呪術師に再び青春を 作:枝那
訓練の内容とかどうしても風紀委員と被るので。
───トリニティ総合学園
長い歴史を誇るキヴォトス有数のマンモス校。そこにシオンは招待されていた。
「本日はお足元の悪い中、ご足労いただきありがとうございます。私はトリニティ総合学園、ティーパーティーのホストを務める桐藤ナギサと申します」
「これはご丁寧に。僕は神薙シオンと申します」(なんかこの人津美紀さんと声が似てるな)
「私は聖園ミカ!よろしくね~」
貴族然とした桐藤ナギサと、天真爛漫な聖園ミカがそれぞれ挨拶をする。
トリニティ総合学園は複数の派閥が集まって出来上がった学校であり、その生徒会長は複数人が持ち回りで務めることになっている。
「トリニティの生徒会長は三人だと記憶していたんですが、何かあったんですか?」
「えぇ、セイアさんは元々病弱な方で、現在は療養中です。本来は彼女がホストなのですが、そのセイアさんが不在のため、私がホストを務めてさせていただいているのです」
「そうでしたか。お大事に」
「いえいえ。こちらこそ、すいません。お客様にこんなお話…」
「もー!せっかくの初対面なんだし、辛気臭い話はやめようよ!」
「そうですね。では、本題に入りましょう。シオンさんの名声は我が校にも轟いております。あのゲヘナ学園の風紀委員長をも圧倒したと…」
「『魔人』ってたいそうなあだ名を持ってるからもっとごつい人を想像してたけど、全然違うね!これで男の子とか信じられない!」
「…シオンさんをお招きした理由は他でもありません。その実力を見込んでお願いが――」
「ねーねー、シャンプーとか何使ってるの?すっごいサラサラじゃん」
「…ミカさん」
ナギサはミカの名前を呼ぶ。その声は僅かばかり低くて苛立ちが込められている。ミカは「あ、やばっ」といった顔をする。
「今大事な話をしているんです。なのに横でぶつぶつと…」
「いい加減にしないと、その小さなお口に」
「ロールケーキをぶち込みますわよ!!」
◇◇◇◇◇
「…失礼しました」
コホン、と咳払いをして気を取り直す。ミカも流石に反省したのか大人しくしている。
「それで、シオンさんへの依頼とは、正義実現委員会に訓練をつけていただきたいのです」
「なるほど」
「シオンさんはゲヘナ風紀委員の力を飛躍的に向上させ、ゲヘナ自治区の治安改善に貢献しました。その事実はトリニティのみならず、他の学校も注目しています」
「あなたに訓練をつけていただけば、正義実現委員会の更なる強化と、治安改善を期待できるでしょう」
(というのは建前で、本音は僕が対立してるゲヘナ学園と友好関係にあるから、トリニティも無視できなくなったって感じか。特に今は大事な条約も控えてるみたいだし)
「ぜひ、あなたのその力を我々にもお貸しいただきたいのです。もちろん、相応の謝礼はさせていただきます」
「いいですよ」
「早っ!?もっとこう、なんかあるじゃん!頭脳戦を繰り広げるとか!」
「ミカさん」
「…はーい」
「ありがとうございます。では早速、正義実現委員会の部室にご案内させていただきますね。使いの者も用意しております」
「どうぞこちらへ」
シオンは案内人の誘導に従う。扉を通る最中、背後から話しかけられる。
「シオンさん、今後とも、よろしくお願いしますね」
「…えぇ、今後とも」
バタンと扉が閉じ、その部屋にはナギサとミカの二人だけになった。
彼が退室したあとの部屋で、ミカはナギサに話しかける。
「ねぇ、あの子大丈夫なのかなぁ?ゲヘナと仲良くしてるみたいだし」
「ミカさん、それを彼の前で言わなかったことは褒めてあげます」
「…ナギちゃんなんかお母さんみたーい」
「確かに、彼の力は危険です。ですがそれ以上に得られる恩恵も大きい。彼と友好関係を築くことができれば、エデン条約も幾分かスムーズに進むでしょう」
「…ふーん」
ミカは頬杖をついてつまらなそうにつぶやく。ナギサはぬるくなった紅茶を口に含み、ほっと一息ついた。
◇◇◇◇◇
体育館で、二人の男女が向かい合っている。
一人はブラックマーケットの魔人、神薙シオン。
対するは、正義実現委員会委員長、剣先ツルギ。『トリニティの戦略兵器』とも称される、キヴォトス最強の一角。
両者の間を渦巻くただならぬ雰囲気に、周囲の者たちは息を呑む。
シオンは静かにツルギを見ている。
ツルギは狂気的な笑みを浮かべながら、初めて相対する格上の存在にギラギラと突き刺すような敵意を向けている。
発端は彼の発言だった。
正義実現委員会の特別指導役に任命されたシオン。
しかし、正義実現委員会にはゲヘナのことをよく思わない者も少なくなく、ゲヘナほどではないにしろ、あまり彼に良い感情を抱いていないというのが実情だった。
それを見たシオンは、ゲヘナ風紀委員会の時と同じように、委員長のツルギに模擬戦を持ちかけた。ツルギとしても彼の実力をその目で把握したかったため、二つ返事で応えた。
そして今に至る。
「それでは、始め!」
副委員長の羽川ハスミが試合開始の合図をする。
「キャハハハハッ!!!」
「!!」
それと同時に雄叫びを上げながら目にも止まらぬ速さで突撃するツルギ。二挺のショットガンを構え、彼に発砲する。しかしこれはあくまで目眩し。いとも容易く弾丸を避けるシオンの背後に回り込み、再び銃弾をお見舞いしようとする。彼は振り向き、自分に向けられた銃身を掴む。もう片方のショットガンを上空に向けて蹴り飛ばす。
武器を失ったが、ツルギは冷静に対応する。彼女は空いた片手で今もシオンに掴まれたままのショットガンを両手持ちにし、そのまま思いっきり振り回した。
勢いに負け、ボールのように吹き飛ばされる。
着地。
すぐに態勢を立て直すが、そんな暇も与えないと言わんばかりにツルギが追撃する。
(すごいなこの人。まるで人型の肉食獣を相手にしてるみたいだ)
おおよそ理性のある人間とは思えない戦い方と攻撃性に、シオンは素直に感心する。
(それだけじゃない。試合開始、彼女が叫ぶと同時に正の呪力が膨れ上がった。感情を爆発させることでエネルギーを放出したのか。恐らく無意識でやってるんだろうけど)
(乙骨先輩みたいに全身から呪力を立ち昇らせることでダメージを減らし、攻撃力を挙げている。これじゃあ呪霊の攻撃はあまり効果がない。となると…)
シオンは一旦ツルギと距離を取る。また距離を詰めようと迫ってくるツルギをよそに、彼は腰を深く落としてある構えを取る。
シン・陰流「簡易領域」
彼を中心に呪力のフィールドが円になって広がる。加速し切ったツルギは急に止まれず、そのままフィールドに突進する。彼女が簡易領域に侵入した瞬間、シオンの脚は吸い付くようにツルギに向かい、そのまま蹴り飛ばした。
『シン・陰流「簡易領域」』。平安時代、蘆屋貞綱によって考案された、“領域”から身を守るための、弱者の“領域”。
簡易領域に侵入したものはフルオートで迎撃される。ツルギの超攻撃型の戦闘スタイルには近接の方が相性が良いとシオンは判断した。
再び簡易領域を展開する。放たれた弾丸を素早く掴み、そのままツルギに急接近する。腹部に向けて重い掌底を食らわせる。
だが、
(直前に後ろに飛んでダメージを抑えたな)
理性がないように見えてこういう判断力はある。厄介な相手だ。着地した彼女は近づかず、その場で銃撃を行う。
(近接は不利だと判断したか)
シオンは弾丸を躱し続ける。ヒナのような物量はないため、簡単に回避できる。
(このままじゃ勝負がつかないことはあっちも分かってる筈。ならどうするか?)
答えは、
(やっぱそう来るか!!)
防御を捨てた突撃。彼女は銃を撃つ…ように見せかけて彼に向けて投擲する。回転するそれを再び彼は上に向かって蹴飛ばす。
通じないことは分かっている。彼がショットガンに対応する際に見せた僅かな挙動。とても隙とは呼べないその刹那の一瞬に、ツルギは銃弾を叩き込む。至近距離からはなたれる散弾をシオンは避けきれず、頬を掠める。
二人は向かい合う。
「終わりだ」
ツルギが額に銃口を突きつける。誰がどう見ても疑いようのない、ツルギの勝利だ。なのにシオンは笑みを浮かべる。
「…あなたほどの強者が知らないはずはないですよね?」
(何だ…)
「人間は、勝利を確信した時、最も油断する」
「!!」
ツルギの脳裏に過ぎるのは、彼に蹴飛ばされた自分の銃。あれを攻撃に利用する気かと、急いで上を見る。だが視界に映るのは青い空と白い雲。銃なんてどこにも見当たらない。
「なんてね」
「ガッ……」
視界を逸らした極わずかの一瞬を突いて、彼はツルギから銃を奪い、そのまま地面に抑える。抜け出そうともがくが、その細腕から想像もつかないパワーに阻まれ、抵抗できない。
ようやく諦めがついたのか、観念した表情でシオンに言う。
「降参だ。拘束を解いてくれ」
戦意がないことを確認し、シオンはツルギから離れる。解放されたツルギは、コキコキと首と肩を回す。
委員会の部員たちは信じられないといった表情で二人を見る。部員ではない他の生徒、そしてカメラ越しにその戦いを見ていたナギサたちも同様だ。
「凄まじいな、あなたは。私は強いと思っていたが、上には上がいることを痛感した。これからよろしく頼む。神薙シオン」
「えぇ、こちらこそよろしくお願いします。剣先さん」
そう言って彼は手を差し出す。差し出された手を取り、二人は固く握手をする。
握手をしてから数秒ほど後、彼女はあることに気がついた。
キヴォトスには人間の男性がいない。いるのは獣人やロボットのみ。
ツルギは同年代の異性との交友関係がない。そして、そのバーサーカーっぷりとは裏腹に、恋愛小説を好み、青春に憧れているという年相応な一面もある。
その容姿から忘れかけていたが、彼は歴とした男性。
戦いの熱に浮かされ、勢いに任せてそのまま握手してしまった。友好を示すための握手とは言え、異性と、手を繋いでしまった。
その事実に気づいたツルギはと言うと、
「ケ、ケヒ……」
「どうしました?」
「ケヒャハハハハハァーーー?!」
「ちょっ」
顔を真っ赤に染め上げて、握った手ごと彼をぶっ飛ばしてしまった。
その後、シオンに向かって真摯に頭を下げるツルギの姿が目撃されたという。
「ツルギに急接近する。」の後に「凄まじい移動速度」が頭に浮かんだ私はもうだめかもしれない。