名も知らぬ刀鍛冶と刀に魅入られた錠前サオリ   作:無銘の刀鍛治

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熱は伝播し諦観を燃やし尽くす

 金槌が熱せられ、赤熱化した金属へと振り下ろされる度に甲高い音を響かせ暗闇を真っ赤な火花が散らす──只、それだけの光景を食い入る様に見つめ続けていた。

 槌を握る男の身体は所々に錆が目立ち、腕を持ち上げる度に軋む音を響かせているのにも関わらず何千、何万回いやそれ以上に私が知る由もない時間を繰り返した動きは一切の澱みを見せずに力強く金属を叩き一つの形を見出していく。

 

 学などないこの身では目の前の男が何をしているのか全く分からないが、舞い散る火花の輝きは今までの人生の中で見た何よりも美しく尊い物である事に間違いはないと分かる。

 だからこそ、私は身動ぎの一つもする事なく、ただ只管に目の前で行われる行為を見つめ続けているのだから。

 

「──至ったか」

 

 そうして振り返ってみれば短く、いや永遠とも呼べる時が流れた後に男は自身が作り上げたモノを掲げると満足そうに頷き──初めて私を視た。

 ずっと一振りの金属だけに向けられていた瞳は思っていたよりも優しいもので、驚いたけれどゆっくりと私を見つめるその目からは輝きが失われつつあった。

 

 そこで私はもうこの男の命がないのだと理解した。

 

「……」

 

 ゆっくりと折りたたんでいた足を解して立ち上がり、男の方へと歩き彼の目の前で再び両膝を着く。

 もはやこの僅かな先にいる私すらも見えているのか分からない男は掲げていたモノを軋む音を響かせながら、すぐ側にあったものへと仕舞うと私から視線を逸らす事なくソレを差し出してきた。

 

 言葉はなくとも男の意味を悟った私は差し出されたものをまるで、容易く崩れてしまう壊れ物を手に取るように両手で受け取ると男はとても満足そうに小さく微笑み、ピクリとも動かないガラクタへとその姿を変えた。

 

「……戴く。貴方の生み出したコレが至上の物であると私が証明しよう」

 

 私には学はない。

 けれど幸いにも差し出されたコレを振るうだけの力と若さがある。

 

「銃が支配した世界で『刀』の真価を証明するか……側から見れば気でも狂ったかと思われそうだな」

 

 そう自分で口に出し──手に握るコレが刀であるのだと知った。

 つい先程まで男が何をしているのか、何を作っているのかすら知らなかったというのに私にはいつの間にかコレが刀であるという事とどの様に使えば良いのかがはっきりと理解出来ていた。

 

 不思議だ。

 しかし、男がガラクタに成り果てようとも命の全てを注ぎ込んで作り上げた一振りの刀を握ったんだ。

 

「そうだ。そこまで不思議なことではない」

 

 ──もし、男が刀を打ち終わるのが少しでも早ければ私の肉体はコレを握るには小さく、そして弱く継承する事は出来なかっただろう。

 

 ──もし、男が刀を打ち終わるのが少しでも遅ければ私は『マダム』からの命令を受け、この場から立ち去ってしまっていた事だろう。

 

「運命」

 

 そう、きっとそう呼ぶのが正しいのだろうな。

 今日この瞬間でなければ虚しく終わるだけの男の人生に私という継承者が生まれたのは、きっと運命なのだろう。

 

「……なら、私も成さなければならないな」

 

 私の髪と同じ黒い鞘に入れられた刀を腰に刺し立ち上がる。

 その際、ずっと羽織っていたものだが白いコートが邪魔に感じその場に脱ぎ捨てた──ただそれだけの事なのに不思議と私は生まれ変わったの様に身の軽さを感じ、口元には小さな笑みが浮かび上がっていた。

 

「……そうだな」

 

 刀に手を添え、ゆっくりと腰を落としながら呼吸を整える。

 これから私が成すべきことの始まりとして、そして何もなかった私に歩むべき道を指し示してくれた礼とこんな何もない場所にガラクタとして縛られる男への手向けだ、万に一つの失敗も許されない。

 

「ふっ!!」

 

 自分の集中力が極限へと達したのを理解した瞬間、勢いよく鞘から引き抜いた一撃はガラクタを容易く切断し、彼から三メートルほど離れていた壁にも一文字の線を残す事に成功する。

 

「……」

 

 残心の最後まで気を抜かずに納刀し、カチンと音を響かせると同時に崩れ落ちるガラクタから背を向けて歩き始める。

 これで彼は満足してくれただろうか?──一抹の疑問だけが頭に過ったが、自身が生み出した最高傑作で斬られたのだからきっと喜んでいる筈だと分かり、月明かりを浴びる頃にはすっかりと疑念は忘れ去られ、一つの命を下す。

 

「マダムを斬ろう」

 

 私と彼、そして刀の望みが纏めて叶う良い機会だと──錠前 サオリはとても晴れやかな表情で諦観に支配されたアリウスを歩むのだった。




無名の刀鍛治──キヴォトスにロボット市民の身体で迷い込んだ男。アリウス自治区の外れで人知れず、刀を自らの炉心で熱する事で打ち続け、迷い込む以前から追い求めていた究極の一振りを文字通り命懸けで生み出した。
 願わくば自分の刀が何かを成し遂げるところを見届けたかったが、剥き出しの炉心は冷え切り刀を打てたという満足感で死のうとしたところ、サオリに気がつき刀と共に自らの願いを預け眠りに着いた──斬られた心地よさはきっと忘れない。


我が願いをここに預ける……誰か続きを書いて
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