インパーフェクション・フロー 作:デブチュウ
無機質な壁に囲まれた広い室内。天井にはベースライトが格子状に張り巡らされ、室内を薄暗く照らしていた。そして、床一面に四角く白線が引かれたバトルフィールドでは、二匹のポケモンと二人のトレーナーが対峙していた。
一人は屈強な男と黒い大蛇のようなポケモン。もう一方には、中学生くらいの少女と彼女を守るように立ちふさがる黒鎧を纏った騎士のようなポケモン。
「(クソッ、なんなんだこのガキは!?いくつも修羅場を潜ってきたこのオレが手も足も出ないだと!?そんな馬鹿なことがあるか!)」
キバへびポケモンのハブネークを従えるトレーナーは、この数分間に起こった出来事を思い返しながら、その思考を鈍らせていた。
ポケモンの密漁や強盗など裏の家業を生業としている男の下に、日時と場所だけが記されていた奇妙な手紙が届いた。素性を隠して依頼したい者はザラにいるため、男にとっては別段珍しいことではなかった。
警察組織の罠ではないことを確認してから、指定された場所に赴いてみれば、待っていたのは一人の老紳士だった。ハンベルと名乗ったその老紳士の依頼としては、今から一人の少女とバトルをし、勝つことができれば破格の報酬を約束するというものだった。十中八九が金持ちの道楽。男はそう決めつけて、二つ返事でその依頼を受けた。
しかし、蓋を開けてみれば、バトル開始からものの数分で男のポケモンは次々と倒され、残ったのは相棒のハブネークのみとなっていた。そしてそのハブネークも今や体中が切り傷にまみれ、息も上がり切っていた。男は審判として場を取り仕切っているハンベルを睨みつける。
「腕の立つイリーガルトレーナーといってもこの程度か…」
少女は紫紺の瞳をつまらなそうに伏せると、静かにため息を吐いた。
「このッ…舐めやがって!ハブネーク!ポイズンテール!」
「シャァァッ!!」
「…ソウブレイズ」
ハブネークは毒々しく輝く赤い尾を振り下ろす。しかし、その攻撃は届くことはなかった。黒鎧のポケモンソウブレイズが剣のような両手をクロスさせ、軽々とハブネークの攻撃を受け止めた。
「サイコカッター」
ソウブレイズの剣が妖しく輝き、剣閃が閃くとハブネークはその場に崩れ落ちた。
「勝者!アメジオ様!」
男のポケモンが全て倒れたことを見届けたハンベルは試合の決着を宣言した。そして、膝を付いて崩れ落ちた男を見やる。
「残念です。貴方にはもう少し期待していたのですがね」
「……嘘だ……そんなはずは無い……!こんなガキに負けるなんて……」
ハンベルは指をぱちんと鳴らすと、何の前触れもなく一匹のポケモンが現れる。
「ヨ、ヨノワール…」
冥界の冷気が流れ込んできたかのように、室内の空気が凍りつく。男の背筋に、ぞっとする寒気が走った。ヨノワールは有無を言わさず男を両手で鷲掴みにすると、黒い渦を生み出し、男を吸い込むようにずぶずぶと沈み始めた。
「ヨノワール。連れて行きなさい」
「ま、待て!オレをどうするつもりだ!」
「さぁ?私、聖職者ではありませんので、あちらの世界のことは申しかねます」
「嫌だ!た、頼む!やめてくれ!」
「それでは、ごきげんよう」
男は全身を渦に飲み込まれ、ヨノワールと共に姿を消した。室内に静寂が戻ると、ハンベルはアメジオに向き直った。
「お疲れ様です、アメジオ様。」
「ハンベル、私は疲れてなんかいない。もっと強い相手はいないのか?」
「流石でございます。しかし、先ほどの男でもう対戦者は打ち止めです」
「そう…」
アメジオは残念そうに眉をしかめるが、すぐに興味を失ったように踵を返してバトルフィールドを後にしようと歩き出す。ハンベルはアメジオの後姿を見ながら、一人思いにふけっていた。
「(…アメジオ様の成長は著しい。流石ギベオン様のお孫だ)」
アメジオのお目付け役。それが、ハンベルに課せられた役目であった。ハンベルは長年にわたりギベオンに忠誠を誓ってきたが、ギベオンが高齢により動くことができなくなってから、アメジオを未来の後継者として育てることに心血を注いできた。しかし、幼少のころからアメジオを見ているハンベルだからこそ分かる。
「ダメ…こんな程度じゃ、御祖父様に認めてもらえない…」
まるで敗者のように悔し気に拳を握り、ぶつぶつと呟くアメジオは、バトルに勝利したにも関わらずどこか不満げな様子だった。
「(アメジオ様はお焦りになられている…)」
ギベオンが己の望みを叶えるために創りあげた組織『エクスプローラズ』。巨大企業を隠れ蓑として作られたこの組織は、選ばれたメンバーで構成されていた。ギベオンの孫であり、抜きんでた才をもつアメジオも例に漏れず所属しているが、選りすぐられたトレーナーの中では、どうしても埋もれてしまう。
アメジオの最大の欠点は年齢ゆえの『経験のなさ』である。かつてはハンベルも稽古をつけていたものの、その繰り返しで得られるものにも限りがある。アメジオも自分自身でそれが分かっているようで、ここ最近は腕の立つトレーナーを集めては、バトルを繰り返していた。
「(アメジオ様が満足するお相手は果たしていつ現れるのやら…)」
ハンベルがアメジオの後について歩き出そうとしたその時だった。外に待機させていた部下から連絡が入る。
「…アメジオ様。どうやら先ほど、一人のトレーナーが到着したそうです。どうされますか?」
アメジオは歩みを止めると、ハンベルを振り返って答えた。
「勿論。通してくれ」
その目には飽くなき力への渇望で、ほの青く燃えていた。
「かしこまりました」
ハンベルは恭しく一礼をすると、通信機を通して部下に指示を出すのだった。