呪術師に再び青春を 作:枝那
まだトリニティは出ません。今回は繋ぎです。
ゲヘナ風紀委員会に別れを告げ、ブラックマーケットに戻ってきたシオン。
「お、兄貴お帰りなさいっス!」
「お疲れっしたー」
「久しぶりですね、みなさん。調子はどうですか?」
見知った連中に挨拶されていく中で、銃撃音が。
「変わりませんね。
「あいつら…」
「シオンさんがいないからって調子に乗ってるグループですよ!」
「ボコす」
派手な戦闘音だ。彼女の言う通り、不良グループが抗争でもしてるんだろう。ただの喧嘩なら見逃したが、無関係の者にまで危害が出るなら話は別だ。
「オラオラオラどうしたァ!?」
「ハッ!なめんな!」
「あいつが戻ってくる前にここを私たちの縄張りにするんだ!!」
「ほぅ…『あいつ』とは誰のことですか?」
「そりゃもちろんブラックマーケットのまじ…ん……?」
「喧嘩両成敗」
そう言って不良グループを誅したあと、彼は出会った人と談笑しながら、新たに完成した自宅のアパートへと帰っていった。そしてその様子をこそこそ観察する影が4つ。
◇◇◇◇◇
翌日。
アルバイトと日課のパトロールを終え、帰宅して布団の上に寝転がっている。
シオンは昨日から感じていたある違和感について考えを巡らせていた。
(昨日から周辺を嗅ぎ回ってる奴がいるな。数は4人。敵意は感じないし放っておいても問題ないかな)
気配の隠し方が上手い。恐らくプロだろう。呪霊との視覚共有によってその正体が露わになる。
呪霊がハーネスを着けた狐耳の少女たちの姿を映し出す。
(この制服は確か…SRT特殊学園の)
SRT特殊学園。連邦生徒会直属の特殊部隊。警察組織であるヴァルキューレ警察学校では対処できない案件を担うエリート。
(なるほど、ゲヘナ学園と接触して、連邦生徒会も無視できなくなったか)
突如としてブラックマーケットに現れた、キヴォトスの常識の外側にいる異能を持つ魔人。危険視しない理由を探す方が難しい。立場上は一介の傭兵である彼を監視するのに過剰戦力な気がしないでもないが。
(………)
暫し一考。布団の中で目を瞑っている中で、彼はあることを閃いた。
(そうだ、彼女たちにも
◇◇◇◇◇
その翌日の夜。彼はとある豪邸に足を運んでいた。
当然、彼のことを尾行しているFOX小隊もその場にいる。
「あそこって……」
「有名な慈善家の邸宅だ」
「でも黒い噂が絶えない。連邦生徒会も目をつけていたはず」
「へぇ、そうなんですか。流石はこのキヴォトスを治めている組織だ」
「「「「!?」」」」
背後から聞こえる聞き覚えのない声。4人がバッと一斉に振り向くと、そこにはさっきまで監視していたシオンがいた。
(いつの間に……!)
(全く気づけなかった……!)
全員に冷たい汗が流れる。彼女たちにはSRT特殊学園の生徒として、エリートであるという自負がある。そんな彼女たちに一切悟られることなく背後を取る彼の底知れなさ。シオンが魔人と呼ばれる所以、その一端を垣間見た。
素早く冷静さを取り戻した小隊のリーダーであるユキノは彼に話しかける。
「何者だ、お前は」
「知らないふりをする必要はないですよ。ここ最近僕を尾行してたのがあなたたちだということは分かってますし」
「…そうか、やはりバレていたか。凄まじいな、『魔人』。それで、一体何が目的で私たちに接触する?」
「では、単刀直入に言いますね。あなた方には、僕に協力してほしいんです」
◇◇◇◇◇
豪華絢爛なパーティー会場。
仮面を着けた貴人たちが用意された食事に舌鼓を打ちながら、和やかに歓談している。
しかし、その仮面の裏でどす黒く煮詰まった悪意が、会場に渦巻いていた。
司会の男が、ステージに立ち参加者に呼びかける。
「紳士淑女の皆様、本日はお集まりいただき誠にありがとうございます」
当たり障りのない挨拶を述べる。
次に、このパーティーの主催者であるカラスマが前に出る。
「それでは、皆様お待ちかねのメインイベントの時間です。今回は、我々もとっておきの商品を準備しております。それでは、こちらをご覧ください」
そう言って彼が手を広げると、手錠をかけられた少女たちが兵士に連れられやって来た。
ここはいわば闇オークション。借金を返済できなくなった者や、ブラックマーケットで誘拐された者が商品として裏社会の人間に売り出される。
カラスマは金に困った生徒に金を貸し、悪質な契約で縛り付け、返済できなかった者を商品とすることで財を築きあげた。彼は司会にマイクを渡し、舞台から姿を消す。
1と書かれた名札を付けた少女がふらふらと前に出る。自分の運命を悟り、絶望している彼女をよそに、参加者は品定めするような目で見つめる。
「それでは、まず1番の入札です。まずは100万から〜」
200万、300万と値段がつり上がっていく。あっという間に一人目が落札され、二人目が前に出る。
(どうして…)
自分はこんなことになってしまったんだろう。学校にも行かず、ブラックマーケットで好き放題していた。そのツケが来てしまったんだ。こんなことになるなら、ちゃんと学校に通えばよかった。そう悔やんでも過去は変えられない。これから私は、顔も知らない誰かに買われて、人とは呼べない扱いをされるんだろう。
参加者が次々と金額を提示していく。その喧噪にかき消されそうなか細い声で、彼女は嗚咽を漏らす。
「誰か…助けて…」
彼女の目から零れた小さな玉が頬を伝い、地面に落ちる。瞬間、ブツンと会場の明かりが消えた。
「なんだ!?」
「何が起こっている!!」
何も見えず参加者たちがパニックを起こしていく中で、
「ぐあっ!」
「どうした!?」
「何者だ!!」
会場にいる兵士たちが倒される。非常用の照明がつくと、誰かが机の上に立っている。
人形のような、思わず息を飲んでしまう美。それとは裏腹に震えるほどの圧倒的な存在感を放っている。
そう、それは。
「ブラックマーケットの、『魔人』…」
会場中がどよめく。数々の悪人を誅した『魔人』がここにいることへの驚愕と、自分たちが標的かもしれないという恐怖。参加者たちは我先にと逃げようとするが。
「どけ!」「私が先だ!」「おい、どうして開かない!?」
扉はビクリとも動かず、壊そうとしても傷一つつかない。
ドタドタと足音を立てて、兵士たちがやって来る。
彼に向かって銃弾を放つが、彼はそれを視界に入れることすらせず避ける。
縦横無尽に会場を駆け巡り、一人ずつ兵士を処理していく。
だが、続々と兵士は投入されていく。一旦体勢を立て直そうと床に立つ。その時だった。
バキュンッ!!
「グゥッ…!」
意識外からの射撃。
「スナイパー………!?」
右肩を背後から撃ち抜かれたシオンは痛みに顔を歪めながら、弾丸が来た方向を狙おうとする。しかし。
「ッ…!!」
膝を撃ち抜かれる。
床に倒れ込むシオンを兵士たちは急いで取り囲む。
「クソガキが…手間取らせやがって」
「どうします、こいつ?殺しますか?」
「待て、今カラスマ様から連絡があった。…はい。承知しました。では、今すぐ場を整えます。…おい、コイツを連れて行け」
力なく倒れるシオンの両腕を兵士たちが掴んで持ち上げる。
「な、にを……」
「ククッ、喜べよ。お前はきっと良い値が付く」
◇◇◇◇◇
「えー、少々予想外のハプニングがありましたが、オークションを進行させていただきます」
ボロボロになった会場でオークションが再開した。
「この度は、我々の不手際で皆様方にご迷惑をおかけし、申し訳ございません」
参加者たちは不愉快そうな表情をしている。それもそうだろう。『魔人』の侵入を許してしまい、あまつさえ自分たちが捕まってしまうかもしれなかったのだから。
「皆様、突然ではありますが予定を変更いたします。日頃よりご愛顧いただいております皆様に限り、特別に大目玉の商品をご紹介いたします!」
そう言って司会が手を広げると、無骨な首輪と手錠をつけたシオンが兵士に連れられて来た。頭に銃口を突き付けられ、妙なことをすれば即座に撃ち抜かれるだろう。
再び会場がどよめく。危険ではないのか。
「ご安心ください。彼に付けられている首輪は特別製になっておりまして、このスイッチで自由に電流を流すことができます。無理に外そうとすれば即座に致死量の電流が流れる仕組みとなっております。このように…」
司会が手に持っているスイッチを押す。するとシオンはうずくまり苦しみ始めた。
「これで寝首をかかれる心配ありません。どうか安心して、競りに挑んでください。それでは、ブラックマーケットの『魔人』、まずは1000万円からです!」
参加者たちは続々と手を挙げる。会場は凄まじい熱気に包まれ、シオンにかけられた値は3000万、5000万、ついには1億という価格にまでつり上げられた。だが、その熱が収まる気配は一向に見えない。
(……そろそろかな)
「5億だ。5億出そう」
会場がしんと静まり返る。
「5億!5億が出ました!他にはいらっしゃいませんか!?」
手を挙げる者はいない。1億から5億。一気につりあげられてこれ以上は…と躊躇っている。
「それでは、5億での落札となります」
そうしてシオンが連れて行かれる。だが、彼は微動だにしない。
「おい、さっさとしろ」
「………」
「チッ、こいつに電流流してやれ」
「はいはい、分かったよ」
司会がスイッチを押そうとしたそのわずか0.1秒前。がチャン、と重たいものが地面に落ちる音がした。
「あー、キツかった」
シオンは首輪と手錠を外し、頭を回して首に手をやる。
「ッ!?テメッ…」
魔人が解放されたのを認識して、兵士は彼を撃とうとする。しかし、謎の衝撃波が身体を襲い、壁にたたきつけられる。
「コイツ…!」
もう一人が銃口を向けるが、それもバラバラになって地面に落ちる。唖然としている兵士のこめかみに、彼は上段回し蹴りの要領でかかとをぶつける。
虚空に手を伸ばす。さっき食らった狙撃を呪霊で防ぐ。そしてその狙撃手に向けて、呪霊を突進させる。
集まった兵士たちが取り囲むが、彼を中心として放たれた電撃に焼かれてしまう。
もう戦力が残ってないことを確認すると、彼はどこかに電話をかける。
「あ、もしもし。こっち終わりましたよー」
『そうか、こちらもカラスマの身柄を拘束できた。今からそちらに向かう』
「分かりました。よろしくお願いします」
通話を切り、司会、兵士、そして参加者全員を拘束したあと、商品の少女たちにつけられていた拘束具を取り外す。
身動きが取れない司会が、恨めしげに呟く。
「一体何が………」
「ん?まぁ簡単に言えば、罠にかかったんだよ、お前たちは」
ーーーーー
時は遡り、シオンとFOX小隊が会話している。
『協力して欲しいとは?』
『まず、前提からお話しますね。今日この館でオークションが行われます。それもただのオークションではなく、学籍を失った子どもを商品として売買する闇のオークションだ』
『…なんだと?』
『あれ、その反応じゃやっぱり知らなかったんですね』
『あ、あぁ。連邦生徒会が掴んでいるのは違法武器の取引の情報だ。だが奴は狡猾で優秀な私兵を持っている。軽々しく手を出せない相手だったんだ』
『まぁ無理もないか。巧妙に隠されている上に、その違法武器の取引すらも隠れ蓑にしていたみたいだから。本当にバレたくなかった悪事は人身売買。買い手の方もかなり口が固く信頼できる者を選んでいたらしいですよ』
『そうだったのか……それで、プランはあるのか?』
『もちろん。まず、オークションがある程度進んだら僕が乱入します。そして、一度
『…なるほど。油断を誘うのか』
『流石です。知っての通り、カラスマは狡猾な男だ。だが、野心が強く油断しがちな面もある。『魔人』が襲撃して来たと分かれば、奴なら真っ先に逃げるでしょう。だが、その魔人が負傷したとしたら?』
『カラスマは魔人を商品として競りにかけようとする…か』
『僕が時間を稼いでる間、みなさんはカラスマの身柄と顧客の情報、奴の悪事の証拠を掴んでください』
『待て、監視カメラはどうする?私たちが侵入したことがバレたら逃げられる可能性も』
『ああ、そこは問題ないですよ』
『問題ない、とは?』
『上を見てください』
シオンが館の屋根を指さす。何の変哲もない、夜空が見えるだけ。FOX小隊が訝しんでいると、突然屋根の上に巨大な怪物が現れた。さっきまでそこにいなかったはずなのに、ホログラムのようにスゥー、と出てきた。
『なんだあれは!?』
『あいつが監視カメラの映像をごまかしてくれます。あいつなら、カメラを何の変化もないように見せかけるなんてわけないですから』
屋根の上に乗っかっているのは九つの尻尾を持つ巨大な狐。金色の毛並み、血のように真っ赤に染まった瞳。今までにない、それこそ自分の死を幻視させるほどの恐怖を感じる一方で、神聖さすらある美しさ。
白面金毛九尾の狐。幻術の術式を持つ特級仮想怨霊。
『九尾が館の人間を騙している間、皆さんは館の捜索をお願いします』
『どうするの、ユキノちゃん?』
『………』
リーダーであるユキノは思案する。彼の言っていることは嘘で、カラスマと共謀して私たちを嵌めようとしているのかもしれない。
少し目を瞑った後、彼の瞳をまっすぐ見つめる。アメジストのような瞳がユキノを捉える。数秒ほど経ち、彼女は口を開いた。
『…分かった。あなたのことを信じてみよう』
『決まりですね。これは屋敷の間取りです。ここにはオークション会場とは別に、極一部の者しか知らない地下室があります。そこにカラスマはいる』
『委細承知した。カラスマの身柄は絶対に抑えてみせよう』
『では、作戦名『Crow Hunting』開始!』
ーーーーー
そして、
「ククッ、いい気味だ」
カラスマは地下室にてシオンがオークションにかけられている様子をカメラ越しに見ていた。片手に持つワインをくるくる回しながら、独りごつ。
「貴様が来るのは予想外だったが…お陰で奴らに恩を売れる。感謝するぞ、『魔人』」
嗤う。オークションに割り込んだ愚者の末路と、この先の自分の栄華を想像して、自然に口角が上がる。
───自分の頭に正義の銃口を向ける、一匹の狐に気づかずに。
ーーーーー
見事カラスマを捕縛したFOX小隊が会場に現着する。
「神薙シオン。お前の言っていた通り、顧客の名簿があった。それだけじゃない、明るみになっていない悪事の証拠もあった」
「お、それも掴んだんですか。流石ですね」
「直にヴァルキューレも到着する」
一呼吸置いた後、ユキノは彼に向かって深々と頭を下げた。
「ありがとう、神薙シオン。これほどの犯罪者を一気に逮捕できたのは君の協力があったからだ」
「そんなことないですよ。皆さんがいなければここまでスムーズに事は運ばなかった」
「…すまない」
ユキノは突然謝罪の言葉を述べる。
「なにがですか」
「きっとこの件は、SRTが解決したものとして公表される。君の存在は隠蔽されるだろう。連邦生徒会としては…」
「一端の傭兵に連邦生徒会も気づかなかった事件を解決されたら面子が立たない、か。構いませんよ」
「…そうか。改めてすまない」
彼女は少し躊躇った様子を見せたあと、再び口を開く。
「一つ、聞いてもいいだろうか」
「いいですよ」
「なぜ、君は力を誰かの為に使うことができるんだ?それほどの力があれば巨万の富を気づくことも、ブラックマーケットを支配することだって簡単なはず。なのに君は…」
そう問われた彼は真剣な眼差しでユキノを捉え、答える。
「そうですね…僕はただ、運が良かっただけなんですよ」
「最悪の怪物になっていてもおかしくなかった。でも、そうはならなかった。僕は恵まれていたから」
「………」
「僕は人として生まれ、人として生きることができた。本当にたまたまだったんですよ」
「そう大した理由じゃない。僕の力が意味あるものだと証明するために、僕は人を助ける」
彼女たちは喋らない。彼が人を助ける理由。それを語る彼の口調から伝わる確かな信念。言葉が見つからない。
ほどなくして、サイレンの音が聞こえ始めた。
「では、そろそろ僕は行きますね」
「ああ。あとは任せてくれ」
「そうだ、商品にされた人たちのケアもよろしくお願いしますね」
「ああ。彼女たちは必ず私が守ると約束しよう」
「それでは、さようなら。またどこかの事件で会うこともあるでしょう」
そう言い残し、彼は呪霊に乗って飛んで行った。彼の姿はみるみる小さくなっていって、やがて見えなくなった。
取り残されたFOX小隊。ヴァルキューレ生が会場に入ってきて捕縛された者たちを連行していっている。桃色の髪の隊員、ニコは今もなお彼の消えた空を見つめつづけているユキノに話しかける。
「なんか…すごい子だったね」
「…あぁ。本当に、すごい子だ…」
シオンの呪霊コレクション
・白面金毛九尾の狐
等級:特級仮想怨霊
詳細:日本三大妖怪の一つ。妲己・玉藻の前の正体であるという九尾の妖狐の伝承から生まれた呪霊。幻術の術式を持つ。幻術には二種類の効果があり、その内の一つは術式効果範囲内に幻覚を投影するというもの。範囲内であれば自由にだせるが、呪力をともなった攻撃によって霧散してしまう。
皆さんは水着百鬼夜行を引けましたか?私はハフバまで貯金します。