠仁の落ち込んだ素振りに途端セリカの語気が弱まった。短絡的思考な部分はあれど、彼女も基本的に善人で心優しい子だ。悠仁の泣きそうな目線におろおろと手を出したり引っ込めたりと忙しない。

 

「それはそうと、学校行くなら俺も一緒に───」

 

「付いて来ないで」

 

「え、良いじゃん」

 

呑気に宣う悠仁に思わず何かを言いたげにするも、思い留まって鋭く睨みつけた。

 

「朝っぱらからこんなところウロついていたら、駄目な大人の見本みたいに思われるわよ」

 

それだけ云って、もう話す事はないとばかりに背を向けて歩き出す。彼女の周囲には怒気が滲んで、カゲロウのように揺らめいているのは気のせいだろうか。

 

「じゃあね!せいぜいのんびりしていれば?」

 

「置いて行ってもいいの?迷子になっちゃうけど…」

 

「……」

 

「こんな場所で、お腹を好かせながら迷子になってさ。1人寂しく衰弱しながら彷徨うよ……?」

 

「……うぅ」

 

「良心、痛まない?後悔しない?セリエモン…」

 

わなわなと震えながら、頭から湯気が立ち篭もる。悠仁に迫られ、良心とプライドの板挟みになった彼女は顔を真っ赤にして───砂埃を散らして逃げ去った。此処で追いかけようとすれば益々嫌われそうだが…好感度が地に落ちる程度の犠牲であれば、必要なものだと割り切って、セリカを追いかけた。

 

「……先生って大変だよなぁ」

 

そして徐に駆け出した悠仁はものの数秒でセリカの隣に並ぶ。例えキヴォトス人と云えど、培った身体機能の差は覆せない。そして、隣に悠仁が並走して来た事に、ぎょっとしたセリカは身を仰け反らせ、慌てて足を止めた。

 

「ひゃあ!? な、何でついて来るの!?」

 

「セリカと一緒に遊びたいなって」

 

「何言ってんの!? あっち行ってよ! ストーカーじゃないのっ!」

 

「セリカのこともっと知りたいんだ」

 

「…ッ、わかった! 分かったってば! でも付いて来ないで!行き先を教えるから!」

 

悠仁が真剣な顔でそう言えば、セリカは顔を赤くしながら再三叫ぶ。若干涙声になった彼女は弱々しく呟いた。

 

「……今からバイトに行くの」

 

「あ、バイトなんだ?偉…」

 

「別に偉くなんか…あーもう!時間もないの!私はアンタみたいに暇じゃないから!これでいい!?だからついてこないで!じゃあねっ!」

 

「いや!じゃあ、せめてバ先教えてよ!」

 

「なんであんたに教えなきゃならないのよ!」

 

「お願い!」

 

「しつこいわよ!? あっち行ってよ! 怪力悪魔!! あっち行けってば!! ぶっ殺すわよ!?」

 

今度こそ付いてきたらただじゃすまない。と殊更に告げたセリカは、大量の悪口と共について来られないよう全速力で走って消えた。捲し立てる勢いに若干たじたじになった悠仁は、涙を堪えるように不意に空を見上げた。

 

物凄い剣幕と言われようである。

 

しかし、相変わらず紋様が浮かんだ青い空。そして白い雲。この悩みも大きな空の下ではちっぽけな……ものでも無いが小さなモノだろう。ツンケンしているのに、此方を心配する瞳を纏う姿になぜか笑みが零れる。

 

まるで、妹のような生徒に息を吐いて。暫くそうやって立ち止まっていた悠仁は───かつての力を少しだけ、解放せんと大きく伸びをする。

 

「…まぁ、やるっきゃねーよな」

 

シッテムの箱を取り出し、アロナを呼び起こす。

 

「──アロナ、今から妹のバ先に突撃したいんだけど、端末のGPSハッキングしてくんない?」

 

このまま行けば多分、いや絶対嫌われるだろう。あーあ、先生って難しいなぁ…なんてボヤきつつも生き生きとした表情で、アロナに告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いらっしゃいませ、柴関ラーメンです!」

 

店内に響き渡る溌剌とした声。前掛けを腰に巻き、三角巾で髪を纏めたセリカが笑顔を惜しみなく振る舞い、接客を行っていた。

 

名を『柴関ラーメン』。アビドスの中でも数少ない未だ営業中の飲食店で、安い、早い、美味いと周辺では評判の店である。セリカは仲間達にも内緒で、このラーメン店でのバイトに精を出していた。

 

「何名様ですか? 空いているお席にご案内いたします!」

「少々お待ちください!三番テーブル、替え玉追加お願いします!」

 

あっちへこっちへ、忙しなく動き回りながら働くセリカの額には汗が垂れていた。店内は存外に人が多く、数少ない営業店であるが為の宿命だろう。連日盛況を見せる此処は、閑散な町並みとは違って賑わっている。

 

不意に扉が開き、また新しい客かとセリカが笑顔を向ける。

 

「いらっしゃいませ! 柴関ラーメンで──わわっ!?」

 

「あの〜☆五名なんですけど〜!」

 

古めかしい木製の引き戸を開けて中に入って来たのは、見覚えのある仲間の姿。お客様かと思って向けた笑顔は徐々に引き攣って、表情を一瞬固めたかと思いきや、驚きを顕にして一歩下がった。

 

「あ、あはは……セリカちゃん、お疲れ…」

 

「お疲れ」

 

最初に入って来たノノミを筆頭に、アヤネ、シロコが姿を見せる。予想外のあまりにセリカは唐突に現れた皆を見渡しながら、愕然とした表情を浮かべた。

 

「み、みんな…! どうしてここに!?」

 

「うへ~、やっぱり此処だと思ったよ」

 

「いやぁ〜やっぱ大事な妹のバ先に顔ぐれぇは出さんとね」

 

「ほ、ホシノ先輩!?先生まで…!?やっぱストーカー──って、なによ妹って!!!」

 

遅れて来た人物もまた、セリカにとっては見覚えのある人物。相変わらず眠たげに目を細めている彼女、そして極めつけはついさっきまで自分を追いかけてきた不審者兼教師の悠仁。

 

セリカの傍に寄ったホシノの衝撃は吹き飛んで、よっ!なんて軽いノリで右手で挨拶する悠仁にセリカはぷるぷると体を小刻みに揺らす。その隣で、シロコの目が僅かに細くなった事は誰も知らない。

 

「うへ、先生は悪くないよ〜。セリカちゃんのバイト先といえば、やっぱ此処しかないじゃん?だから来てみたの」

 

「うぅッ……!」

 

「それにしてもぉ……なになに〜?妹って〜??」

 

「セリカちゃん…まさか先生とそんな関係になったんですね☆」

 

「…私は、その……良いと思います…」

 

「…ん。先生は私のモノ、渡さない」

 

「ち、違うってば!!私もなんのことかわかんないの!ってか、急に変なこと言わないでよ!勘違いされちゃったじゃん!!」

 

まさかの言動に羞恥と驚きが入り混じり、セリカは悠仁に詰め寄る。そんな彼女の気持ちなんて露知らず──。

悠仁は笑って「早く接客を見たいな〜」と、抜かすその口に銃口を咥えさせてやろうか真剣に悩んだその時。

 

カウンターの向こう側から二足歩行する柴犬としか表現できないような、この柴関ラーメンの店主が顔を覗かせ、声を上げた。

 

「アビドスの生徒さんか! セリカちゃん、お喋りはそれくらいで、注文を受けてくれな!」

 

「うぅ……はい、大将、それでは広い席にご案内します…此方へどうぞ…」

 

大将に云われては逆らえない。大きく落ち込み、とぼとぼと席へ案内し始めたセリカの後を、ホシノとノノミは楽しそうに、シロコはいつも通り、アヤネは苦笑いで追った。

 

案内されたのは奥側の六人席。ホシノとシロコ、アヤネとノノミという席順で座った後、不意にシロコとノノミが同時に悠仁を見た。

 

「はい、先生はこちらへ! 私の隣、空いています!」

 

「……ん、私の隣、空いている」

 

「これ、両脚をなんとか二人のソファに掛けれないかな……」

 

「いや無理だから!そもそも変な体勢で食べさせないからね!」

 

「ほらぁ〜先生。妹のセリカちゃん怒っちゃったよ〜?」

 

ホシノの言葉に耳を赤く染めて「ち、違う!妹じゃない!」と弁論を繰り広げるセリカに聞く耳を持たないホシノはどことなく楽しそうな雰囲気で微笑んでいた。──その真横に座るシロコは頬を膨らませて、ノノミは「どっち座るんですか?」とでも言いたげに悠仁に視線を送る。

 

そして、考える素振りもなく流れるようにシロコの隣に座った。勝者となったシロコは勝ち誇ってノノミにドヤ顔をお披露目し、対してノノミは悔しそうに「次は負けませんよぉ…」と拳を握った。

 

「次ここに来たら、ノノミの隣を邪魔するよ」

 

「ん、先生は次も私の隣にいるべき」

 

「それはずるいですよ〜!私にも権利はあります!」

 

バチバチと花火を散らす二人は無視して、通路に立つセリカは死んだ目のまま「ご注文取りマース」と真顔で告げる。その変貌具合にアヤネは苦笑し、ホシノは呑気に「セリカちゃん、制服姿かわいいねぇ〜」と親父臭いセリフを放っていたとかいなかったとか。

 

そうしてノノミとバチバチのやり取りを行っていたシロコは、不意に疑問をセリカにぶつけた。

 

「セリカ。バイトはいつから始めたの?」

 

「い、一週間ぐらい前……かな」

 

「そうだったんですね☆時々姿を消していたのはバイトだったという事ですか!」

 

「も、もう良いでしょう! ご注文はっ!?」

 

セリカが恥ずかしそうにボード型の端末にペンを走らせれば、そんな彼女をにやにやと見ていたホシノが下から覗き込むようにして口を開いた。

 

「え~、そこはほら、御注文はお決まりですか、でしょー? セリカちゃ〜ん、お客様には笑顔で親切にしなくちゃね〜?」

 

「あうぅ……ご、ご注文は、お決まりですか……」

 

何て迷惑な客だ、悠仁は自身を棚に上げて思った。しかし、セリカ側としても今の対応は問題があると思ったのか、顔を真っ赤にしたまま丁寧に注文を聞き直す。ノノミは楽しそうに顔を緩ませながら、いの一番に手を挙げた。

 

「私はチャーシュー麺をお願いします!」

 

「私は塩」

 

「えっと……私は味噌で」

 

「私はねー、特製味噌ラーメン、炙りチャーシュートッピング付きで!」

 

行き慣れてるのか、メニュー表を見ること無く次々と注文していく皆に、悠仁は少し焦ってメニュー表を見る。だが、どれも美味そうな見た目をしており中々決まらず……そんな悠仁を見てホシノは楽しそうに声を上げる。

 

「先生もジャンジャン頼むと良いよー、このお店めちゃくちゃ美味しいんだから、アビドス名物柴関ラーメン!」

 

「あ、これのこと。おけ!じゃあ──醤油ラーメン一つ!トッピングはセリカの愛情!!」

 

「──んなっ!?」

 

「ふゅ〜!!さっすが先生!おじさんも美味しくな〜れのコールが欲しいなぁー?先生の妹でしょぉ〜??」

 

まるで、昨日の腹いせとでも云うようにセリカを虐め抜く二人。セリカの目にはとんでもない悪魔のように見えて仕方なかった。便乗してノノミも悪ノリをしていくせいで、てんやわんやとなった店内。大将も特に注意することなく、微笑ましそうに厨房でラーメンを振っていた。

 

そして少し落ち着いた頃。セリカは皆の注文を端末に書き留めながら、不意に訝し気な表情で問いかけた。

 

「───ところで、みんなお金は大丈夫なの? もしかして、またノノミ先輩に奢って貰うつもり?」

 

「あ、私はそれでも大丈夫ですよ☆ カードの限度額までまだまだ余裕ありますし」

 

そう云って懐から取り出したのはゴールドカード。ホシノが、「眩しい!」と顔を逸らすほどの光を放っており、心做しか店内も明るさを放っている。

その存在感は正に一級品であり、お金持ちの証。しかし、そんなノノミの太っ腹宣言にホシノは首を横に振った。

 

「いやいや、また御馳走になる訳にはいかないよー、きっと先生が奢ってくれるはず──だよね、先生?」

 

シロコの横に座る悠仁に対し、にやにやと口元を緩めながらそんな事を宣う。何それ初耳……と言いわんばかりに悠仁は「え、ちょっと待って……」と一言。奢るなんて話を聞いていない悠仁は驚きと共に頭の中で財布の中身を心配した。

 

今、現金幾ら入っているだろうか、と。

 

「……まぁ、良っか!」

 

悠仁は深く考えなかった。

 

「あはは、さっすがー先生!太っ腹だねぇ〜」

 

なんだろう、奢り確定になった瞬間全員の眼に強い決意が宿った気がする。驚き、思わず周囲を見渡せば──ホシノは遠慮のない闘志を燃やし、アヤネは苦笑しつつも楽しみな雰囲気を惜しみなく、ノノミは笑顔で「食べるぞぉ〜」と宣い、シロコはフードファイターの如く暴食のオーラを放出していた。

 

──あ、財布の中身ヤバいやつだ。そんな確信を抱いた悠仁はそっと鞄の中身を漁って、仕舞っていた財布を撫でる。

 

……断るべきなのだろうか。だが、奢ると云った手前今更引ける戦では無い。むしろ此処で引いてしまえば情けない男としてのレッテルを貼られてしまうだろう。

 

……それはありえない。数多の戦を駆け巡り、あの両面宿儺と一対一の戦いで生き残った自分が、たかが女子高生の食欲に恐れ慄いてどうする。

 

覚悟を決めろ、虎杖悠仁!!!

 

「ははは、やってやろーじゃん……!!」

 

悠仁は痩せ我慢を貫いた。一同から「おぉ…」と感心にも似た声が上がる中、セリカは溜息を吐いて悠仁の居る席に向かう。

 

そして、腰を折ると恥ずかしそうに明後日の方角を見ながら───。

 

 

「そ、その……さっきは、その……ええと、ごめん。ちょっとだけ…言いすぎた」

 

それだけだから!!と吐き捨てるように厨房に戻る彼女の背を見詰める。

 

「先生、今なんて言われたの?」

 

「なになに!今、何言ったのセリカちゃんは!」

 

「先生〜☆これは大問題ですよー!」

 

「く、詳しく聞きたいです私も…!」

 

シロコは悠仁の腕を掴み、ホシノは食い気味に反応。上半身を乗り出すノノミは逃さないと言わんばかりに悠仁を捉えて、悪ノリに便乗しないはずのアヤネも興奮気味に同じように身を乗り出した。

 

「いやいや!別に変なこと言われて、ただ普通に──」

 

 

「──いっ、言ったらぶっ殺すからね!!!」

 

 

 

厨房から顔を覗かせた、セリカの大きな声が響いたのだった。

 

 

 

 

 





本当は今日投稿するつもり無かったのに投稿しちゃったよ。酒飲んだら書きたい欲が出てきちゃった……。

うん。なので、今回はアヤネちゃんだよね……。昨日はあんな事があったのに、表に出すこと無く平然を取り繕う彼女の気持ちを考えたら、もうご飯が進む進む……。彼女の思いも露知らず、悠仁はどうしようもなく普段通りで、昨日の事がなかったかのように接してくるから、最初は戸惑ったよね。

ごめんね、それが悠仁なんだ。真人もただ君に感謝を…なんてお礼も言ってくるよきっと。

アヤネはさ、清純で礼儀正しくてアビドスの中でも一際仲間想いで常識人だけど、絆ストーリーで見せた社畜然とした習慣はどうかなぁって思っちゃうよね。

染み付いた癖に囚われた彼女はバカンスに行っても倉庫のチェックとかも欠かさないし、アビドス高校に眠る「高価な品」や廃品をお金に変えて少しでも借金の宛にしている、すごくすごく……セリカに負けず劣らずの努力家なんだよね。

でも、さ。

そんな彼女だからこそ、思うんだ。対策委員会編三章見てもそう!!二章を見てもそう!!片鱗があんだよ!!死のトライアングルと云われる海域バミューダみたいに一度彼女の中に眠るトリガーを引かせたらさ!もう、やばいと思う。

あの日、部室で見せた悠仁の強さと垣間見た弱さ。それがずっと彼女の中でこびり付いて離れなくて、殊更に告げられた「自己犠牲」の想念に、降り積もった感情を貯めていくんだ。悠仁に何を言っても無意味、それは分かっていても、簡単に蓋で閉めることは出来ない想いが、徐々に彼女の精神を蝕むんだ。

それは、何気ない日常でも。

「先生……今日は、どちらに行かれたんですか?」

「今日?いや、暴れてる生徒がいるからって応援要請を受けてさ。でも、話したらめちゃくちゃ良い子だったんだよ」

「なんで、そんな危ないことをするんですか……?」

悠仁はただ、いつものようにこんな事があってさー。話したらすっごく良い子だったんだよ〜なんて笑いながら、軽口を叩いたつもりだった。だけど、アヤネからは今まで見せたことの無い心臓を鷲掴みにするような、冷えきった声が耳に届いた。

優しくて、頼り甲斐もあって。でも心配性で仲間想いで怒らせたらちゃぶ台をひっくり返す怖さを持った──それは裏を返せば、大きな感情に左右される、地雷の兆しなんじゃないかって。

「え、えと……アヤネ?」

そして、悠仁の困惑する顔なんてフルシカトするんだよ。悠仁は、自由にしたらまた危険なことをする。あの日、自分に言った事を平然と、然もありなんと云って自己を盾にする。

己の無理を他者に悟らせない彼の言うことを聞かせるためには、縛る以外無いんだって。こんなにも、悠仁のことを想って考えて……思い続けてるのにその気持ちを汲んでもくれない、寄り添ってもくれない悠仁が悪いんだ。

このままにしたら、悠仁が傷つく。だったら……私の手元に、ずっと居た方が幸せなんだ。

そうやって自分の都合の良いように解釈や悠仁の気持ちををねじ曲げて、アヤネは悠仁に銃口を向けるんだ。動揺しても、彼は自分達を傷付ける事はしないって確信があったから、アヤネはドロドロと濁った感情と共に、引き金を引くんだ。

悠仁はされるがままを貫かず、絶対に抵抗を見せる。けれど、それはアヤネの抵抗しないという期待を裏切り、生徒の想いを壊す行為だって気がついた時───悠仁はどんな顔を見せてくれるんだろう。

自分が命を賭して守ろうとした生徒に銃口を向けられ、底の見えない深海の如く感情を注がれて──。守ろうとした、頑張ろうとした自分の選択を否定するように、彼女は叫ぶんだ。

「──先生が、悪いんですから」

って。



良かったね。悠仁がいっぱい頑張ったから、自己犠牲でアヤネ"一人"の心に安寧を捧げることが出来たんだね。

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