インパーフェクション・フロー 作:デブチュウ
続くかもしれないし、続かないかもしれない。
「今よ、サーナイト!ムーンフォース!」
カロスリーグの最終局面。ファッションショーにでも出演するかのような洒落た服を着た女が自身のポケモンに指示を出す。
白いドレスを着たような風貌のポケモンは、胸元でエネルギーの球体を形作ると、両手で勢いよく打ち出した。
めのまえが、まっしろになった。
「…最悪の寝覚めだ」
未だに脳裏に焼き付いている敗北の記憶。目を開けると、テントの中に朝焼けの光が薄く差し込んでいた。
ベリルはむくりと体を起こすと、傍で丸まっていた相棒をそっと撫でた。
よく手入れされたその白い毛並みは、サラサラと男の指を流れる。アブソルは男の手の感触に目を覚ますと、ゆっくりとその身を起こした。そして、その赤い瞳で男をじっと見つめると、甘えるように男の体に顔をすり寄せた。
「おはようさん。飯にしようか」
ベリルの言葉にアブソルは小さく鳴いて応えると、二人はテントの外に出た。まだ少し肌寒い朝の空気が肌を刺す。
「出て来い。オンバーン」
ベリルが無造作にモンスターボールを投げると、巨大なコウモリのような黒竜が現れる。オンバーンはその翼を大きく広げると、咆哮を上げた。
「オー!バー!」
空気がビリビリと震えて、テントの幕がはためく。ベリルはその声量に少し顔を歪ませた。
「…かえんほうしゃだ」
オンバーンは口から炎を吹き出すと、瞬く間に薪が燃え上がった。ベリルはケトルを焚火の上に置くと、水を沸かし始める。そしてバッグから木の実をいくつか取り出すと、次々と串に刺して炙り始めた。
少しすると、木の実が焼かれ、甘い匂いが周囲に漂い始めた。
「バーン!」
「まぁ待てよ。もう少し火を通した方がお前好みだ」
オンバーンが急かす様に鳴くのを、ベリルはそう言ってなだめた。アブソルも、彼の隣にちょこんと座り、木の実が焼き上がるのを待っている。
「そろそろいいだろう。そら、行くぞ」
ベリルは焼けた木の実の串を両手に持つと、勢いよく振り上げ、木の実を空中に打ち出した。オンバーンは、素早く飛び上がると曲芸めいた軌道で、木の実を残らず口に入れた。
「ほら、お前も食え」
「アブッ」
ベリルは串に刺した木の実を皿に乗せてアブソルへ差し出すと、アブソルは器用に木の実を1つずつ外しながら食べ始めた。
「さて、俺もいただくとしようか」
ベリルはバックを漁り、『限定版!激辛マトマヌードル!』と書かれたカップ型の容器を取り出すと、蓋を半分開けて湯を注ぎ始める。隣で食事をしていたアブソルは、「またそれか」というような目で男を見た。
「数少ない楽しみなんだ。勘弁してくれ」
ベリルは容器の蓋を閉めて、キッチンタイマーを重しにした。ポッポの意匠があしらわれたタイマーが時を刻み始める。
「…3分だけ時間をやる。出て来い」
ベリルは一人言を言うように、木立が生い茂る闇に向かって声をかけた。すると、1本の影がスウッと伸び、影の中から1匹のポケモンが這い出てくる。
でっぷりとした体に紅く輝く1つ目。魂をあの世へ連れて行くともいわれるゴーストポケモン。
「…ヨノワールか」
「ノワール!」
ヨノワールはベリルの問い掛けに答えるかのように、両拳を突き出すと、拳の形をした半透明のオーラを飛ばした。
「アブソル!」
「アブッ!」
アブソルが素早く飛び上がり、頭の角を振るうとオーラは切り裂かれて霧散した。
「さて、魂を持っていかれるのはどっちかな?アブソル、つじぎり!」
「アブッ!」
アブソルはヨノワールの懐に入り込むと、鎌のように湾曲した角に妖しいオーラを纏わせて、すれ違いざまにヨノワールを斬りつける。ヨノワールは野太い両腕を交差させて防御態勢をとるが、アブソルの体重が乗った一撃を喰らい、よろりと体制を崩した。
「そこだ!オンバーン、かえんほうしゃ!」
「バーン!」
体勢を崩して隙を見せたヨノワールに、オンバーンが顎を大きく開き、灼熱の炎を吐き出す。ヨノワールは素早く飛び上がると、火炎を紙一重でかわした。
「逃がすな!おいうち!」
飛び上がったヨノワールに、木を蹴り上げて先ほどの突進の勢いを活かしたアブソルが猛追する。もはやガードすることは叶わず、鋭い一撃がヨノワールの腹部に直撃する。
アブソルによってヨノワールは勢い良く地面に叩き落とされ、もうもうと土煙が上がる。アブソルは姿勢よくベリルの傍に着地すると様子をうかがうようにして、土煙を睨みつける。
「…逃げたか」
土煙が晴れたとき、そこにはヨノワールの姿は無かった。
「流石はヨノワール。アブソルの攻撃をモロに食らっても逃げきるとは、タフなポケモンだ」
しかし、ベリルの胸の内には微かな疑問が残っていた。
通常、ヨノワールは滅多に人の前に姿を現さない。それが早朝ならなおのことだ。そして、あのヨノワールは初撃のシャドーパンチ以外に攻撃をしてこなかった。反撃を許さなかったともとれるが…
「これは…便箋?」
ヨノワールのいた場所には、一枚の便箋が落ちていた。ご丁寧に『ベリル様へ』と宛名まで書かれている。
「これを渡すことが目的か」
便箋をよく見ると、黒と白で構成された菱形の図形にΣのような見慣れない記号が刻印されていた。ベリルは記憶を遡ってみたが、こんなロゴに見覚えは無かった。
「…まぁ、飯を食ってからだな」
ベリルは疑問を一旦隅に置き、取り損ねていた朝食にありつこうと、カップ麺の蓋を取った。
「の、伸びてる……」
傍らのアブソルは「だから言ったのに」と言いたげな目線をベリルに送るのだった。