虎杖先生、少しお時間をいただけますか?   作:だっちゃまん

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悪になれなかった正義の不発弾

 

 

「…なんだろ…パッとしない」

 

そう零すのは、どこか不燃焼気味なセリカだった。と云うよりも全員の共通認識なのか、作業の傍らで頷くような雰囲気が醸し出されていた。

 

事実──不良達のアジトへの強襲は、呆気ない程に上手く行った。今回の作戦時に余程戦力を割いていたようで、物資などの補給品も豊潤と言い難く基地に詰めていた人員は十名程度。更には敗北の報せを聞き、戦力の再編と治療に走り回っていたのか歩哨の一人も立っていなかった。

 

まぁその点は、補給も碌に受けられない筈のアビドス高等学校が攻勢に出るとは予測していなかったという所も含まれるのだろう。兎角、抵抗らしい抵抗は殆どなく、アビドスによるカタカタヘルメット団の前哨基地強襲は、何の障害もなく果たされてしまったのである。

 

「敵性勢力は0!カタカタヘルメット団の補給所、弾薬庫、居住区の制圧を確認しました!」

 

積み上げられたヘルメット団、その光景を見ながら悠仁は何とも言えない気持ちに浸っていた。先の戦闘は、戦闘と呼ぶには些か可哀想な戦いっぷりは本当に同情と云うか。なんというか。

 

立ち向かってきた者も確かに居たが……大多数が基地を強襲されたと知るや否や、泣き喚きながら逃げ出し、降伏するなど……何だか弱い者いじめをしている様な心地となり───何処となくみんなの戦意が当初よりも落ち着いていた。しかし、セリカの火は消えなかった。執念に燃えた彼女は悠仁の程々に!なんて言葉もフルシカトして撃ちまくっていた。

 

気迫が凄すぎた。シロコやホシノ、ノノミ辺りは目を合わせないようにしていたしセリカがこの基地の殆どを壊滅させていた。ちなみに悠仁の出番は無かった。

 

一応、彼女達の持っていた武器は徹底的に破壊し、防具だけとなった彼女達は戦力として数えられまい。補給して戻って来るにしろ、この基地は後ほど徹底的に破壊させて貰う。復興にはかなりの時間を要するだろう。

 

「まぁ。これで一件落着……だな。あぁ〜」

 

基地周辺を偵察ドローンで巡回した後、周辺に敵が居ない事を確認した悠仁はようやく終わった戦いに呑気な声を漏らした。視界の端に映るセリカにビビった訳ではないけど、物理的な距離を少しだけ空けたのは内緒である。

 

「そーいや、シロコは?」

 

「あぁ、シロコ先輩なら、ここの物資全部、黙々とトラックに積んでたよ。ひとことも喋らずに」

 

「仕事はや!?」

 

「シロコちゃんは先生が運転したら終わり、って呟いてたよ☆、運転させる気満々でした〜」

 

「ふっ!俺の運転すっげぇ面白いぜ、ドライブテク見せてやるよ!」

 

「ノノミ先輩が変な事言うから……えっと、なるべく真面目な運転してよ?」

 

見た目からはあまり想像出来ないが、悠仁はこう見えて運転が上手い。普段の言動のせいで細やかな作業等が苦手だと思われがちだが、意外と器用な方であり、ドライブテクニックに関して云えば教習所の教官に「おまえ…命知らずなの?」と、ドン引きされるぐらいは刺激的。

 

セリカは引き攣っているが、悠仁の運転を体験したら他の運転手の操作テクでは満足しないだろう。

 

「よーし、作戦終了~……みんな、先生、お疲れー」

 

「ホシノも、お疲れ様」

 

最後まで周辺を探索しつつ、警戒していたホシノが戻って来る。その姿を認めながら、悠仁はトラックに荷を積めていたシロコとアヤネの方まで向かう。

 

「シロコ、アヤネ。ドローンで最後に周辺を見渡してほしい。無問題だとは思うけど、一応ね。他は俺と一緒に重労働☆」

 

「ん、了解」

 

「分かりました」

 

「よし、任せて!」

 

「はーい☆」

 

「うへ、おじさんもうクタクタなのにぃ」

 

「ほら確りして先輩! これで終わりだから!」

 

「……うへぇ」

 

シロコとアヤネによって予め集積された物資を眺めながら、悠仁は呟く。セリカは目を輝かせながら次々と補給品をトラックの荷台に積み始め、ホシノも渋々といった動作で動き始めた。

 

その傍らで二人がドローンを操る姿を横目に、悠仁も補給品を抱え上げようと縁に手を掛ける。そして、ずっとこびりついていた違和感の正体を悟った。

 

───この量の物資、果たしてあの不良達だけで賄えるのか?

 

ずっと不思議だった。悠仁こそ、軍事知識や武器に対する造詣やら彼女達と比べて二段も三段も劣る。考える脳みそは少なからず持ち合わせているが、そう云う役割は伏黒に任せていたので、自分はそれに従って戦闘を行う兵士のポジションだった。

 

しかし、そんな悠仁でもこれは違和感だった。一介の不良に過ぎない彼女たちの物資がなぜ、豊潤にあった?前哨基地に向かう道中、アヤネがボソッと呟いていたのを思い出す。

 

『敵性幹部の身に付けるものはどれも最新式───どうして持っていたのでしょうか』

 

戦場で培った直感と知見が、ようやく"頭で考える力"として芽を出し始めていた。今まで戦いの中で学んで培った経験は大人に成ったことで、その知力が少しずつ日常に溶け込むように流れた。

 

お陰で、当時よりも原因の究明を明かす力が着実に育っていた。

 

不良が運用するには、おかしな点だらけだ。悠仁もホシノ達に習って基地の内部を探索した。そして分かったのが、此処は水道も複数の発電機も完備されていた。廃墟となったこの町でそれだけの品を揃えるのは簡単ではない。車両を動かすにも燃料が必要、しかしその憂いすら感じさせないほどタンクも並んでいる。

 

燃料タンクも含め、豊潤な物資、妙に小綺麗な基地。そのどれもが不良達が手にするには少しばかり整いすぎている環境を見て、彼の頭の中で一つの可能性が浮上した。

 

 

────背後に、誰かがいる……と。

 

 

 

「……あの、先生」

 

「どした?アヤネ」

 

不意に、ドローンを飛ばし終えたアヤネが悠仁の傍に駆け寄って来た。その表情は少しばかり影があり、何かを考え込んでいる様子。

 

「……何か、変なモヤ?と云いますか。ずっと画面の縁に写ってるんです。ドローンの不備かと思いまして、先程確認したのですが……私には分からず。先生の方でも確認してくれませんか?」

 

考えを一度止めて、差し出された端末を受け取る。一見して、ただの風景。縁にも特におかしな部分は無い。むしろ、鮮明に映す解像度に「おぉ、綺麗」と呟く程度だった。アヤネの云う不備は見当たらない。

 

「…モヤって、ずっと見えてた感じ?」

 

「……いえ、最初はただの光の反射かと思ったんですが、画面を拡大しても消えなかったんです。しかも、ずっと同じ位置に、同じモヤが映っていて……」

 

アヤネが不安そうに呟く。しかし、どれだけ見ても何も無い。廃れた街並みを映すだけの映像にどこがモヤなんてあるのだろうか。

 

そう、思った瞬間だった。

 

縁に視えた、白い翼───天使のような。否。その光は、まるで"現実を拒むノイズ"のようだった。

 

「───は?」

 

それは、一瞬で消えた。見間違いを、疑った。そんなはずは無いって目元を二度擦った。痕跡は既にない。記録にすら一切残ってない、けれど──確かな証を突きつけて悠仁の視界に捉えた。

 

その時、悠仁は思い出した。

 

哀しみを帯びた、あの手紙を。

 

"本来の軌跡から外れ、大きく捏造される私達の世界を───救っていただけませんか?"

 

それを当てはめるピースにするには、強引が過ぎる。しかし、悠仁として───否。呪術師として培った勘が其れを大音量に鳴らして警告していた。

 

 

 

 

 

 

 

どうして、呪いがこの世界に?

 

 

呪いは既に……消えたはずだ。

 

 

 

 

 

 

「せ、先生……?ど、どうされたんですか……?」

 

その声で、ハッとする。視線を前に向ければ、体を震わせて驚くアヤネがいた。自分の犯した過ちに気が付く。高まっていた殺意と警戒心が解けて、悠仁は流れるように地面に座ると、姿勢を整える。

 

そして、地面に手を着いて───思いっきり頭を地面に激突させた。

 

「すんませんっっした!!!」

 

 

謝罪はやまびこのように反芻していくのを最後に、状況を上手く飲み込めていなかったアヤネの顔が徐々に赤らめていき、慌てて悠仁に駆け寄った。

 

「せ、先生!?いいです、大丈夫です!少し驚いただけですからっ…!土下座なんてしなくて平気ですからっ!」

 

「いいやごめん!怖い思いさせちまったっ!!」

 

「大丈夫ですからーーっ!」

 

傍から見れば、浮気した彼氏が彼女に許しを乞う場面に見えなくもない構図。余りの声量と騒がしい二人にトラックに積める荷物を持ったまま、セリカは指を指す。

 

「なにやってんの?あの二人」

 

「青春だねぇ〜……」

 

「うんうん、仲良しは良い事ですからね☆」

 

どこか的外れな回答をするホシノとノノミに、言う相手を間違えたと言わんばかりに顔を歪めるセリカは、作業に戻った。

 

「……なにが、視えたんだろ」

 

事の経緯を見ていたシロコは、悠仁の異変を確かに捉えていた。アヤネが端末を見せて、少し経った瞬間に悠仁の纏う気配が変わって、あの一瞬、空気がピンと張り詰めて、まるで弓を引き絞ったような圧が走った。

 

野生の勘が告げたのだ。

 

死ぬ、と。

 

一瞬だけ警戒態勢を滲ませた彼女は、殺気の根源を見て鳴りを潜めたものの…あの変わりようはとてもじゃないが普通じゃない。それこそ、あの優しくて調子が良い悠仁の変貌具合は……何かがあったのを裏付けている。

 

けれど、シロコはその気持ちを内に秘めたままドローンの探索に意識を移す。まだ、彼のことを何も知らない自分が今問い質した所で、教えてくれないだろう、と。

 

それは、これまでの会話から何となく察していた。あの強さも、自分の過去を話したがらずそこはかとなく避けている節があったから。

 

やがて、ちょっとした騒動は終息して互いに互いの役割を果たす為に動き始める。アヤネとシロコも作業を終えて、物資の積載に勤しんだ。そして、先程の失態を取り戻すべく、悠仁も張り切って荷物を積んでいく。

 

トラックに積み込まれていた補給品は大量で、生徒達を乗せて帰る事を考えると本当に積載限界が近い。一際大きなミリタリーボックスを積み込んだセリカは、額に流れた汗を拭いながら悠仁に報告する。

 

「先生! これで言われたもの全部積み終わったわよ!」

 

「はっや!ナイス、セリカ!」

 

全部で六つの倉庫を掻っ攫い、過積載気味なトラックを見上げた。これでも全体の6割にも満たない程度だろうか。流石に全てを持っていく事は出来ないので、弾薬に関しては水やら泥を被せて使用不可能になる様細工を施す。

 

食料に関しては流石に勿体ないので特に手は加えず、嗜好品は一部を除き、そっとしておいた。発電機に関してはまた居座られても困るので徹底的に破壊した。

 

居住区に関しては、少しやり過ぎかもしれないけど床を

殴って穴だらけにしといた。爆弾を設置しても良かったが万が一それが経年劣化などで暴発した場合たまったもんじゃないので、ビル自体が崩れない程度の破壊痕を刻む。

 

これならば、此処でベッドなどを構えて寝ることもできやしないだろう。凡そ出来る事を全てこなし、荷を積み終えた悠仁は大きく息を吐き、作業を終えた五人に声をかける。

 

「お疲れさん、それじゃあ皆で学校に戻ろうぜ」

 

悠仁の言葉に笑顔で頷く生徒達。こうして、アビドス高等学校来校初日、カタカタヘルメット団との初戦闘は終結したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ…みなさん、お疲れさまです」

 

「ただいまぁ~……疲れたよぉー」

 

帰還後、鹵獲したトラックから荷物を下ろし、次いでトラックを車庫に入れ、漸く部室に戻って来たアビドスの面々。流石の連戦で肉体的にも精神的にも疲労したのか、銃を地面に立て、皆が一人残らず椅子にへたり込む。

 

アヤネも疲労感を隠しきれず、長机にべたっと張り付いている。平気そうなのはシロコ位なものか。相変わらずノノミも笑顔を浮かべているが、少しだけ気怠そうな雰囲気が漂っている。

 

「何はともあれ、火急の事案だったカタカタヘルメット団の件が片付きましたね、これで一息つけそうです」

 

「そうだね、これでやっと重要な問題に集中出来る」

 

「うん! 先生のおかげだね!これで心置きなく全力で借金返済に取り掛かれるわ!」

 

一先ず、大変であった事は変わりないものの、頭痛の種であったカタカタヘルメット団に関しては片が付いた。その事を考えると、疲労した甲斐はあるというもの。セリカが椅子に座ったまま笑顔で先生を振り向き、小さく頭を下げた。

 

「ありがとう、先生! この恩は一生忘れないから!」

 

「みんなで頑張ったからだって」

 

心の底からそう思う。少なくとも、今こうしてアビドスが存続しているのは彼女達が頑張った成果なのだから──。

 

「んで、借金返済ってなに?」

 

「え……あ! わわっ」

 

しまった、という風に口を塞ぐセリカ。ウシジマくんを読んでいた頃にはよく聞き馴染みとなった単語でも、現実世界で聞く分には違和感の塊である其れに悠仁は首を傾げた。

 

「そ、それは……」

 

「ま、待って! アヤネちゃん! それ以上は――」

 

アヤネが僅かに顔を顰め乍ら、口を開く。それをセリカが止め、そんな二人を見ていたホシノは背凭れに身を預けながら淡々とした口調で云った。

 

「良いんじゃない、セリカちゃん。態々隠すような事じゃあるまいし───先生だって調べた上でこっち来てくれてると思うしさ」

 

ホシノは悠仁を見る。その目は相変わらず眠たげなものだったが、どこか悠仁を計る様な意図が含まれている気がした。

 

「───借金の事も、凡そ見当はついているんじゃない?」

 

知らなかったとは言えない雰囲気に悠仁は大人しく見守る事にした。

 

「か、かといって態々話すような事じゃないでしょ…!」

 

「別に罪を犯したとかじゃないでしょー? それに、先生は私達を助けに来てくれた大人でしょ」

 

「ホシノ先輩の言う通りだよ。セリカ、先生を信頼してもいいと思う」

 

「そ、そりゃそうかもしれないけど! でも、先生だって結局部外者だし!」

 

「確かに先生がパパっと解決してくれるような問題じゃないかもしれないけれどさ、でも、この問題に耳を傾けてくれる大人は、先生くらいしかいないじゃーん?」

 

どこか茶化したような口調で肩を竦めるホシノ。その目は真っ直ぐセリカを見ている。実際、今の今まで手を差し伸べてくれる大人は誰一人として居なかった。だからこそ、これは彼女達にとってチャンスでもあるのだ。

 

シャーレという連邦生徒会組織である大人が、彼女達に関心を持ってくれた、手を差し伸べてくれた。それを無闇に蹴るなんてことをすればそれこそ自分たちの首を絞める行為になる。

 

「悩みを打ち明けてみたら、何か解決法が見つかるかもよー?それとも他に何か方法があるのかな、セリカちゃん」

 

「う、うぅ……」

 

思わず呻く。それは正論でしかないのだ。

 

実際問題、自分達の知識を総動員しても大人である悠仁を頼る方が知識量も人脈も段違い。本当にアビドスを救いたいのならなりふり構わず、悠仁に救いを求めるべきであると、頭では理解しているのだ。

 

それでも。心がそれを許さない。

 

「で、でも、さっき来たばっかの大人でしょ!?一緒に戦ってくれたのは、感謝してる!だけど、今まで大人たちがこの学校がどうなるかなんて気に留めてくれたことあった!?」

 

意図せず、声が大きくなった。それだけ心が揺れている証拠だった。

 

自分達が想い続けた学校に今更大人が手を差し伸べたって、誰にも頼らず頑張ってきた。アビドスはずっと前からこんな状態で、砂漠に呑まれ始めた時からずっと自分達で戦い続けて来たというのに。

 

「この学校の問題は、ずっと私達だけでどうにかしてきたじゃん! なのに今更、大人が首を突っ込んでくるなんて……!!」

 

叫び、思わずセリカの目尻に涙が滲んだ。

 

自分達だけで何とかしてきたというプライド、矜持。アビドスが今の今まで残っているのは、自分達が努力し、死力を尽くして来たからだという自負がある。

 

助けてくれた恩義も感謝もある。けれど───この借金問題は、助けてくれ…の一言で片付けるにはアビドスの根幹に踏み入り過ぎたものだ。今の自分達の積み重ね、紡いできた想い。全てが詰まった穢されるべき問題じゃない。

 

我儘で、現実を見ていない子供の癇癪。独り善がりな叫びでしかなく、皆を困らせるだけ。そんなの分かってる、でも分かってるからこそ───今更大人が踏み込んでくることが、我慢ならない。

 

「私は認めないッ!」

 

「あっ、セリカちゃん!?」

 

吐き捨て、部室を走り去る。その背中を悠仁は拳を握って酷く辛そうな、歯がゆい何かを噛み締めるように見つめ──そんな横顔を、ホシノはじっと注視していた。

 

「…私、様子を見てきます」

 

そう告げセリカの後を、ノノミが追う。二人の背中が部室から消えた後、静謐な空気を破る様にしてホシノが声を上げた。

 

「……ごめんね、先生。えっと…」

 

「無問題。それで、借金について教えてほしい」

 

ふっと、先程までの表情を噛み殺し、悠仁は穏やかな笑みと真剣な眼差しを向ける。

 

「…ありふれた話だよ。この学校、多額の借金があるんだよね。9億円も」

 

「思ってたよりガチの借金……」

 

「正確には9億6235万円です。アビドス───いえ、私達「対策委員会」が返済しなくてはならない金額です。これが返済出来ないと、銀行の手に渡り、廃校手続きを取らざるを得なくなります」

 

借金の理由も、何となく察しが付いた。ここに来る前、アロナが告げた『気候変動による砂まみれ』の一文と、アビドスに来る途中で見た砂漠化した町……それをどうにかする為に四方手を尽くした結果、金額だけが跳ね上がった、そういう事だろう。

 

事実、そうだった。一部訂正するとしたら、『闇金融』にまで手を伸ばしてしまったことぐらいで、アヤネやシロコ達が語った内容は、どれも悠仁の予想通りだった。

 

アヤネが語って聞かせたのは、かつてのアビドス校が歩んだ苦難の歴史だ。始まりは数十年前のこと。学区の郊外で、想像を絶する規模の砂嵐が発生した。

 

最初は一過性の災害と思われたが、それは長く続く砂の侵食の幕開けに過ぎなかった。砂嵐が去ってもなお、砂は校舎や町を蝕み続け、やがて学区全体が"砂まみれ"になっていった。

 

この自然災害を克服するため、学校は莫大な費用をかけて砂防設備の設置や再建計画を進めるしかなかった。だが、広大な土地を持つ一方で、特に目立った産業もない片田舎のアビドスに、巨額の融資を許してくれる銀行はそう多くなかった。

 

時間も資金も限られた中、藁にもすがる思いで四方八方に資金調達を試みた結果、足を踏み入れてしまったのが闇金融だった。

 

当初は、返済の見込みも立っていた。だが、年々激しさを増す砂嵐によって、施設の維持費や補修費がかさみ、借金は右肩上がりに膨れ上がっていった。やがて、返済の目処が立たなくなり、次第に生徒達はアビドスを離れていった。

 

そして、今この学校に残されたのが───対策委員会の面々だけだった。これが、彼女達が背負っている現実。アビドスが直面している、あまりに重い問題の全容だった。

 

「セリカがあそこまで神経質なのは、今まで誰も向き合ってくれなかった問題を、初めて向き合ってくれたのが先生だったから。だから、反発しちゃったんだと思う……ごめん、先生」

 

「まぁ、そういうつまらない話だよ。でも、先生のお陰で厄介なヘルメット団の問題も解決したし、これで借金返済に全力投球ができるよ〜、もしこの対策委員会の顧問になってくれるとしても、借金の事は気にしなくて良いからね。話を聞いてくれるだけでもありがたいし」

 

「そうだね、先生は十分力になってくれた、これ以上迷惑はかけられない」

 

「何言ってんだよ」

 

告げ、悠仁は立ち上がった。その目にはあの時ホシノ達に見せた覚悟を纏って全員を見据える。

 

「一緒に頑張りたいって言ったじゃん」

 

背負うべき者の痛みと重みを理解している自分だからこそ、寄り添わなければならない。渋谷の時のように…受け入れると云う名の『諦観』を生徒たちに背負わせないように。

 

自分が導かなければならない。ナナミンや五条のように。だから、あの時以上の覚悟を決めた。

 

「そ、それって……」

 

「ホントに……いいの?」

 

「当たり前じゃん。むしろ巻き込めって。なんせ俺はさ───【先生】だから」

 

微笑み、言い切る。強い覚悟と、意思を灯した瞳で以て。皆は悠仁を見つめ、どこか驚いたような、惚ける様な、そんな顔をしていた。

 

「後悔、してもしらないよ?」

 

「ホシノ達と一緒に頑張ることに、後悔なんてあるわけねぇだろ」

 

悠仁がそう云うと、アヤネは椅子を蹴とばす勢いで立ち上がり、深く───深く頭を下げた。

 

「っ、は、はいっ! よろしくお願いします、先生!」

 

「……先生も変わり者だねー、こんな面倒な事に自分から首を突っ込もうなんて」

 

「厄介事結構!それが、先生ってもんでしょ?」

 

ホシノの顔に一瞬だけ、陰が宿る。その顔に哀痛を混ぜたような闇を覗かせて…でもそれは直ぐに掻き消えて、堪忍したように息を吐く。

 

「良かった……シャーレが力になってくれるなんて、これで私達も希望を持って良いんですよね?」

 

「そうだね、希望が見えてくるかもしれない。先生なら、きっと」

 

アヤネとシロコが笑顔を見せる。少なくともそれは此処半年ほど、ホシノにとって見た事もなかった晴れた、穏やかな笑顔だった。

 

それを見せられたホシノはそれ以上何も云えなくて、ただ小さく息を吐き出した後。両手を組んだままそっと椅子に沈み込んだ。

 

 

部室の外、隣り合わせの教室に身を潜め、部室の扉前に移動したセリカは僅かに空いた扉から話を盗み聞いていた。悠仁の言葉に、微かに高鳴る胸がある。

 

この人なら、もしかして、或いは───本当に力になってくれるんじゃないかという、予感がある。

 

「……今更、なんだから」

 

けれどそれを真正面から素直に受け取るには、余りにもひねくれ過ぎて。天秤に乗せられた小さなプライドは、未だ現実を直視して尚も重く傾いていた。

 

そう言い聞かせながらも、心のどこかで、彼の声がまだ響いている。

 

その事実にそっと唇を噛み締め、音もなく去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハナから選択肢はただ一つ。元より此処を救うために来たのだ。仮に今、アビドスを見捨てれば───抱える問題に潰されるよりも早く、彼女達は餌食になる可能性がある。呪いは、呪いでしか祓えない。例え知覚出来たとしても、彼女達の体に不思議な力があったとしても。

 

───それが、あの世界の法則だったから。

 

「アヤネはさ、視えたんだよな」

 

「……やっぱり先生も、なんですね」

 

「シロコは多分視えてないんだと思う、特に反応がなかったからさ」

 

「私と、先生だけなんでしょうか…」

 

「今ん所は、そうだと思う。アヤネ、もし……また見たら教えてほしい」

 

「は、はい……でも。あれは一体…?先生は何か、知ってるんですよね?」

 

アヤネの不安で揺れる瞳が、悠仁の顔を覗く。だけど、そんな不安を払拭させるように悠仁は微笑んで、太陽のような温かみを湛えた。

 

「───大丈夫、俺が何とかするからさ。"俺は最強だから"」

 

 

かつての恩師のように。二人しか居ない、静寂が掻き毟る部室に悠仁の声が瞬いた。

 

 

 

 

 

けれど。その笑顔はどこかアヤネだけは────寂寥感の残る、儚い微笑みのようにも思えて。独りで、自分達でさえ想像のできない大きな何かを背負った悠仁に、彼女はポツリと、悠仁にも聞こえない言の葉を静かに零した。

 

 

「なんで、辛そうに笑うんですか……」

 

 

彼の抱える悩みも知らない。仮に私達が問い質しても、答えてくれないのは分かっている。けれど、それでも。そうだとしても、受けた恩義をどう返せと言うんですか。

 

なにかを怯え、耐えるような、彼を見ていると。胸が、痛い。

 

 

 

──もっと……私達を、頼ってよ。

 

 

けれど。それでも彼は、あの微笑みのままで。まるで「自分だけが傷つけば、それでいい」とでも言うように、全てを受けいれた顔をして、自分の頭に手を置くと部屋を出ていった。

 

 

 

……そんなの、あんまりだよ。

 

声にならない声が、誰にも届かず、部屋にぽつりと落ちた。

 

 

 








あれ……うちのセリカちゃんってもしかしなくても戦闘狂になっちゃった…?うわぁ逞しいわ。もうゾッコンだよ、マジでゾッコンしそう。

うん、だから書くね。

セリカちゃんって、絆ストーリーでも事ある毎にアルバイトに誘って来るけど、なに?そんなに好きなの?一緒の苦労を味あわせて、同じ汗をかかせて、その匂いを間近で堪能したいの?ねぇ、どうなの?

あーあ。もう指が止まらないよ。徹夜バイトもそうだし、根詰めて頑張っちゃう健気な所はあの子の美徳でもあるんだけど、それが悠仁の気持ちに塩を塗っている事って気がついた時……どうなるんだろうね。

最初は頼れるけど、まだ信頼してない感を滲ませながら接してたのに、接していくうちに心を許すようになって、アルバイトを共に頑張っていくうちに芽生えてきた確かな信頼と信用を自覚するんだよ。

はい、もう確定演出が来ます。

ある日、バイトも休みで今日はどうしようかと町を練り歩いてたら、悠仁と出会ってさ。その頃には好感度がデロデロに上がっているから、食い気味に「ね、あのさ。今日バイト休みだから…その、買い物付き合ってくれない?」なんて躊躇いがちに誘ってきてさ。

悠仁はもちろん承諾した上で、彼女のことを気遣いながらショッピングモールに買い物しに行くんだ。んで、その際のエスコート力や何気ない優しさがセリカの中で『頼れる大人』から、『気になる大人』に変わりつつあるのを自覚しちゃって、顔を赤くしながらも最高の一日だな…って嬉しそうにしちゃってさ。

あわよくば手なんか繋いでも……なんて、年相応の可愛い事なんかも思って次はカフェも行かない?って言おうとした途端。

日常が崩壊する音を響かせて、悠仁の前でセリカ倒れちゃってさぁ!その時の悠仁は一瞬でセリカを抱き抱えるんだけど、状況に追いつけなくて、ひたすら自問自答を最早呪詛のように繰り返すに違いない。

「なんでっ、なんで倒れた??怪我、してんのか?おい、おい…!セリカ!どこか悪い!?な、なぁ!」

心身ともに強くなったと思っていた自分は脆くて弱いんだと現実を突き付けられて、セリカが倒れたのは『疲労の蓄積』って事も気が付かず、過呼吸を起こして背負ったセリカを病院まで連れてくるんだ。

呪いのようにこびり付いた渋谷の事件、恩師の死に様、殺した人々の声が反響しながら、絶望に染った顔で走り続けるんだ。あぁ、喪ったらどうしよう。死なせたくない。

でも、死んでいたら……?俺は…!!また、ただの人殺しに───。

って、自分の存在理由が消えていく恐怖に怯えて自分が原因でもないのに加害者妄想しちゃうんだ。そして病院について、処置を施されて目覚めたセリカを見た悠仁は我を忘れて抱き着くと思うんだよね。

そして、声を押し殺しながらすすり泣いてさ。

「せ、先生…!?なに、どうしたの…!?」

「よかっだ…しんだ、かと…思った……もう、誰も喪いたくない…!」

突然の出来事に頬を赤らめていたセリカも、徐々に芽生えてくんのよ。初めて見せた悠仁の弱い部分を見て、心臓が抉られたような痛みを抱えて。

───先生を、泣かせた。って自己嫌悪に陥る。直情的なセリカはずっとそれを忘れることも無いし、心優しい彼女は誰にも言うことなく、抱え込むんだ。そして、悠仁はそれ以降狂ったようにセリカを監視するんだよ。また、倒れることがないように。些細なことでも、少し躓いただけでも「セリカ!!」って、顔を強ばらせて駆け寄るんだ。

それを見たセリカは、ぐちゃぐちゃな感情に苛まれるんだ。先生は私を見ている、あの先生が私だけを過剰に大切にしてくれているって優越感と、先生を変えたのは、私のせい。あの時、私が倒れたから。って罪悪感から心をすり減らしていくんだよきっと。

バイトを続けなきゃ学校は廃校する。でも、ソレを続けると悠仁が壊れていく。そして、好感度がゲロ上げされた対策委員会のみんなから言われるんだよね。

「みんなで、少しお出かけしない?」

───なんでみんなは、平気でいられるの?って大好きな仲間に対して懐疑的になっちゃうんだよ。きっと。盲目的で短絡的な彼女の愛すべき性質も、この時から消えていくんだ。全てを疑って、悠仁によって捻られた彼女はもう元には戻れない。

あーあ。図らずとも、悠仁は自分の存在意義を自分で否定しちゃったね。先生として、守るべき対象の生徒を追い詰めてるんだから。

心を守る鎧はもう、強さだけになったんだね。


1800文字超えちまったよ。カクヨムとかだったらこれ一話になるで?

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